貴族でしか解決できないこと
昨日の続きです。
突然、第三者の声が聞こえてきて、その場にいた全員が驚き、そちらを向く。其処には、優雅に微笑むシマキ様が佇んでいた。
「シマキ、様」
「ダリア、遅いと思ったらこんな所にいたのね。駄目じゃない、時間は守らないと」
「すみません、その、色々あって‥‥‥」
事情を話そうとした私を、シマキ様は止める。すると、私にしか聞こえない声で「此処は、わたくしに任せなさい」と囁いた。
その言葉に驚いているうちに、シマキ様はまたアビー様に向き直った。
「わたくしのダリアが、イビーを切り付けたのですって?」
「え、えぇ、イビーに突然、調理用の包丁を向けてきたんですぅ。これだから、野蛮な平民は嫌いだわぁ」
「あら、ダリアはわたくしを護衛するために、常に小刀を持ち歩いているわ。そのダリアがどうして、態々包丁を用意したのかしら」
「きっとぉ、自分の持ち物でぇ、人を傷つけたらぁ、すぐに犯行がバレると思ったからですよぉ」
「なるほど、一理あるわね」
シマキ様が納得したように言うと、アビー様は嬉しそうに頬を赤らめた。
「シマキ様のメイドを、告発するのは心苦しいですがぁ、此方も妹を刺されてぇ黙っているわけにはいきません。公表させて、もらいますからぁ」
「ねぇ、少し傷を見せてもらえるかしら?」
「えっ?」
困惑したアビー様を無視して、シマキ様はイビー様の腕を強引に引っ張った。
「ゔっ!」
「あらぁ‥‥‥残念だけど、これはダリアが付けたものではないわねぇ」
シマキ様のその一言に、アビー様は少しだけ顔を歪ませる。
「そんなことありませんよぉ。シマキ様はあたしたちがぁ、嘘をついていると仰っているんですかぁ?」
「えぇ、そう思っているわ」
シマキ様のはっきりした物言いに、アビー様はたじろぐ。
「だって、ダリアはもっと綺麗に切るもの。それに、もし貴方たちに本気で危害を加えようとしたのなら、この子は容赦しないわ。こんな腕の微妙な場所なんて、狙わない。もっと、致命的なところを狙うはずだもの」
そこで、シマキ様はふふっと笑うと、イビー様の頬をなぞった。
「そうねぇ、例えば‥‥‥貴方のこの可愛らしい顔とか、ね」
「ひっ!」
「悪戯をする腕も捨て難いわ」
怖がるアビー様を見て、シマキ様はまた笑みを深めた。でも、その顔は全く楽しそうには見えない。
「アビー、貴方、言っていたわよね。貴方が証言すれば、誰でも貴方を信じるって」
「‥‥‥え、えぇ」
「なら、わたくしも、そうさせてもらうわ。この傷はダリアが付けたものではない。アビーはダリアを嵌めようとして、そんな事を言ったんだって‥‥‥そう言ったら、どれくらいの人がわたくしを信じてくれるかしら」
「そ、それは」
「賢い貴方なら、わかるわよね」
「‥‥‥」
「アビー、わたくしは貴方を断罪したい訳ではないのよ。わたくしは只、ダリアにもうこんなことして欲しくないだけなのよ。それを約束できるのなら、今回のことは無かったことにしてもいいわ」
優しさすら感じさせるシマキ様の顔に、アビー様は俯いて「申し訳ございません」とだけ返した。
「いいのよ、わかってくれたなら。賢い貴方なら、もうこんなことしないわよね」
「‥‥‥はい」
「ありがとう、アビー。貴方はやっぱり賢い子だわ」
一通りの話を終えると、シマキ様は私の手を引いてその場を離れようとした。と、ここでシマキ様は何か思い出したように立ち止まると、再びアビー様の方を振り返る。
「そうだったわ、アビー。この間はありがとう。おかげでダリアと二人、ゆっくり過ごせたわ」
アビー様が肩をピクリと少しだけ震わせた姿を見て、シマキ様は今度こそ、その場を離れた。
私は、シマキ様の話術をただ見つめていることしかできなかった。そんな自分が情けなくって仕方ない。
「シマキ様、すみません」
「気にしないで、貴族のことは貴族でしか解決できないこともあるわ。それから、わたくしはすみませんと言われるより、ありがとうと言われる方が好きよ」
茶目っ気たっぷりに微笑むシマキ様に、今度は自信を持って言えた。
「ありがとうございました、シマキ様」
ピンチを救ってくれたのは、やっぱりシマキ様でした。
 




