かくして伝説は始まった
お久しぶりです。以前と比べて文章量が増えた「滅人の彗星」をお楽しみください。亀更新になるかもしれませんが、よろしくお願いします。
永久に広がる闇―あるいは無―の中に何の変哲もない宇宙が一つ。
幾億幾兆の時を燃える火と、幾億幾兆の時を吹きすさぶ風の間に、幾億幾兆の水の塊―海がある。その海の中、ぽつりと浮かぶ何の変哲もない数千の島々と十五の大陸、そしてそれらを取り囲む海によって形作られた一つの領域は住民たちから「アルマク」と呼ばれた。
そしてアルマクでは―
多くの命が殺し合っていた。
初めはただの生存競争だった。だが、この世界で起きている程、苛烈な生存競争は同じ宇宙の中でも恐らくないだろう。そしてそれは時代を経て、多くの種族が知恵を付けると同時に憎悪と怨恨を伴った殺し合いとなっていった。
それぞれの種族が強大な力を持った個体を「支配者」として代表に立たせてからは一層、争いは激しくなった。
鉄よりも硬い鱗を持つ者は個を以て群を圧倒し、長毛の獣たちは誰よりも速く野山を駆けて敵を制し、翼を広げた鳥は風の如く空を舞って敵を散らし、甲殻を背負う蟲は深みから一方的に攻め、樹木の精は動かぬ同胞に化けて敵を喰らい、翅を震わせる蟲たちは群を以て個に打ち勝ち、手足を持つ魚たちは誰よりも水を味方に付けて戦い、剛であらんとした者は死を恐れることなく戦場を駆け、天の住民は救済の名の元に敵を降し、影の落とし子は恐怖を以て敵を滅した。
しかし、彼等が勝つことはなかった。
何千、何万年にも渡って続いた殺し合いを制したのは、己等を知恵において勝るものなしと豪語した「人」だった。人が勝利を宣言したと同時に全ての「人の支配者」は只人では行けぬ所へと隠れ住んだ。
そして彼等はものの数百年の間にどの種族にも類を見ない高度な文明を築き、栄華を極めた。
だが、人―中でも平原に暮らす「長身人」は無作為に樹木を切り倒し、大地を掘り返した。
その結果、先の争いに負けた種族が住処や食料を奪われたのは言うまでもない。
そして長身人たちは己等の存続が危うくなると、今度は同族同士で争うようになった。
鉄の塊が大地を闊歩し、空を裂いて飛び、海を割って進み、炎と煙を撒き散らした。光の杭が降り注げば街は灰塵と化した。火球が落ちれば、大地が溶かされた。
その結果、先の争いに負けた種族の命がこの戦いに巻き込まれて失われていったのは言うまでもない。
そんなことが三十年繰り返された結果、人の文明は崩壊した。
直後、「人の支配者」たちが只人の世界へと舞い戻り、二つの派閥に分かれて争い始めた。
「人に挽回の機会を与えよう」とする「光明の支配者」たちと「人には滅亡を以て責任を取らせるべし」とする「暗闇の支配者」。
彼等もまた、数十年に渡って争った。
決着が着くまでかかった時間は、二十年かからなかったとも、三十年余とも、五十年ちょうどとも、八十年以上かかったとも言われている。だが、決着自体は着いた。
勝利したのは光明の支配者たちだった。彼等は十分な数まで増えた人にかつての人の文明へと繋がっているようで繋がらず、繋がっていないようで繋がる文明を築かせた。そして、暗闇の支配者の一族を南の迷宮都市「ディクンデーテス」郊外にある洞窟へと葬った。
そうして葬られることが暗闇の支配者の狙いであると知らずに。
焼かれることなく埋葬された支配者たちの体を蚯蚓や壁蝨が喰らい、茸が菌糸を張って胞子を飛ばした。その蚯蚓や壁蝨を蜘蛛や百足が喰らい、死んだ茸の身を糧に苔が生えた。その蜘蛛や百足を鳥獣が喰らい、死んだ苔の身に草花が生えた。そしてその鳥獣をより強き鳥獣が喰らい、草花の花粉を蜂や虻、種子を蟻が運んだ。
洞窟を起点に、暗闇の支配者の力を秘めた命たちは瞬く間に世界中に広がった。
光明の支配者たちがそれらの命が広がらないよう、あらゆる手段を尽くしたが、時既に遅し。
暗闇の支配者たちの力は、かつて人によって追い詰められた多くの種族を呑み込み、ついには大地や水、空気そのものまで呑み込み、魔界と呼ばれる領域を作り上げた。
そして魔界の闇に呑み込まれた多くの命は、そこにあった人の国を滅ぼし、連合国家を築いた。
彼等はかつて、恐怖を操った種族に因んで「悪魔」と呼ばれるようになった。
悪魔たちは無作為に樹木を切り、大地を掘り返す人を蔑み、人に対して何の手も打たない光明の支配者を憎んだ。そして彼等の棲む領域に対し、何千年にも渡って攻撃を仕掛け、警告してきた。
「お前たちだけの世界ではないぞ」と。
しかし、人と光明の支配者が悪魔の攻撃に対して行動を起こすことはなかった。
しびれを切らした悪魔たちはついに人に全面戦争を仕掛けた。
「警告」ではなく「全面戦争」。
この戦争は後に「人魔終末戦」と呼ばれるようになる。
戦争は悪魔の軍の圧勝で終わる、そう誰もが思ったとき―
光明の支配者が力―正しい名を奇跡―を振るった。
街を呑んだ炎は鎮まり、人を内陸まで追い詰めた海は元の位置まで引き、数十か月続いた雨風と雷は止まり、多くの人を呑み込んだ地割れが閉じた。悪魔の呼んだ全ての災厄が消えた瞬間だった。
そして光明の支配者の力に呑まれ、多くの悪魔が死んだ。
全ての悪魔の統領たる「魔帝」。
それぞれの種族の代表たる「古老魔」たち。
そして名立たる将兵たち。
戦争に加わった悪魔の殆どが死に、魔界を覆う闇そのものも薄くなった。
そんな中、ある悪魔たちは一人たりとも欠けることなく生き延びた。
彼等は戦争のほとぼりが冷めるまで、百年間、身を潜め続けた。
それもまた終わり、彼等の反撃が始まる。
彼等の名は「魔刃」。
かつてその名のみが知られた魔界の英傑たちだ。




