ダンスの練習
今日、遅くなりました。すみません!
あれから結局三日ほど休んで、また学園に行けるようになった。登校するために、朝の準備をしていると顔の上にふわっと何かを付けられた。その触り心地は、ここ数年で慣れた感覚だった。
これは‥‥‥
「フェイスベール?」
「そうよ、回復記念にプレゼント」
「もしかして、また作ってくださったんですか?」
「えぇ、学園に行くときは付けたいと思って、急いで作ったの。色は迷ったけど、結局黒にしたわ。前もすごく似合っていたから」
「う、嬉しいです。ありがとうございます。今度は、無くさないように気をつけますね」
「そんな事、気にしなくていいわ。無くなったら、また作ればいいんだもの」
シマキ様がくれたフェイスベールには、また赤いダリアの刺繍がしてあった。でも、前に作ってくれた時よりも、その腕前が上がっているような気がして、感慨深くなる。
「本当に‥‥‥ありがとうございます」
照れ隠しのように言った言葉に、シマキ様は顔を綻ばせると頭を撫でてくれた。
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幸い今日は美術の授業がないので、アビー様たちに絡まれることはなさそうだ。シマキ様はそういうこともわかった上で、休ませてくれていたのかもしれない。
教室へ到着すると、リム様と目が合ってしまった。彼女は、ばつが悪そうに目を逸らす。少しは悪いと思っているらしい。
軈て、私たちの存在に気がついたクラスメイトたちが、シマキ様の周りに集まってきた。学園入学以来、シマキ様が欠席したのは初めてだから、皆んな心配したのだろう。そして、そのクラスメイトたちの中に、素知らぬ顔をしてアビー様も混じっているのだから末恐ろしい。イビー様は、どうせ無理矢理手伝わされただけなのだから、そんな風に俯かなくても良いのに。
そんなことを思いながら私は、邪魔しないようにシマキ様から離れると、自分の席に座った。皆んなの心配する声が、ここにいても聞こえてくる。
「シマキ様、大丈夫でしたか?」
「もうお体の調子は、良いんですかぁ?」
「シマキ様がいなくて、とっても寂しかったです」
次々に投げかけられる言葉に、シマキ様は張り付いたような笑みを崩さない。
「ありがとう、皆さま。でも、もう大丈夫だから心配しないで。それに、わたくしとしてはダリアのことも心配して欲しいわ。あの子の方が辛そうだったから」
シマキ様がそう言った途端、クラスメイトたちの目線が私に集中する。そして、我先にと私の元へ駆け寄り、心配そうな表情を貼り付けながら話したこともないような人たちから話しかけられる。
「風邪を引かれたんですってね。治ったみたいでよかったわ」
「今度、風邪を引かれたら、是非私に仰って。専属の医師を紹介しますから」
「それはいいな。そしたら、シマキ様も心置きなく登校できる」
どんなに取り繕ったところで、心配していないことなんて丸わかりだ。というか、そもそも隠そうともしていない。
シマキ様は欠席の理由を「風邪をひいたダリアを看病するから、一緒に休みます」と言ったらしい。きっと、この人たちはそれが気に入らないのだろう。
心配そうな言葉は全部、言い換えれば「お前が風邪を引いても今度からシマキ様の手を煩わせるなよ」という意味だ。
病み上がりに、この人たちの対応をするのは、流石に面倒臭いと思ってしまった。が、しかし、それを口に出すことは決して許されない。何故なら、この人たちは貴族だからだ。
「ありがとうございます。今度は、頼らせていただきますね」
私が無難な答えを返すと、皆んな満足したようにシマキ様をチラチラと見ながら席へと戻っていった。そんな様子を見て、シマキ様はクスクスと笑いながら私の隣の席へと座った。
そして、私にしか聞こえない声で呟いた。
「病み上がりだからかしらね。貴方、面倒くさそうな気持ちを、隠しきれていなかったわよ」
「シマキ様、どうしてあんなこと言ったんですか? お陰で変な気を遣ってしまいました」
