いてもいなくても変わらない
今日から第三章スタートです!
朝起きて、顔を洗い、制服を着る。最後に鏡を見ながらフェイスベールを付ければ、準備完了だ。
自分のことが終わったら、まだ寝ているであろうシマキ様を起こしに向かう。
学園は、この一週間二人で休ませてもらっていた。
だが、疲れは一週間では取れなかったのだろう。普段は声をかける前に起きているシマキ様もまだ眠っていた。
一週間前‥‥‥リムたちの極刑が決まった。私は未だに信じられずにいる。一週間前まで学園にいたあの三人が、もういなくなるだなんて‥‥‥目を瞑るとイビー様を思い出す。
だけど、もうそんな弱いことを言ってなんていられない! 今回と同じようなことが、もう一度起こったら、今度こそ殺される。
眠っているシマキ様を見つめる。
静かに眠っている姿は、私を何処までも不安にさせた。あの日、あの誘拐された日、倉庫で倒れていた姿を思い出してしまう。
シマキ顔の傷は、右頬に大きな跡を残していた。これは本来、私が負うべき傷だ。
気がつくと彼女の頬へ手を伸ばしていた。無意識に触ろうとして、途中で手を止める。触れたら壊してしまいそうで怖かった。
自分を戒めるように首を張り、手を下げようとした時、不意に手首を掴まれた。
ハッとして、そちらを見ると、真っ黒な瞳と目が合った。
「触れては、くれないの?」
「‥‥‥起きていたんですね。すみません」
「謝ることなんてしていないでしょう?」
何を言うべきかわからずに、首を只横に振った。そんな私を見て何を思ったのか、シマキ様は悲しそうに顔を歪めると、私の手を頬へ導いた。そのまま目を瞑って安心したように、私の手に頬を寄せる姿に酷い罪悪感が胸を支配した。
慌てて離れようとするも、手首を強く掴まれて動かすことができない。
「シマキ様、放してください」
「何故?」
「私には‥‥‥貴方に触れる資格がないんです」
そこで、シマキ様は目を開けた。その目は相変わらず悲しそうだった。
「守れなかったから?」
「‥‥‥そうです。本来なら、私は貴方の側にいれないんです」
「貴方を側に置いておくのは、わたくしの我儘よ。だから、そんなこと言わないで‥‥‥それにね、ダリア。わたくしは傷のことなんか、どうでもいいのよ。わたくしは、貴方に触れられないことの方が何倍も悲しいわ」
その何処までも此方を責めない目に、私は抵抗することをやめて、頬に触れてしまった。
「ごめんなさいっ」
自分が悪いのに涙が止まらなかった。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
リム様たちのことは学園内で、あっという間に広まった。噂好きの貴族たちは、耳も早いらしい。
そして、私がシマキ様を守れなかったと言う噂も同時に広まったのだ。この噂によって私の学園内での立ち位置が再び悪くなったのは、言うまでもないだろう。
だけど、それは仕方のないことだ。
私には、もう価値が無くなったのだから。シマキ様の盾として価値は、もう私に無い。
今まで私に対して、無関心だった者たちも、それなりに強さを認めてくれていた者たちも、皆んな私を役立たずという目で見てきた。
その視線は、シマキ様の右頬の傷を見て更に強くなる。彼女は傷を、私と違って隠すこともなかったから余計痛々しく見えるだろう。
それでも、シマキ様はそんなこと気にしていないとばかりに、私への対応を変えなかった。
シマキ様は殺されそうになった私を助けてくれた。その恩を返したい、その気持ちに嘘はない。
だから、今度こそ私は彼女に何かあったら、自分の命を犠牲にしてでも守りたいと思っている。そう、頭では考えていても、やっぱり心では死にたくないという感情が強い、貪欲な自分がやっぱり嫌いだった。
「ダリア? どうしたの? 深刻そうな顔をして」
「あっ‥‥‥すみません」
感傷に浸っている場合ではない。二度とこんなことが起こらないように、細心の注意を払わないといけない。
