本物にはなれない 後編 (イビー視点)
残酷な場面があるので、苦手な方は注意してください。
【追記】誤字報告を受けました。自分では全然気が付かなかったので、ありがたいです。本当にありがとうございました!
「‥‥‥へっ?」
シマキ様の衝撃的な発言に、リムさんは呆けたような顔をした。
「容姿も家柄も申し分ないのに、その頭だけが残念だったわね。でもね、安心なさい。死ねば治るわ」
「そんなっ‥‥‥そんな、こと」
何か言いたげなリムさんの両肩をシマキ様が、グッと掴み腰を下げて目線を合わせる。
「リム・エルンマット。大丈夫、何も怖がる必要はない。貴方は死ぬわけではないから‥‥‥貴方はこれから生まれ変わるのよ。来世ではきっと、素晴らしい御令嬢になっているはずよ。その時はまたわたくしと友達になってね」
リムさんの数秒まで震えていた体は止まり、顔は血色を取り戻していた。そして何より、恐怖に歪んでいた瞳はうっとりと潤んでいる。
「はい‥‥‥はい! シマキ様っ! シマキ様、私、生まれ変わりますわ」
その変化にあたしは驚く。
あまりにも変わった様子は、残されたあたしを恐怖のどん底に叩き落とした。
馬鹿げた話だけど、まるでリムさんが操られているように思えてしまった。
そんなことを考えていると、シマキ様が再びリムさんの前に毒杯を差し出す。すると、リムさんは奪い取るように取って、何の躊躇もなく飲み干した。
軈て、リムさんは苦しげに喉を掻きむしって暴れ出す。
「リム、また会いましょうね」
数分後には、カタンと椅子ごと倒れて動かなくなってしまった。
確認しなくてもわかる。
リムさんは、絶命したんだ。
あまりにも呆気なかった。現実味が薄れるほどに。
リムさんの目は、シマキ様によって閉じられる。泡は吹いているものの、死に顔は酷く満足そうだった。
次いでシマキ様の目線は姉様へ移る。
姉様の体は普段では考えられないくらいに震えていた。軈てシマキ様が目の前までくると、瞳から涙が流れ落ちる。
人の死に対して無頓着な姉様は、その実自分の死に対してだけは人並み以上の恐怖心を抱いていた。そんな姉様が、今の状況に耐えられるはずがない。
「アビー、」
「シマキ様、次はあたしにしてください」
シマキ様が話している途中に、割り込んであたしは意見した。こんな時まで姉様の縋るような目に耐えられなかったんだ。
不躾な発言でも、シマキ様は聞いてくれるという根拠のない自信があった。
でも、あたしの予想とは裏腹にシマキ様は露骨に嫌な顔をしただけで了承はしてくれなかった。
「ダメよ。順番は変えられないわ。でも、安心なさい。アビーの次は貴方だから」
シマキ様の返答は、姉様を更に怯えさせただけだった。
「シ、シマキ様ぁ、あたし‥‥‥あたし、死にたくありませぇん!」
「大丈夫、大丈夫よ」
そう言いながら、さっきリムさんにやったみたいに、シマキ様は姉様の両肩を掴んで目線を合わせる。
「アビー・プラチナ。貴方は、とっても幸福な女の子よ。だって、ひとりで死ぬことは無くなったのだもの‥‥‥貴方のご両親は、既に向こうで待っているわ。もう病気に、そして何よりひとりで死ぬことに怯える必要なんてないのよ」
「母様と、父様が‥‥‥?」
「えぇ、そうよ。二人ともアビー、貴方を待っているわ」
姉様の体の震えが、驚くほどあっさりと止まった。涙は出続けているが、その目はもう恐怖に染まっていなかった。
「‥‥‥飲み、ます。あたし、それ飲みます!」
希望に満ち溢れた顔は、とても今から毒杯を与えられる人間には見えない。
「姉様?」
あたしの声にも姉様は全く反応しなかった。
その目は、シマキ様だけを見ている。
もう、あたしの姿は姉様に見えていなかった。
その言葉を待っていたかのように、シマキ様は姉様の目の前に杯を差し出す。姉様は受け取ると、お茶でも飲むみたいにゆっくりとそれを飲み干す。
