あたしはスペア 後編 (イビー視点)
昨日の続きです。
十五歳になり、良くない噂が絶えないあたしたちにも、学園の入学許可がおりた。学園入学後、姉様が目をつけたのは、公爵令嬢のシマキ様にすっごく可愛がられているダリアという平民だった。
シマキ様に強い憧れを抱いている姉様は、兎に角ダリアのことが気に食わない。でも、ダリアが平民だからと言って、シマキ様のお気に入りに手を出したら、後で何を言われるかわからない。そう思った姉様は、同じくシマキ様に憧れているリムさんを焚き付けて、嫌がらせをさせたんだぁ。
今している所業がバレても、「リムさんから脅されて、仕方なく手を貸していた」と言うつもりなんだろう。
『公爵家にいた頃から嫌がらせを受けていたが、ペールン公爵は何も口出しされなかった。だから、メイドに嫌がらせをしたところで公爵は動かない』という学園に密かに流れていた噂も手伝って、思惑通りにリムさんは動いてくれた。その代わり、あたしたちもリムさんの指示には従った。
まぁ、姉様が面白そうって思った時だけだけど。
選択授業で美術を選んだのだって、リムさんの指示だ。シマキ様とダリアが離れる絶好のチャンスだから、徹底的に痛めつけなさいってなことを言われたっけ。
初回の授業から、ダリアは姉様に散々酷い事をされていた。可哀想って思いながらも、あたしは姉様を止めることはしなかった。だって、あたしはスペアで、姉様のやりたい事を叶える事でやっと存在を許されているから。
そんなある日、姉様が学園に入学してから初めて体調を崩した。スペアとしてあたしは、泣きぼくろを書いて、以前のようにアビーとして生活したんだ。
この姿で、他人にバレたことは一度もなかったから、今回も自信があった。
でも、真逆、気が付かれるなんて思ってもみなかった。
「す、すみません、すみません、イビー様!」
ダリアから出た言葉を、最初は理解できなかった。だから、トイレに連れ出して事情を聞かなきゃって思った。
こんなことを言いふらされたら、母様に死ぬほど打たれるから口止めしなきゃって思いと、どうしてあたしだって、気が付いてくれたんだろうっていう嬉しい気持ちが半々だったの。
だって、みんなが見分けられない双子を唯一見分けることができる女の子だなんて、まるでロマンス小説の設定みたい。
期待するよ、そりゃあ。
でも、只の間違いだって聞いてガッカリ。嗚呼、やっぱりあたしのことを見抜いてくれる人なんていないかって、その日は口止めだけしておいた。
だけど、その日を境に、あたしたちはよく話すようになった。
ダリアは不思議な子だ。
シマキ様の隣にいるときは、嬉しそうに笑ったり、拗ねたりしていて感情なんて丸わかりなのに、あたしたちに痛めつけられているときは、全くの無表情だった。感情を押し殺しているのか、無意識なのか、よくわからないが、その無反応さが余計に姉様やリムさんをいらつかせていることだけは確かだった。
そんなダリアは、何をされても抵抗することなく、あたしたちによる暴行を甘んじて受け入れる子だった。
自分が悪いわけでもないのに、すみません、すみませんって謝っていて、なんかその姿がすっごく痛々しいってずっと思ってた。
自分勝手だけど、出来れば、抵抗して欲しかったの。だって、その方がずっと人間味があるから。抵抗しないあの子は人形みたいで、なんか嫌だった。
だから、あたしは聞いたの。
どうして、抵抗しないのって?