そんな私を見て、シマキ様は労わるように笑った。
「疲れているのね。無理もないわ。あんな事があった後だもの‥…‥辛いようなら、次の時間は休んだらどう?」
「次の時間‥‥‥?」
「えぇ、次は選択授業だから、わたくしを書道室へ送ったら、貴方はそのまま帰りなさい。学園の警備体制も強化されたから大丈夫よ」
「そ、そんなこと出来るわけないでしょう!」
私の声は、クラスに響き渡った。自分でも、こんなに大きい声が出ると思わなくて驚く。それはシマキ様も同じだったようで、少しばかり目を見開いている。
「あっ、す、すみません。私、私‥‥‥心配で、ごめんなさい」
「ダリア‥‥‥大丈夫、大丈夫よ。もう、わたくしを狙う者なんていないのだから」
「そんなの! そんなの、わからないじゃないですかっ!」
私が再び叫び声を上げた時、背後に気配を感じて振り返る。シマキ様を狙う者かもしれないと、睨みつけるような目で見れば相手はクラスメイトの子爵令息アルフ様だった。剣術大会にも出ていて、私より早く敗退したが、それなりの成績を収めていた人物だったと記憶している。
「お取り込み中のところ申し訳ございません。失礼と承知していますが、お二人の話が聞こえてきまして」
「あら、騒がしくて申し訳ないわね」
「いえいえ、滅相もございません。只、私が力になれそうでしたので、お声がけさせて頂きました。お話によれば、ダリアさんは調子が悪く、シマキ様を書道室まで迎えに行けないとか」
「‥‥‥えぇ、まぁ、要約すればそういうことになるわね」
「そうですか。なら、心配はいりませんよ、ダリアさん。シマキ様は、この私が責任を持ってエスコートしますから。幸い、私の選択科目も書道です。問題はないかと‥‥‥それに、貴方ひとりで出来ることも、そう多くないでしょう」
アルフ様は、にっこりと嫌味のない笑顔をしているが、何度もこういう言葉を浴びせられてきた私には、しっかりと本当の言葉が届いた。
つまり、彼は「私ひとりいてもいなくても変わらないだろう」とそう言いたいのだ。なら、自分でも別にいいだろうと。
まだクラスに残っていた貴族たちが、その通りと言った風に騒ついた。
その言葉は、私の心に深く突き刺さった。
確かに、シマキ様にこんな傷を負わせた私が側にいたところで、何もできないかもしれない。でも、だからこそ、側にいたかった。もう、私の知らないところで傷ついてほしくない!
その思いだけは、確かだった。
「結構です!」
気がつくと、私は貴族に対してこんなに失礼な言葉を放っていた。それは、ラールックさん以来、初めて私が貴族に反抗した瞬間だった。
でも、不味いことをしたとも思わなかった。
だって、この男は私からシマキ様の護衛という役目を取ろうとしたのだから。
「はぁ‥‥‥貴方、護衛もまともに出来なければ、言葉遣いも酷い。鈍感な貴方には、遠回しの言葉は伝わらないようですね。では、はっきり言いましょう。貴方のような人に、シマキ様は守れません」
「あっ‥‥‥でも、」
「反論など出来ないでしょう? シマキ様にこんな傷をつけておいて」
悔しい。
こんな、私よりも弱い男に言い返せず、俯く自分が情けなかった。
殴りかかりたい衝動を必死に抑えていると、ふっと誰かが笑った気配がした。
極上の笑みに私たちだけでなく、まだ教室に残っていたクラスメイトたちまでもが、シマキ様に見惚れて静かになる。
「アルフ様、お気遣いありがとう。でも、ダリアの調子は悪くないみたいだから、今日は大丈夫そうだわ。また、何かあったら貴方を頼るわね」
「は、はい、シマキ様。何なりとお申し付けくださいませ」
アルフ様は、私に向けた声とは違い柔らかく、何処か恍惚とした声で返答する。
「頼りにしているわ」
その一言を最後に、シマキ様は私の手を引き教室を出たのだった。
開幕から、ダリアの気持ちが不安定です。
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