苦しそうな声を発しながら、姉様は満足そうに微笑んだ。その顔は、今まで一番幸せそうだった。
「アビー、安らかにね」
数分後、姉様の体は完全に動かなくなった。結局最期まで、姉様の瞳はあたしを捉えることはなかった。
「待たせたわね、イビー。最後は貴方よ」
静かな声に、条件反射のように体が震えた。それでも、最期くらいは気丈に振る舞いたいと思った。
「飲みます、飲みますから‥‥‥手の拘束を外して頂けませんか」
「その必要はないわ」
シマキ様の言葉に驚く。
手が拘束されたままでは、毒杯を飲めない。
あたしの疑問を察したように、シマキ様はにっこりと微笑む。
「貴方に毒杯は授けない。だから、手の拘束はそのままで大丈夫だわ」
「な、なら、あたしは何を」
一瞬だけ殺されないのだろうかと、都合の良い方向に考えてしまった。でも、シマキ様はそれを嘲笑うみたいにコートラリ様から真剣を受け取った。
背中に嫌な汗が流れ落ちる。
「わたくしはね、リムとアビーには本当に感謝しているのよ。色々と役に立った‥‥‥だけどね、イビー、貴方のことだけは許せない。わたくしのダリアに手を出した貴方のことだけは自分の手で殺すって決めていたわ」
「‥‥‥手を、出した?」
その言い回しに引っかかる。
それが嫌がらせのことを言うなら、何故あたしに対してだけこんなに強い感情を向けてくるのか。ひとつ疑問が湧くと次々と浮かんでくる。
今まで、どうしてシマキ様はダリアに対しての嫌がらせを止めないのだろうと何度も疑問に思ってた。ダリアが報告しないから気が付かなかっただけかもと考えだけど、賢明なシマキ様が全ての嫌がらせに気がつかないとも思えなかった。何も事情を知らないクラスメイトでも、ダリアに対しての嫌がらせには皆んな気が付いていたんだ。それくらい嫌がらせの数が多かった。
でも、シマキ様はそれを一度も止めたことがなかった。あんなにダリアのことを気にかけていたのに。
それどころか、選択科目では別の科目を選んでいた。ダリアをひとりにしたら、嫌がらせされる可能性が高いって、誰でもわかること。シマキ様が、想像していなかったとは考えにくい。
生徒会の件もそうだ、放課後ひとりにしたら何をされるかなんて賢いシマキ様が想像できないはずがない。
シマキ様がダリアを本当に守りたいなら、ひとりにすべきではなかったんだ。
ひとりにしたら、嫌がらせされやすいから‥‥‥そう、思い返してみればダリアに対しての嫌がらせはやりやすかった。それは、ダリアが常にひとりなる時間を与えられていたからだ。
そこで、あたしは唐突に理解した‥‥‥ううん、理解してしまった。
「シ、シマキ様‥‥‥貴方、真逆っ!」
──態とダリアが嫌がらせされるように、ひとりにした? ダリアを孤立させて、シマキ様以外と仲良くならないように!
あたしがそう言おうとした時、シマキ様は被せるように言葉を放った。その顔は、口元だけが器用に笑みの形を保っていた。
「駄目ね‥‥‥貴方みたいな人って、いつもわたくしの思い通りに動いてくれないわ」
「どう言う意味、でしょうか?」
「気に入らないってことよ。さて、おしゃべりはお終いね。貴方は斬首刑。でも、大丈夫。首を切り落とすことはしないわ。勿論、晒したりもしない」
「──ッ!」
首に真剣が当てられる。
初めての感覚に本能的な恐怖を覚えた。
体の震えが止まらない。
前の二人みたいに、死の直前に恐怖を忘れることなんて出来なかった。
「そんなに怖がらなくても大丈夫。これでも、首を切ることには慣れているのよ」
「シマっ‥‥‥!?」
あたしの言葉は、最後まで話せなかった。
何故なら、その前に真剣が引かれて首が切られたから。
薄れる視界の中で、あたしはそういえばロマンス小説の感想聞けなかったなぁ、なぁんて本当にどうでもいいことを考えてた。
読んでいただきありがとうございました!
 




