素敵な赤毛
お風呂パート
シマキ様の入浴のお手伝いをするんだと、意気込んでいた私は、自分の想像と全く違う現状に呆然としていた。
何故かって、私の身体をシマキ様が手ずから洗ってくれているからだ。そこで、私は漸く貴族のお嬢様に身体を洗わせるなんて無礼なのでは? という思考にたどり着いた。
「あ、あの!」
「あら、力強すぎかしら。痛かった?」
「い、いえ、凄く心地いいですけど」
「よかった。わたくし、人をこんな風に洗うの初めてだから不安だったの」
そこで、会話が終わりシマキ様は、また私を洗うことに集中してしまった。
「そ、そうではなくてですね! 普通は逆ではありませんか。シマキ様のお手伝いを私の方がしなければいけないのに」
「そんなこと気にしていたの。なら、覚えておいて、わたくし、お風呂にはひとりで入りたいっていう我儘を通してもらっているの。十歳になってからはずっとひとりで入っているわ。だから、わたくしの手伝いをしようだなんて考えなくていいのよ」
「そうだったんですね。私、てっきりメイドの方たちと入っているもんだと思ってました」
「少し前までは、そうだったわ。でも、最近は煩わしくなってね。外で待機してもらうことにしたのよ。今日は、黙って入ったから誰もいないけど」
それは、とてもまずいのでは? 私は、シマキ様と一緒に入ったことがバレて、怒られる姿を想像し背筋が震えた。そんな私の気持ちを察したのか、シマキ様は「ラールックには内緒よ」と悪戯っぽく笑った。
「いちいち人に世話させるなんて、煩わしいと思っていたけど、貴方とならこうやって一緒に入るのも悪くないわね」
そこで、丁度身体を洗い終えたらしいシマキ様が、ゆっくりとお湯をかけてくれた。色々なことが一気にあって疲弊した身体を暖かなお湯が包み込む。一気に眠気が襲ってきて、そういえばもう朝方だというのに一睡もしていないことを思い出す。
「ふふっ、眠かったら目をつぶっていていいわよ。明日、というか今日は、一日は休めるようにお父様に頼んでおくから」
シマキ様の慈しむような声で現実に戻る。
「あっ、私、すみません。でも、ペールン公爵には今日から働くようにと言われていますから」
「お父様も意地悪よね。今日くらい休ませないと、逆に効率が悪いわ。ダリア、休暇は自分の力を発揮するために必要なものなのよ。今日は、わたくしの言う通り休んでおきなさい」
「で、ですが、此処で雇ってもらえるだけでもありがたいのに、初日から休むなんてできません」
私の意見にシマキ様は、今日一番の嬉しそうな顔を見せた。
「そうだったわね。貴方は意外に頑固だった。なら、今日一日はわたくしの抱き枕になってくれない? これは命令よ」
シマキ様は、優しい方だ。そんな言われ方をしたら、私は命令に従う他ないのに。それで、無理矢理、私を休ませてくれようとするなんて。
「‥‥‥わかりました。シマキ様、ありがとうございます」
ここまで言ってくれているのに、拒み続けるのは逆に失礼だ。
「勘違いしているわね。貴方の今日の仕事は、わたくしの抱き枕なのだから、休みでは無いのよ」
「ふふっ」
シマキ様の悪戯っ子のような声色に、思わず笑ってしまう。そこで、顔に温もりを感じた。シマキ様の手だ。
シマキ様は、火傷の部分を優しく撫でつけると、悲しそうな顔をした。少し痛くて「んっ」と声を出すこと「ごめんなさい」と謝ってきた。
「この火傷、お風呂に入る前に医者を呼ぶべきだったわね。ごめんなさい。後で呼んでおくわね」
「何から何まで、ありがとうございます」
「腕の方にも火傷痕があるけど、顔の方が重症そうね。もしかしたら、消えないかもしれないわ」
シマキ様は、自分のことのように悔しそうな顔をした。そんな彼女の表情を見たくなくて、私はいつもより少しだけ声を張る。
「いいんです! 消えなくても、貴族のお嬢様ではありませんし、傷がなくてもあっても私を必要とする人はいないだろうし、生きてることに感謝し、」
ないと、と言おうとした口を手で塞がれた。
「静かに、自分を卑下しないと約束したばかりでしょう」
「あっ、」
「傷のことは、後々考えましょう。今は、髪を洗うことに集中しないとね。貴方の髪、灰がついて黒くなってる。素敵な赤毛なのに」
あまりにも、私の髪を大事そうに洗うから、本当に自分が価値のある人間になったように思えてしまう。こんな経験は、初めてで火事で家族を失ったと言うのに、心穏やかな気分だった。
この後、シマキ様が呼んでくれた医者に診察してもらったが、火傷跡は一生治らないかもしれないと判断された。
シマキ様は悲しそうな顔をしていたが、私は生きてさえいれればいいと思った。
お風呂って入るまでがめんど臭いけど、入ると気持ちいいですよね。