そしたら、あの子、人形みたいな顔して言った。
「貴族に逆らうべきではないと、そう教えられました。それが、シマキ様の側にいる方法だとも」
それを聞いて、なぁんだ、あたしと同じじゃんって思った。自分を押し殺さないと存在できない環境で育った。
そんな感じで、共通点見つけたら、ダリアのことも嫌だなってあんま感じなくなった。
でも、理解できないこともあったよ。だって、この子は皆んなの憧れの的であるシマキ様の、お気に入りだ。
シマキ様を好きな人たちにとっては、ダリアの存在は邪魔だったんだろう。
今までだって、いろんな人から嫌がらせを受けて育ってきたと思う。そんなの誰だって予想できた。幾ら恩人であるシマキ様のためとはいえ、どうしてそんな言葉一つで、耐えてこれたんだろう。孤児になったのは、ダリアのせいじゃないのにぃ、どうして逃げ出さずにいれたんか、あたしには到底理解できなかった。
その事を直接、本人に聞いたら、笑ったような泣いているような微妙な顔をされて、その後で申し訳なさそうな顔したの。
「‥‥‥お姉様が病弱なのも、貴方のせいじゃないと思いますよ」
それで、こんなこと言うもんだから、今度はあたしが反応に困った。
お前のせいだって言われることはあっても、貴方のせいじゃないなんて言われることは一度もなかったから。
正直言うとね、なんか嬉しかったんだよね、あたし。
こんな言葉一つで、ダリアっていい奴なのかもぉ、なんて思うんだから、あたしって相当チョロいね。でも、その日からあたしとダリアの関係はグッと縮まったんだよねぇ。
話してるうちにわかったんだけど、ダリアは本来何でも正直に言うタイプなんだと思う。それをよくわからない教えで、無理矢理押し殺しているだけだったみたい。
そんな一面があったなんて、そっちの方が人間味があって可愛いじゃん、なんて思うようにもなった。ロマンス小説の話だって、馬鹿にしないで聞いてくれた。こんな風に普通の友達みたいに話し合えたのは、初めてのことだったから馬鹿みたいにはしゃいでた。
そんな時、姉様の体調が良くなった。喜ぶべきことなのに、あたしは素直に喜べなかった。
だって、それはダリアとの時間が終わる事を意味してたから。
予定より長い時間、学園を休むことになった姉様は最近で一番ってくらい機嫌が悪かった。あたしはそんな姉様が、ダリアに何をするのか怖くて怖くてたまらなかった。
予想通り、姉様はダリアに毒を盛ろうととんでもない事を言い始めた。あたしは、あの日以来初めて、姉様に嫌だと反抗した。でも、そんなあたしを姉様が見逃してくれるはずないんだよねぇ。
「ふぅん、もしかしてぇ、あたしがいない間に、彼奴と仲良くでもなったのぉ?」
可愛らしい声で責めるような言い方をする姉様に、あたしは体を震わせてしまった。
「そっかぁ、そうなんだぁ、あたしが体調悪くて苦しんでる間にぃ、イビーはあたしがいない生活を楽しんでたんだぁ。そっか、そっかぁ」
怖くて顔を上げられなかった。
「あたしの寿命を奪ったくせにぃ、拒否権なんてあると思ったたんだぁ?」
そう言われてしまえば、あたしは断れないんだ。結局、あたしは姉様に協力して靴に針を仕込んで、替えの靴を用意した。弱い毒だから死にはしないと、そう心に言い聞かせて。
あたしは友達が出来ても、姉様に逆らえないんだって今回のことで良くわかった。
あの子が、ダリアが、倒れて机の角に頭をぶつけて、それこそ死んだみたいな音を出した時だって、あたしは姉様に大丈夫だと言われたらその場を離れて助けを呼ぶことすらしなかった。
後日、生きているって知って、自分勝手にもすごく安心した。よかった、生きてて。
心底そう思った、その気持ちに嘘はない。
でも、あたしは姉様に命じられたら、きっとまたダリアを傷つけてしまう。
悪いと思いながらも、あたしはあんたを助ける勇気がないから。
だから、せめてもの償いとして、ロマンス小説を置いてきた。読めるくらいに元気になって欲しいって気持ちを込めて。
本当、自分でも驚くぐらい身勝手だねぇ。
あたしのことを、あたしたちのことを、許して欲しいだなんてそんなことは願わない。
でも、あんたのことを友達って、心の中で呼ぶことだけは許して欲しいって身勝手だけど思ってる。
あんたは、あたしにとって、初めての友達だから。
イビー視点の話でした。




