守れなかったのはお前のせい
昨日の続きです。
書道室への道を歩いている間も、周りの視線はシマキ様へ集中していた。驚いたような心配するような目線を向けて、中には泣いている者までいた。様々な反応の中、皆共通しているのは、私に対して憎悪の目線を向けてくることだ。
その目線が言っている「守れなかったお前のせいだ」と。
そんな視線に耐えかねて俯いた時、シマキ様と繋いでいた手が一層強く握られた。
「周りがなんと言おうと、わたくしは貴方を手放す気なんてないわ。だから、気にするのはよしなさい。時間の無駄よ」
シマキ様は、何故だか申し訳なさそうな声色だった。
「は、はい」
俯いた私の頭を、シマキ様は微笑んでポンポンと撫でてくれた。それは、私を安心させるためにいつもしてくれる行為だった。
だけど、今日だけは安心なんて出来なくて、私は、余計に申し訳なくなった。
その後、二人の間に会話はなく、結局そのまま書道室に着いてしまった。
「ダリア、送ってくれてありがとう。具合が悪いようなら、今日はもう帰っても良いからね。美術の先生には、わたくしから伝えておくわ」
優しげに微笑むと、私の頭を再び撫でて教室へ入って行こうとした。
ハッとして、私は反射的にシマキ様の裾を掴んでしまった。不思議そうな顔をしたシマキ様が振り返った。
「どうしたの?」
「‥‥‥あの、その、私」
頭の中がぐちゃぐちゃで、何を言いたいのか纏まらない。そんな私をシマキ様は、決して急かすことはしなかった。微笑んで、待っていてくれた。その顔を見て、少しだけ冷静さを取り戻す。
「あの、私、私‥‥‥」
──不安なんです。貴方の側を離れるのが‥‥‥前みたいな事になったらって。不安で不安で仕方ないんです。次、そうなったら、私は今度こそ殺処分されるから。
「ゆっくりで良いわよ」
「私、その‥‥‥なんでもないです」
言おうとして、やめた。
冷静になった私の思考は、そんなことを言ってもシマキ様を困らせるだけだとわかったから。
「‥‥‥何かあればすぐに言いなさいね」
そう言って、目をスッと細めたシマキ様は微笑みながら教室へ入っていった。
あれから、私は美術室へ行くことも出来ずに、結局書道室の前に座っていることしかできなかった。
前を通る生徒たちは、訝しげに私のことを見てこそこそと何か言っていたが、私はそこに居続けた。シマキ様の側を離れる事が怖かった。
軈て、授業が終わって、沢山の生徒たちが教室から出てくる。側に寄ってくる気配を感じ顔を上げると、そこには思った通りシマキ様がいた。
「こんなところにいたら、冷えてしまうわよ」
「シマキ様‥‥‥」
「どうしたのよ。そんな顔をして」
「どんな顔、ですか?」
「‥‥‥戻りましょうか」
私の質問に答えることなく、微笑んだシマキ様の顔は何処か歪んで見えた。
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放課後になって、生徒会の活動があるというシマキ様をコートラリ様が迎えに来ても、私は彼女から離れるという選択をしたくなかった。いつもは、教室で見送るのだが、今日は無理を言って一般生徒が入れるギリギリのところまで来てしまっていた。
コートラリ様は、私のことを嫌そうな顔で睨んでいた。私だって、コートラリ様に睨まられる理由に心当たりがあるから、俯くことしかできない。
そんな私のことをシマキ様は、気遣ってくださり、頻りに声をかけてくれていた。
「ダリア、今日の夕飯、貴方の好きな肉料理だそうよ。さっき、献立表に書いてあったわ。楽しみね」
「‥‥‥そう、ですね」
「お昼もあんまり食べられていなかったから、夕飯は沢山食べましょうね。そうだ、食べ終わったら一緒に散歩にでも出かけましょう」
「それは駄目ですっ!」
私の叫ぶような声は、生徒会室へ続く渡り廊下に響き渡った。コートラリ様は眉を顰め、シマキ様は苦笑いして私の頭を撫でた。
「あ、その‥‥‥すみません。でも、夜道は危険ですから」
「それもそうね」
「あっ、すみません。散歩が嫌というわけではないんです」
「わかっているわ」
「シマキ、この子を生徒会室へは連れて行くことは出来ないよ」
「それくらいの常識はあるつもりです‥‥‥ダリア、貴方、顔色が凄く悪いわ。今日はもう帰って休んだ方がいい」
「そんな! 私っ、」
──離れたくない!
その言葉は、またも口に出すことは出来なかった。
きっと、シマキ様は私が我儘を言えば、何とかして一緒にいてくれるように手配してくれるだろう。
しかし、それで満足するのは私だけだ。私と一緒にいたところで、シマキ様には何のメリットもない。唯一のメリットであった、シマキ様の盾としての役割も誘拐事件があった今、無いに等しかった。
「‥‥‥兎に角、帰って休んでちょうだい」
そう言うと、シマキ様はコートラリ様と共に歩いていってしまった。気が付かれないように着いて行こうとも思ったが、渡り廊下の前には門番のように学園の騎士がいて通ることは出来なかった。
結局帰る気にもなれなかった私は、その場でシマキ様の生徒会活動が終わるのをずっと待っていたのだった。
兎に角、不安なダリア。