記憶
文化祭から数日経ちました。
文化祭という一大行事が終わって、学園はいつも通りの静けさを取り戻していた。
あの夜会の後から、シマキ様はコートラリ様について何も言っておらず悲しい顔も見せないため、私もあえて何も聞いていなかった。隣を歩いている今だって、いつもの笑顔だ。
でも、ルイカと話せる機会があれば、彼女から話は聞こうと思っている。
そんなことを考えていると、何処かから視線を感じた。そちらを見ると何人かの女生徒が嬉しそうにきゃっきゃっと話している。
シマキ様のファンだろうか。私のそんな気持ちを悟ったのかシマキ様はクスクスと笑った。
「ふふっ、剣術大会の影響力は偉大ね。色んな人が貴方の強さに惹かれたみたい」
「えっ?」
文化祭から数日経った今、シマキ様がどうして剣術大会の話を掘り返すのかわからなかった。
「あら? 気が付いていなかったのね。この間の剣術大会で良い成績を収めたから、一部の生徒から注目されているのよ」
「そう、なんですか?」
「今まで、貴方に関して特に何の感情も持っていなかった生徒たちが、あの試合を見て好意的な考えになったのね。特にこの年頃の女生徒は、強い同性に強い憧れを抱く傾向にあるわ。作戦は成功と言ったところね」
にっこりと自分のことのように喜んでいるシマキ様を見ても、私はあまり喜べなかった。
私としては剣術大会の後に、コートラリ様に手も足も出ずに負けたことで納得できない結果となってしまったからだ。自分で納得できないことで周りから褒められるのは、言い表しにくい居心地の悪さがあった。
「何かあった?」
「そう見えますか?」
「剣術大会の後から、元気がないなぁとは、思っていたわよ」
矢張り、シマキ様には隠し事が出来ないようだ。だからといって、コートラリ様の話をいまのシマキ様に言うことは、出来そうになかった。
「‥‥‥何だか少し、複雑な気分です」
「理由を聞いても?」
「だって、皆んなが讃えるほどの結果を残していませんから」
「つまり、自分が納得していない結果を褒められるのは、むず痒いってことね」
全てを見据えたようなシマキ様の物言いに、素直に頷く。
「貴方が納得していなくても、わたくしは今回の結果は良かったと思っているわ。だって、そうでしょう? 貴方は平民だけど、わたくしを守る力を持っている強い存在って今回のことで知れ渡ったのよ。周りが認めれば、自ずと貴方への馬鹿げた嫌がらせも減る。それだけで十分だと思わない?」
そう言われてみれば、文化祭後、小さな嫌がらせの数が大分減っていたような気がした。
また、ほとぼりが冷めた頃に再開されるかと思われたリム様たちからの嫌がらせも、再開することもなかった。時たま三人で集まって此方をチラチラ見ながら話しているが、その程度だ。
そうだ、元はと言えば、今回の剣術大会は私への嫌がらせを減らすために、シマキ様が提案してくれたことだ。
その目的を果たしたのに、私がこんな風にいつまでもうじうじとしているのは、シマキ様の親切に対して失礼だ。
「それも、そうですね」
私が肩をすくめて笑うと、シマキ様も釣られたように微笑んだ。
久しぶりの平和な時間に、あの日を思い出して少しだけ怖くなってしまった。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
その日の夜、私たちはいつものように寝る準備をしてからベッドの上に座って雑談をしていた。シマキ様はよく、本で読んだことを私に教えてくれた。博識なシマキ様は、難しい事もわかりやすく話してくれて、それが馬鹿な私にとってはありがたかった。
「そういえばこの間ね、貴方が興味を持っていたから、わたくしもロマンス小説というものを読んでみたの」
「えっ! シマキ様がですか?」
「まぁ、確かに今まで読んだことなかったけど、結構面白かったわ」
驚いた、そういうものに全く興味を持たない人だったから、てっきりロマンス小説には抵抗があるとばかり思っていた。
「それで、どんな話を読んだのですか?」
「簡単に説明は出来ないのだけど、その中に出てきた男主人公が面白いことを言っていたのよ」
「面白いこと?」
「えぇ、記憶の話よ。人の記憶は、良いことをされた時よりも悪いことをされた時の方が覚えている。つまり、嫌な記憶の方が残りやすいという意味ね。それは自分が、その悪いことをした人と同じ過ちをしないように反面教師として覚えているんだって、男主人公は解釈していたわ。そういう解釈もあるんだって、驚かされた」
「シマキ様は、違う解釈をしていたんですか?」
「そうね、個人的な意見だけど、わたくしは違うと思っているわ」
そこでシマキ様は、読んでいた本をそっと閉じた。パタンと軽い音が部屋に鳴り響く。
「嫌なことを覚えているのは、いつかその相手に復讐するためよ」
復讐だなんて、不穏な言葉に目を見開いてしまう。シマキ様を見ると、彼女はいつもと同じような穏やかな顔をしていたから、余計に困惑する。
私の様子に気がついたのか、シマキ様は苦笑いを浮かべて私の頭をぽんぽんと撫でた。
「ダリア、喉が渇いたから水を一杯持ってきてくれない?」
「わかりました」
サイドテーブルの上の水差しから、コップに移そうとすると、その中身は空っぽだった。
補充したと思っていたが、忘れてしまっていただろうか。
「すみません、シマキ様。直ぐに補充してきます」
「急がなくていいわよ」
私が水差しを持って、立ち上がり水道へ行こうと早歩きをした時、突然後ろから誰かに殴りつけられた。
全く気配を感じなかった。
強い力に無残にも床に倒れてしまう。水差しが、落ちた衝撃で粉々に割れて、凄まじい音が響き渡る。
だが、そんなことはどうでもいい。
いまはシマキ様の安否を確認したかった。朦朧とする意識の中で、シマキ様の方を見ると侵入者の足が複数見えた。少なくとも五人はいる。
危険だ。私が守らなければいけないのに、どうしてこの体は言うことを聞いてくれないんだ。
揺らぐ意識の中で、誰かの優しい声が聞こえた気がした。
「シマキ、様」
シマキ様の方へ伸ばした手は、彼女に触れることはなかった。
不穏な空気です。
話は全然違うのですが、今日はメイドの日らしいですね。
ダリアもメイドなので、何だか特別な日に感じます。




