後夜祭
文化祭もいよいよ終わりです。
誤字報告頂きました。自分では気が付かなかったので、有難いです!
文化祭はあっという間に終わり、私たちは後夜祭の準備をしていた。
シマキ様のドレスは二人でああでもないこうでもないと悩んだ結果、深藍色の爽やかな印象の物に決めた。
ひと段落してシマキ様の髪を整える。今日の髪型は、背中が開いたドレスのデザインに合わせて結い上げることはせず、シマキ様の本来の長い髪を生かすことにした。綺麗なストレートになるように髪を梳かしたら完成だ。髪に殆ど何もしない代わりに、耳飾りは派手な物を付ける。あとは化粧を施せば終わりだ。美しく着飾ったシマキ様を見て、達成感からふぅとため息を吐く。
「そういえば、ダリアはドレスを用意しているのかしら?」
思い出したような発言をしたシマキ様に、鏡越しに目を合わせながら答える。
「はい、シマキ様の誕生日会の時に着ていた赤いドレスを着て行こうかと思っております」
シマキ様が十一歳の誕生日の時に、護衛の私にと送ってくれた赤いドレスだ。この間合わせてみたら、丈は少し短いが着れそうだったから大丈夫だと思う。
だが、私の発言にシマキ様は驚いた顔をした。
「それでは、丈が短いわ。それに、身長以外にも腰回りとか、胸元とか変わっているはずでしょう? 着たらおかしな印象になってしまうわよ」
「そういうもの、でしょうか?」
「そうよ」
クスクスと笑っているシマキ様を見ていたら、途端に不安になってしまった。
「で、でも、他に無いので‥‥‥それを着ていきます」
「ふふっ、そう言うと思ってたわ」
私の不安とは反対に、得意げな顔をしたシマキ様は化粧台から立ち上がるとクローゼットの中から大きな箱を取り出して持ってきた。
「開けてみなさい」
訳もわからず開けてみると、そこには一目で高いとわかる繊細なデザインの紫色のドレスが入っていた。
「こ、これって」
「貴方のことだから、どうせ用意していないと思って買っておいたのよ。サイズは、学園の制服を作るために、測った時のものを参考にしているから大丈夫だと思うわ。今日はそれを着ていきなさい」
「あ、ありがとうございます。シマキ様」
箱から取り出してみると、スラッとした細身のドレスだった。このタイプのものは着たことがないが、似合うかどうかというよりもシマキ様が送ってくれたことの方が大事だと思った。
「貴方は、スタイルが良くて程よく筋肉も付いているから、体のラインが出るようなドレスが似合うわ。それから、毎回赤ばかり送ってしまうから、偶には違う色をと思って‥‥‥気に入ってくれたかしら?」
心配そうな顔のシマキ様に、出来る限りの笑顔で答える。
「シマキ様からのプレゼントは、何でも嬉しいです」
私の答えにシマキ様の顔は、満足そうに微笑んだのだった。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
会場は、学園とは思えないほどの豪華な装飾であった。流石、貴族の学園といったところだろう。
私は、そんな会場で何をするわけでもなく、壁の花となってファーストダンスを見守っている。
披露しているのは、もちろんこの国の王太子殿下であるコートラリ様と、その婚約者のシマキ様である。
美しい髪をふんわりと揺らしながら、金髪碧眼のコートラリ様と踊る姿は正に一枚の絵のようである。
見惚れているうちに、ダンスは終わり周りから溢れんばかりの喝采が聞こえる。一段落すると周りの男子生徒が次々と女子生徒を誘う。
私も一応、ダンスの練習はしてきたが、私を誘う生徒など誰もいないだろう。
因みにヒロインであるルイカは、いつの間にそんな関係になっていたのか、生徒会長であるマールロイド様にエスコートされてこの会場まで入ってきて、今も彼と踊っていた。
どうやら、マールロイド様ルートに入ったようだ。一番良いルートに入ってくれたようで、よかった。
そう胸を撫で下ろした時、二曲目が始まり皆んなペアを変え出した。その時、会場がざわつく。
常にない騒がしさに、嫌な予感がして、注目の的となっている場所を確認する。するとそこには、コートラリ様からダンスに誘われているルイカがいたのだ。
それには、私も目を見張った。
コートラリ様は、いつも婚約者であるシマキ様としかダンスを踊らない人だ。そんな男が他の相手を誘ったのだ。しかも、自分から。
皆んなが驚くのも無理はない。
それに、コートラリ様のことは常に見ているわけではないが、ルイカと親しくしているだなんて噂も全くなかった。先程、剣を交えた時だってシマキ様を失いたくないという思いから、気に入らない私を殺さなかったくらいだ。
だけど、ダンスに誘うということはそれなりに親しくなるイベントが起こったというわけで‥‥‥そうなってくると、ゲームのシナリオ的に考えてルイカの方からコートラリ様に近づいたということになる。
そこまで考えて、私はぶんぶんと頭を振る。ルイカは、コートラリ様ルートには入らないと約束してくれていた。あの子は、自分の利益になることしかしないはずだ。コートラリ様とよい関係になっても結婚できないのであれば、彼のルートへ進むはずがない。
なら何故、コートラリ様と今踊っているのだろうか‥‥‥私はそこまで考えてハッとする。
そうだ、シマキ様は? この光景をシマキ様はどう思っているのだろうか。
会場を見渡すと、コートラリ様たちのダンスを見て、辛そうに顔を歪めバルコニーに出て行くシマキ様が見つけた。私は、慌てて後をついていく。
シマキ様は、憂いた顔を隠しも出来ずに空を見上げていた。
「シマキ様、」
「嗚呼、ダリア。休憩かしら?」
先程までの表情を覆い隠して、シマキ様はいつもの笑顔で何でもないようなふりをする。
「‥‥‥シマキ様を、追いかけて此処まできました」
「そう、そうよね。あれだけの騒ぎだもの、貴方だって見たたわよね‥‥‥この世界がゲームだって、聞いた時から覚悟はしていたけど、実際に見ると結構辛いものね。思わず逃げ出してきちゃったわ」
笑おうとして、上手く笑えなかった顔が痛々しい。私は思わずシマキ様を抱きしめた。
「無理しなくていいですから。そんな顔、しないでください」
「‥‥‥これでも、表情を隠すのは得意だと思っていたのだけどね。肝心な時に役に立たないわ」
そう言ってシマキ様は、私へ縋り付くみたいに抱きついた。
「ねぇ、わたくしと一緒に踊ってくださらない?」
その誘いが単なる気休めだとわかっていた。それでも、今にも泣きそうな御令嬢の誘いを、誰が断れるだろうか。
「喜んで」
その日、誰もいないバルコニーで踊ったダンスを私は生涯忘れることは出来ないだろう。
あんなに悲しげな顔のシマキ様を、もう二度と見たくないと思った。
波乱の後夜祭でした。
 




