本物にはなれない 前編 (イビー視点)
此方の話、今日はそうでもないのですが、明日投稿する後編で、残酷な場面が出てきますので、苦手な方はご注意ください。
また、此方の話はイビー視点の番外編ですので、読めばより作品を理解できます。ですが、読まなくても、本編がわからなくなるなんてことは、無いと思いますので、ご安心ください。
王宮の牢屋に入れられて何日経ったんだろう。独房では、話し相手もいないから、時間の感覚が狂って仕方ない。
そういえば、刑の執行はいつだと言っていたっけ? それすらもう覚えてなんてない。
どうでもいいことだから。
何があろうと、あたしの刑は変わらない。
疲れた。本当にもう疲れた。
やる事もなくベッドに寝転んで目を閉じる。今まで寝たどのベッドよりも固かった。
そういえば、あの子は元気だろうか。
陛下の前で、お人好しにも連行されるあたしを庇おうとした赤毛のあの子は、元気に過ごせているのだろうか。
連行されながら見た最後の姿は、呆然としていた。多分、あたしに対して何も出来なかった自分のことを責めているのだと思う。
だけど、だけどね、ダリア、あたしは今回、極刑になっても仕方ないことをしたと思ってる。例え姉様に無理矢理手伝わされた事とはいえ、こんな大事になったんだもん。罰を受けて当然だよぉ。
それにね、あたしがひとりで生きていたとしても、意味がないの。だって、スペアは本物がいないと意味を成さないものだから。
本当は、あの子にそう言いたかった。
今となっては、もう無理な話だけどねぇ。
ガチャンという音と共に目を開けると、近衛兵が牢屋の扉を開けていた。
「執行の時間だ」
嗚呼、そうか。
刑の執行は今日だったっけ。
すっかり忘れてた。
重い体を起こして、あたしは特に何の抵抗もせず近衛兵に付いていった。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
コンクリートの打ちっぱなしのような部屋には、あたしを含めて三人の罪人がいた。
リムさんと姉様、それからあたしだ。指示されて椅子に座ると手足を拘束された。
あたしより先に来ているらしい二人は、散々抵抗した後なのか髪も服も乱れてた。そして、此処数日の心労もあってか、頬はこけていた。
そんな風に思っていた時、部屋から近衛兵が出て行く。そして、最後のひとりが出ていき、部屋はあたしたち罪人のみを残して誰もいなくなった。
施錠する音だけが、部屋に響く。
誰も彼もが無言だった。
いつも脅すような口調で話してくる姉様も、本当は小心者なリムさんも、誰も言葉を発しなかった。
でも、誰もが困惑していた。あたしもそうだ。拘束されているとは言え、どうして見張りも残さないで出て行くんだ。これから、どうなるんだ。
一体、どんな風に刑は執行されるんだ。
誰も何も言わないが、誰もが同じ疑問を持っているはずだった。
場が言いようのない不安に満たされた時、ガチャンと扉が開く。俯きかけていた顔を上げると、そこには予想もしていなかった人物が立ってた。
瞳の光を取り戻したリムさんが、安心したような顔をする。
そして、その後ろには驚いたことにコートラリ様もいた。
一体、何が始まるのか、あたしの不安はどんどん増すばかり。
「ごめんなさいね。前が長引いてしまって、少し遅れてしまったわ」
シマキ様の言葉に誰も反応しない。罪人は、許可されるまで発言は出来ないから。姉様とリムさんは、もどかしそうに体を動かしている。
「あら、貴方達、いつからこんなに静かになってしまったの? わたくしの言葉に誰も返答してくれないだなんて、寂しいわ」
「シマキ、罪人は許可なく発言は出来ないよ」
「嗚呼、わたくしとしたことが忘れていたわ。なら、許可を出すわ。誰も話し相手になってくれないだなんて寂しいもの。貴方達も何か思うことがあるのなら言ってちょうだいね」
にこりと邪気なく笑ったシマキ様は、なんて言ったらいいんだろ。不気味なくらい穏やか。
陛下の御前では、あんなにダリアが狙われたことについて激怒してたのに。
同じ人とは思えないほどに、穏やかで落ち着いてた。
最初に発言したのは姉様。
「シマキさまぁ。あたしたち、これからどうなるんでしょうかぁ?」
姉様の間伸びした声にシマキ様は、優しく微笑む。
「どうなるって、刑の執行だもの。死ぬのよ?」
小首を傾げた仕草は、この世のものとは思えないほどに可愛らしい。でも、その言葉はあたしたちを絶句させるのには十分な刺激があった。
ううん、わかってた、死ぬってことは。でも、そんな何でもなさそうに話されると驚いちゃう。
「わかってないみたいだから説明するわね。今回、執行人をさせてもらうことになったの‥‥‥勿論、わたくしの希望でね」
「し、執行人」
リムさんの言葉を最後にあたしたちは、また言葉を失った。
シマキ様が執行人ということは、あたしたちは彼女の手によって殺されるということだ。
「わたくしはね、これでも貴方たちには感謝しているのよ。良き友人だったと思っているわ。だから、最期はわたくしの手でと、そう思ったのよ‥‥‥さて、待たせてしまったから、手早く終わらせましょうか」
何事もなかったように微笑むと、次いであたし以外の二人の手の拘束を解く。何故かあたしだけ拘束は解かれなかった。
でも、とても聞ける雰囲気ではない。
あたしの困惑を無視して、シマキ様はコートラリさまから杯を受け取る。
「リムとアビーには毒杯を授けることになったわ。強いものにしたから、一瞬で終わる」
二人の体が震え出す。
具体的な方法に恐怖を覚えたのだろう。
あたしだって、どうでもいいなんて思っていたけど、いま体が震えてる。
「シ、シマキ、様っ‥‥‥ゆるしてっ、ゆるして、見逃してっ‥‥‥うぅっ、ください」
ガチガチと歯を鳴らしたリムさんの言葉に、シマキ様はまた微笑んだ。その顔にリムさんが、少しだけ顔色を良くする。
「リム、貴方は本当に頭の中が軽いのね。可哀想に」
シマキ様の顔は、馬鹿にしたようなものではなくて、本当に同情しているようなものだった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
後編は、明日投稿する予定ですので、引き続きよろしくお願いいたします。
 




