幸せの鐘
昨日の続きです。
色とりどりの咲き誇った花は、水を撒いたばかりなのだろうか、瑞々しく輝きを放っている。その花たちに囲まれているように、ピンク色の小さな鐘がちょこんと鎮座していた。
文化祭で騒がしいにも関わらず、私たち以外誰もいないこの場所は、まるで違う世界のようで、それこそ異世界みたいだ。
ここは、ゲームで何度も見た場所‥…‥
「‥‥‥幸せの鐘」
「鐘を鳴らすと幸せが永遠に続くという言い伝えから、いつしか告白スポットになったらしいわ」
「そう、だったんですか」
幸せの鐘、それは、シマキ様を除くと、誰のどのエンディングでも必ず最後に訪れる場所だった。バッドエンドでも、ハッピーエンドでも‥‥‥もちろん、シマキ様が悪魔を産む場所も此処だ。
そして、シマキ様ルートの監禁エンドだけは別だが、他の攻略対象者は皆んな、現三年生の卒業式にこの場所でエンディングを迎えていた。つまり、卒業式の日に此処へ来れば、ヒロインであるルイカが誰とのエンディングを迎えたのかわかるということだ。
ゲームの中で、シマキ様が亡くなった場所だと思うと、何処か神秘的なこの場所も薄気味悪く感じるから不思議だ。
そんな私を知ってか知らずか、シマキ様は説明をさらに続ける。
「この場所、学園内で告白スポットとして有名になり過ぎて、逆に告白する人以外は立ち入らないようになったのよ」
「有名なら、告白しない人でも一度は見にきそうですけどね」
「そうね、昔はそうだったかもしれないわね。でも、此処を彷徨いていて誰かに見られでもしたら大変よ」
「嗚呼、なるほど、此処にいるだけで告白したなんて噂が流れたら恥ずかしいですもんね」
貴族といえども思春期の男女だ。色恋沙汰の噂が流れたら、恥ずかしいだろう。
私の納得した顔に、シマキ様は何処か眩しそうに笑ってぽんぽんと頭を撫でてくれた。
「それもそうだけど、もっと問題になることがあるのよ。貴族は学園入学前に婚約をしているケースが多いでしょう。もし、婚約者のいる生徒が此処を訪れていたとして、婚約者以外の想い人に告白したなんて噂を立てられたら大問題よ」
そこまで言われて漸く気がついた。貴族は、家と家の利害の一致で婚約者を決める。そこに本人の意思が無いのが殆どだ。婚約を結んだにも関わらず、他の誰かに告白したなんて知られたら、家と家の問題に発展してしまう。
貴族が集う学園というのは、こういったロマンチックな場所でも慎重に扱わなければならないのだろう。
「実際に学園内で恋に落ち、婚約破棄したなんて例も過去にあるから笑えない話よ。だからね、此処で告白をするっていうことは貴方との未来を真剣に考えています、っていう意味でもあるのよ。なかなか面白い話でしょう」
「えぇ、そんな深い意味があるだんて知りませんでした」
「ふふっ、わたくしも図書館の本で初めて知ったわ」
ゲームの中では、こんなに細かい設定出てこなかった。
攻略対象者が、此処で告白していたのはヒロインに対して将来を考えているという意思表示でもあったのか。
「これも本に書いてあったのだけどね、元々この場所は二人で一緒に鳴らすとずっと一緒にいられるっていう言い伝えだったらしいのよ。それが、いつからか鐘を鳴らすと幸せが続くっていう言い伝えに変わったらしいわ。どちらにしろ、告白スポットになっていそうな言い伝えね」
そこでシマキ様は、恥ずかしそうに俯くと私の手をそっと握った。常には無い気恥ずかしそうな態度に、どうしたのだろうと疑問に思う。
「ねぇ、ダリア一緒に鳴らしてくれない? 馬鹿みたいだけど、その‥‥‥貴方とずっと一緒にいたいのよ‥‥‥」
いつも自信に満ち溢れた笑顔を浮かべているシマキ様が、自信なさそうな顔で俯いている姿は庇護欲を掻き立てる。
「わ、私もシマキ様とずっと一緒にいたいです」
「ありがとう! 嬉しいわ」
頬を赤らめて微笑んだ姿は、この世のものとは思えないほど美しかった。見惚れているうちに、シマキ様は私の手を引くと鐘へと導く。
二人で鐘に繋がる紐を握る。
顔を見合わせて微笑むと、二人で紐を揺らした。
カランカランとなった音は、言い伝えの割に軽くてよくある音だった。でも、シマキ様と二人で鳴らしていると思うと特別な音に思えてくる。
と、ここで時計を見てそろそろ剣術大会の準備をしないと間に合わないことに気がついた。
「シマキ様、すみません。私、そろそろ剣術大会の会場へ行かないと」
「嗚呼、確か十時開演だったわね。なら、わたくしも観客席へ向かうわ」
「でしたら、途中まで一緒に行きましょう」
こうして、会場へ向かうと既に沢山の人が席を確保していた。私はシマキ様を学園の護衛騎士が一番近くにいる席へと座らせる。
「シマキ様、行ってまいります」
「えぇ、気をつけてね‥‥‥ダリア、イベントなのだから気を張らず楽しんできなさいね」
シマキ様の言葉を受けて、知らずに力を入れていた体から余計な力が抜けた。
「ありがとうございます」
精一杯の感謝を込めてお礼を言うと、私は出場者控室へと足を向けたのだった。
いよいよ、剣術大会です。
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