気が付かないと思って?
昨日の続きです。
「舐められたものね」
シマキ様は、ため息をついて酷く不機嫌な表情をした。ここまで露骨に機嫌が悪くなるのは、初めてかもしれない。
部屋の温度が数度低くなったと錯覚するほどの威圧感に、私は思わず布団を握りしめる。
「わたくしが気が付かないと思って? 貴方とお風呂に入っているのに?」
「シマキ、様?」
「まだわからない? 足のことよ。本気で気がついてないと思っていたの?」
そう言われてピクっと、足を動かしてしまう。正直にいえば、上手く隠せていると思っていた。お風呂に入る時だって、足だから見えないだろう。そんな風に自分の都合のいいように解釈していた。
「足の痣、日に日に酷くなっていったわよね。青紫色になっていて、とっても痛そうだった。あれは‥‥‥そうねぇ、踏みつけられでもしたのかしら?」
「──ッ!」
「あら、図星? ふふっ、貴方って本当にわかりやすいわ。面白いから、もっと驚かせてあげたくなる」
面白いなんて言っているが、そんな風に思っている顔とは到底思えなかった。
「そうねぇ、貴方が気を失っている時、足を見させてもらったけど、今日はいつもと違って少量だけど血が出た跡があったわね。あれは、きっと針でも刺されたのかしら‥‥‥ねぇ、警備隊が教訓にしている言葉を知っている?」
どうして、急に警備隊の話になったのだろうか。体を震わせながら、私は首を訳もわからず横に振る。
「い、いえ。知らない、です」
「普段と違うことを一番に疑え、よ。貴方の普段と違うところは、足から血が出ているということね。ねぇ、こう考えれば辻褄が合うと思わない? 貴方は足に針を刺された。そして、その針先には毒が塗られていた」
「そ、それは‥‥‥」
「そうなってくると、ひとつ疑問なのは何故足に刺したかということ。刺しやすさでいえば、腕とか首の裏とか、そういう場所でも良かったはずだわ。でも、犯人はそうはしなかった。ダリア、何故だと思う?」
これにも、また首を振る。
「わ、わかりません」
「ふふっ‥‥‥警戒心を持たせないためよ。貴方は護衛として訓練を受けている。そんな人に、いつもと違う行動を取れば真っ先に避けられてしまうのは誰にでもわかることよ。だから、犯人は考えたのでしょうね。常に足を踏みつけている状態にしたら、針の付いた靴で踏みつけても避けられないって。つまり、毒を盛った犯人は、貴方の足を常に踏んでいた人」
そこでシマキ様は、顎に手を当てると笑みをより一層深めた。だが、その目は酷く冷たい。
ゲームの時のような目‥‥‥その目は、嫌いだ。
「ねぇ、ダリア。少し考えてみましょうか」
「か、考えるって何を?」
「勿論、犯人のことよ。そうねぇ、貴方に敵意を向けている人のことを考えてみましょう。ダリア、貴方はどう思う? 自分に敵意を向けている人、誰か心当たりがある?」
「‥‥‥い、いえ」
「そう、ならいいわ。わたくしが考えてあげる。まずクラスの人たち。大半の人は、貴方のことを気に入らないと思いながらも、何もしてこない傍観者と言ったところね。だって、公爵令嬢であるわたくしのお気に入りだもの。手出ししようだなんて、よっぽどの馬鹿か、よっぽどの命知らずしかいないわ‥‥‥あらぁ、そういえばクラスにそういう貴族がいたわね。誰だったかしら?」
「‥‥‥」
「リムよ。リム・エルンマット」
じっと、シマキ様に見つめられて、私も何となく見つめ返す。
「ふふっ‥‥‥やっぱり、違うわ。よく考えたら、リムにはそんな度胸ないわね。あの子は精々物を壊す程度かしら。なら、そうねぇ、アビーとかどうかしら? あの子なら、ダリアを殺すことくらいしそうだわ。とっても刺激的な御令嬢だから」
「え、えっと‥‥‥あの、」
「あら、いま目を逸らしたわね‥‥‥アビーなのかしら、犯人は」
「えっと、アビー様は、」
私の言葉を無視して、シマキ様は話し続ける。
「わたくしに見つからないように貴方に毒を盛る機会は‥‥‥美術の授業、かしらね? まぁ、また目を逸らした!」
「あっ! 違っ、」
「そう、貴方をこんな風にしたのは、アビーなのね。わかったわ」
すると、シマキ様は椅子から立ち上がって、寝ているままの私の片足を持ち上げた。そして、足首から膝にかけて撫でるように触れてくる。
「可哀想に、こんな風になってしまって。足が使えなくなったら、何処にもいけなくなってしまうのにね」
シマキ様は、何処か懐かしそうに私の足を撫でた。
その瞬間、私の頭の中にフラッシュバックしたみたいに覚えのない記憶が入ってきた。
それは、シマキ様が私の足をいまと同じように持っている映像だ。
『足が使えなくなったら、何処にもいけなくなってしまうのにね』
その言葉の後にシマキ様は、懐からナイフを取り出す。映像の中の私が何かを察して暴れ出した。嫌だ嫌だと何度も言って抵抗している。
だが、シマキ様は止めてくれなかった。結局力で押さえ込まれて、私の足の腱はあっさりと切られてしまった。
と、ここまで見て疑問に思う。
いまの記憶は何だ? 前世のゲームの記憶とぐちゃぐちゃになってしまったのだろうか?
無性に不安な気持ちになった。
「あ、あの、アビー様のこと、どうするつもり、ですか?」
「そうね、どうしようかしらね。とりあえず、この件はわたくしが預かるわ。貴方は、体調を良くすることだけを考えていればいい」
そう言うと、シマキ様は私から離れて部屋から出て行こうと扉へ手をかける。
「‥‥‥本当はね、貴方に直接言って欲しかったのよ。だから足のこと、気が付いても黙っていたの‥‥‥ねぇ、ダリア、わたくしのことは頼りにならない?」
「い、いえ、そんなことありません! でも、今回のことは報告するほどのことではないと、そう思ったのです」
シマキ様は、ふっと鼻で笑った。
「その結果が、それ?」
「‥‥‥すみません」
確かにその通りだと思った。こんなことになって、結果的にシマキ様に迷惑をかける形となってしまった。
「謝ってほしいわけではないわ。わたくしは、貴方にもっと自分のことを考えてほしいのよ」
「私は、自分のことしか考えていませんよ?」
私がそう言うと、シマキ様は振り向いて苦笑いした。
「そうね、貴方はそういう人だったわね」
部屋から出ていくシマキ様の顔は、何故だか泣いているように見えた。
全部わかっていたシマキ様。
 




