憧れ
今日、遅くなりました。すみません。
結局、アビー様が嘘を言いふらすことはなかった。言いふらしたところで、誰も信じないと悟ったのだろう。
その日の放課後、心配するシマキ様に大丈夫だからと言って、迎えに来たコートラリ様に引き渡した。シマキ様は、私がアビー様たちに放課後何かされるのではないかと心配していたが、私は多分それはないだろうなと思っていた。
だって、さっきシマキ様にあんなに注意されたのだから、流石のアビー様も今日くらいは何もしないだろう。
私の予想は当たって、いつもなら寄ってくるリム様たちは今日は早々に帰って行った。
久しぶりのひとりの放課後、私は文化祭の絵を描くために寮へと戻ろうとしていた。
「ダリア、いま大丈夫?」
誰もいないはずの教室で、私に話しかけてきた人物がいた。聞き覚えのある声に振り向くと、そこには久しぶりに見るヒロイン、ルイカがいた。
「ルイカ! 久しぶりだね。でも、こんなところで私に話しかけて大丈夫なの? 誰かに見られるかもよ?」
「大丈夫。今日は、リム様たちもいない、から」
「そっか」
ルイカが自分から話しかけてくれたことに、私は舞い上がって声を弾ませてしまう。
「それで、今日はどうしたの? ルイカから話しかけてくるんだもん。何か用があるんでしょう?」
「うん。風邪ひいて、休んだって、聞いたから、様子見に来た」
本当は風邪ではないのだが、心配をかけないために否定しないでおく。
「それで態々見に来てくれたんだ。ありがとう、この通りいまは元気だよ!」
「そう、なら、よかった」
尚も心配そうな顔をしているルイカに、私は意図的に明るい声を出す。
「そういえばさ、前世の頃、孤児院で私が風邪ひいて寝込んで、その時ルイカがお粥作ってくれたよねぇ。それが、すっごい甘くてさ、びっくりしたの。覚えてる?」
「‥‥‥そんなことも、あった、かも」
「嘘ぉ! 覚えてないの? 塩と砂糖間違えたって、それこそ料理下手ヒロインみたいなこと言ってたじゃん」
私がくすくすと笑っていると、ルイカはばつの悪そうな顔をして、それよりと話を変えた。
もしかして、恥ずかしくて話題を変えたいのかな。無表情だからわかりにくいところもあるけど、意外と恥ずかしがり屋なのだ。
だから、私もあからさまな話題の変更にのってあげる。
「うん? なになに?」
「あのさ‥‥‥」
「なんか、言い難い話? ルイカらしくない。はっきり言いなよ」
「なら、言わせてもらうけど‥‥‥出会った時に、貴方の記憶を見せてもらった、でしょう?」
「嗚呼、うん。それで、私だって気が付いてくれたんだもんね」
「そう、それで、私もうひとつ、見えたの。貴方のトラウマ」
「えっ!?」
「私の能力は、相手のトラウマの数だけ、記憶を覗くことが、できる、から。ずっと聞きたかったんだけど、聞くタイミングが、なくて‥‥‥その、ダリアは大切な人を、失ったの? 黒髪の男の人」
「──ッ!」
すぐにシャールさんのことだと理解した。そうか、私はあの日のことを死んだことと同じくらい、トラウマに思っていたのか。
「もしかして‥‥‥付き合ってた人?」
「ううん‥‥‥あの人はね、私の剣術の師匠なの。誰よりも強くて、優しくて、でも全てを諦めている人だった。私は、あの人に色々と教えてもらったおかげで、いまもシマキ様の側にいれるの」
いまでも、貴族には逆らうなと言った時のシャールさんの何もかもを諦めたような顔が頭に焼き付いている。貴族から嫌がらせを受けるたびに思い出す顔だ。
「好き、だったの?」
「そんなこと考えたことないや。でも、多分‥‥‥憧れていたんだと思う」
自分で言葉にしてみて、心にすとんと落ちた。そうだ、シャールさんへのこの気持ちは憧れだったんだ。
「そう‥‥‥でも、どうして、そんなに強い人が、死んじゃったの?」
相変わらず、ルイカははっきりと物を言う。
でも、それは全く不快になることではなくって、寧ろ変わらない友人の姿に心地よさすら覚えた。
「シマキ様の護衛中に山賊に襲われて、亡くなっちゃたんだ」
「‥‥‥誰よりも強い人が、山賊なんかに、殺されたりする、かな?」
シャールさんが殺されたと聞いた直後は、信じたくなくって私もそう思っていた。
「確かに強い人だったけど、大勢相手だったみたいだし‥‥‥それに、シマキ様が証言していたことだから、嘘なんてことないと思う」
私がそう言うと、ルイカはあからさまに顔を歪めた。露骨に嫌な顔をするのは、ルイカにしては珍しいかもしれない。
「貴方のことを、拾ってくれた恩人、かもしれないけど、盲目的に信用するのは危険、だと思う」
「悪役令嬢、だから?」
「それも、ある。でも、本人を見て判断したところも、ある」
「本人を見て?」
「私とシマキ様が、書道を選択していることは、知っているよね。シマキ様、いつもリム様とばかり話して、いるんだけど、その時の目が凄く冷たいの‥‥‥こんなこと、言いたくないけど、あれは、ゲームの時のシマキ様と同じ表情。あんな顔をする人が、優しいだけの御令嬢だとは、私は思えない」
シマキ様が偶に冷たい目をすることは、私も昔から知っていた。でも、その目をしている時に、シマキ様が残虐的な行為をしたことは一度もなかった。
あの目は確かにゲームの時と似ているけど、シマキ様がシャールさんに何かしたとは思えない。
「‥‥‥ルイカは、シマキ様と出会ったばかりだからそう思うんだよ。シマキ様はとっても優しい人だよ。平民である私のことも、差別しない。だから、ルイカにそんな風に言って欲しくない」
「そう‥‥‥ごめん、口を出しすぎた。でも、貴方のこと、心配だってことだけは、覚えておいて欲しい。それから、シマキ様のことを盲目的に信じない方がいいって発言は、撤回しない、から。それじゃあ、私は、これからイベント回収に、行ってくる」
「あっ、うん。ありがとうね、ルイカ」
「‥‥‥」
何も言わずに出て行ったルイカを見て、怒らせてしまったかなと少し心配になる。まぁ、ルイカは寝れば忘れるような子だから大丈夫か。
寮に帰って絵を描いていても、ルイカのあの言葉がやけに頭に残って離れなかった。
ルイカ、久々の登場でした。




