敗北
すみません、遅くなりました!
試合はどんどんと終わり、私は遂に準決勝まで駒を進めてきた。
準決勝の相手はアーネスト様、侯爵家のご子息であり、コートラリ様の護衛騎士の方だ。とそこまで考えて、私は思わず苦笑いしてしまう。
どうやら、私の大会も此処までのようだ。
そもそも、ペールン公爵には恥ずかしい試合をするなと言われただけで優勝してこいとは言われていない。つまり、ペールン公爵は優勝は望んでいないということだ。
相手は侯爵のご子息であり、シマキ様よりも爵位は低いが、コートラリ様の護衛を勤めている方だ。ここで私が勝って終えば、ペールン公爵家は王室に勝る力を持っていると示してしまうことになるだろう。
此処まで考えたところで、再び名前を呼ばれて会場へ出る。相手はやはり、コートラリ様の護衛の方だった。先程からこの人の試合も見ていたが、流石王太子殿下の護衛、腕は一級品だ。これは多分、手加減などしなくても、何の作戦も立てずにいけば負けるなと思った。
「はじめ!」
審判の声が響き渡り、剣を交えるために一歩踏み出した。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
「参りました」
私は、深々と相手に頭を下げてそう言った。
結果は、十ポイント差で私の負けとなった。
私の初めての大会は、こうしてあっけなく幕を閉じたのだった。
結果から言えば、優勝はコートラリ様だった。これだけを聞けば、まず間違いなく忖度と思うだろうが、試合を見ている者ならば誰もが彼の優勝を納得するだろう。身のこなし方や剣の振り方、全てが洗練された動きをしており、隙がない。
剣術を習うものとして、素直に感心した。
腕は確かだと噂は聞いていたが、実際に見たことはなかった。真逆こんなに強いとは思わなかったので、びっくりだ。
優勝者の表彰をして、剣術大会はお開きとなった。
控室で制服に着替え、シマキ様の元へ帰ろうと外を歩いている時、「少し、いいかい」と後ろから突然声をかけられた。
全く気配がなかった。
だが、この声には聞き覚えがある。
「コートラリ様、優勝おめでとうございます」
「嗚呼、ありがとう。君も健闘していたね」
「いえ、コートラリ様には及びません」
「謙遜はいらないよ。準決勝で敗退したのが惜しいくらいだった‥‥‥君、最初から負けるつもりできたね」
「‥‥‥そんなことはありません」
確かに勝つつもりはなかったが、態と負けたわけでもなかった。
「そんなに怖がらなくてもいい。別に怒っているわけではないから。公爵家に仕える者として、正しい判断だったと思うよ」
「あ、ありがとうございます」
「だが、それとは別に私は君と一戦交えたかった」
何と言うべきか迷って、「光栄です」と返したが、そんな私のことをコートラリ様は気にした様子もなく話を進める。
「ペールン公爵家護衛、ダリア。私と手合わせ願えないだろうか?」
コートラリ様の予想外の言葉に、私は慌てて返事をする。
「コートラリ様のお誘い、身に余る光栄でございます。しかし、私のようなものが王太子殿下に剣を向けることは出来ません」
「まだ、そのようなことを言うか。君は中々、頑固なのだな。この学園内では無礼講と言ったはずだ」
そう言うと、コートラリ様は真剣を此方に投げてきた。足元にカチャンと落ちた真剣を見て、この人が本気だとわかる。
拾うべきか迷っている間に、コートラリ様は剣を抜くと素早く此方へ切り掛かってきた。
──殺気
私は足元の剣を蹴り上げると、手で掴んで剣を抜き攻撃を受け止めた。
華奢な見た目に反して、コートラリ様の一振りは重い。真面目に受け止めていたら、一瞬で決着がついてしまう。
そう思った私は、力を受け流して、何とか避けた。私がどうやって戦うべきか考えているうちにも、コートラリ様は構わずに攻撃を続けてくる。
私は、受け止めるだけで精一杯だった。キンッキンと剣が交わる音が響く。
「一度、君とこうして戦ってみたかったのだよ! 矢張り、真剣勝負はこうでなくてはな。命の危機があってこそ、滾るというもの」
「ゔっ!」
余裕のあるコートラリ様と違って、私は答えることなんて出来ない。剣を受け流すことだけで精一杯だ。だが、受け流すだけではいつまで経っても勝負はつかない。
此方から攻撃を仕掛けるなら、早くやらないと体力がもたない。
受け止めていた剣を力ずくで弾き返して、体制を立て直そうとした瞬間、相手が待っていたと言わんばかりに、にこりと笑った。
しまった! そう思った時には遅く、既に剣は私の手元から離れていた。弾き飛ばされたのだ。
呆然とする私の首元に、コートラリ様の剣が向けられた。少しでも動けば、防刃服を着ていない私の首は簡単に切られるだろう。
呼吸が整わない。
「‥‥‥私を‥‥‥殺すっ、おつもりですか?」
「殺したい」
コートラリ様の顔に明確な殺意が浮かぶ。彼の感情がこんなにはっきり見えたのは初めてかもしれない。
「だが、殺さぬ。一時の感情で君を殺せば、永遠にシマキを失うことになるからな」
そう言って、コートラリ様はいつもの何を考えているのかわからない顔に戻ると、剣を鞘へ戻した。
その様を見て、腰から力が抜けてその場に倒れ込む。こんなに強い殺意を向けられたのは、久しぶりのことだった。
「手合わせ感謝する」
それだけ言うと、コートラリ様は去っていった。その場には、息を荒くして座り込んだ私しかいなくなった。
少しは強くなったと思っていたが、私の実力はまだまだと気付かされて、酷く情けない気持ちになった。
この話、書くのが楽しかったです。