「面倒な貴族社会を貴方にも、わけてあげようと思って」
「そんなもの、いりません」
少し拗ねたような言い方をすると、シマキ様はまた面白そうに笑う。
「そうやって可愛い顔をするから、つい意地悪したくなってしまうのよ。恨むなら、己の可愛さを恨むことね」
「なんですか、それ」
あまりにも変な言い訳を聞いて、思わず吹き出してしまう。さっきまでの憂鬱な気持ちとか、面倒な気持ちが全部吹っ飛んでいった気がした。
そうこうしているうちに、鐘がなって最初の授業が始まる。担任が入室してきて、パンパンと手を鳴らした。
「皆さん、お静かに。今日の一眼目ですが、急遽、授業の内容を変えて、ダンスの練習とします。夏休み明けすぐに、文化祭があるのはご存じですよね。その文化祭ですが、終わった後は、疲れを労うということで毎年夜会を開催しています。そこで、皆さんダンスを披露することになると思いますので、この時間でよく確認しておいてください。といっても、皆さん貴族の方々ですから、ダンスくらい既に踊れますよね」
担任のその言葉に、私は動揺する。
貴族たるもの、教育の一環としてダンスは小さい頃から習っている。それは平民でも知っている、ごく当たり前のことだ。
シマキ様も一通りのダンスは踊れる。
だが、私は違った。
護衛としての訓練しかしていないため、剣術の心得はあっても、ダンスなんて踊ったことがなかった。
そんな私の心配も知らず、担任は更に続ける。
「では、適当に男女一組になって踊ってください。曲は、夜会で使うものと同様のものを弾きますから」
男子生徒たちは、爵位に合った女子生徒を誘ってどんどんペアを作っていった。
シマキ様の元へも、数人の爵位の高い男子生徒が寄ってきている。だが、私の元へも数人の男子生徒が近寄ってきていた。
それは私がモテるとか、そういう訳では決してない。きっと彼らは、平民の私がダンスを踊ったことが無いと知っていて馬鹿にするために誘おうとしているのだ。
どうしよう、誘いを断るわけにもいかないし、こうなったら馬鹿にされるのを覚悟で踊るしかない。
そう決意して、ひとりの嫌らしい笑顔を浮かべた男子生徒と向き合った時、私たちの間に颯爽とシマキ様がわり入ってきた。
私も男子生徒も、シマキ様の突然の登場に驚く。
そして、更に驚いたのはシマキ様が私へ手を差し出してきたことだ。
「シ、シマキ様?」
「わたくしと踊っていただけませんか?」
その言葉は、クラスメイトたちを大いに驚かせる。ざわめきだした教室に、担任が困惑気味な表情を浮かべる。
「ええっと、シマキさん? 男女でペアを組んで欲しいのだけど」
「ダリアは、病み上がりです。きっと、上手く踊ることはできないでしょう。ですから、ダリアをよく知るわたくしが、リードしたいのです‥‥‥駄目、でしょうか?」
悲しそうな顔をしたシマキ様を見て、担任は堪らず「まぁ、いいでしょう」と承諾した。
「ありがとうございます。さぁ、ダリア、わたくしと踊りましょう。わたくし、男性パートも踊れるから、安心して身を任せてちょうだいね」
「お、お願いします」
私は、シマキ様から差し出された手をそっと取った。
すると、シマキ様は嬉しそうな顔をして、私をぐいっと引っ張って腰を抱いた。意外にも力強い手に、思わず顔を赤らめてしまう。
「あ、あの、近くないですか?」
「うん? ダンスはこれくらいが普通よ」
曲が流れ始める。
周りが踊りだしても、私の体は動かなかったが、シマキ様が動きだして私も着いていく。
「後ろに下がって‥‥‥次、右へ」
シマキ様は耳元で、優しく次の動作を教えてくれる。それに合わせて、動けば不思議と踊れていた。
「そう、そうよ。上手」
「シマキ様のおかげです」
「ふふっ、男性パートも踊れるようにしておいてよかったわ。とっても楽しい」
初めてのダンスは、シマキ様のおかげで楽しい思い出にできた。
シマキ様は何でも出来ますが、その中でもダンスは得意な方です。刺繍は苦手でしたが、ダリアのために練習して上達しました。