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趣味

昨日の続きです。

シマキ様と分かれて美術室へ着くと、イビー様がいつもの嫌味ったらしい笑顔で隣の席をとんとんと叩いていた。それは、この一ヶ月ですっかり見慣れた光景だ。

私は、嫌そうなふりをしてイビー様に近づく。

席に座れば、まるでアビー様が言うような嫌味をイビー様が教室のみんなに聞こえるような声で言い放った。


「ダリアちゃーん、今日も来れたんだねぇー。ほんとに、平民ってぇ、吃驚するくらい図太いねぇ」

「すみません」

「謝るんだったらぁ、直せばいいのにぃ」


前に座っている生徒たちは、また始まったとばかりに知らんふりをしている。だが、私たち二人はそんな生徒を見て、ほっとしたように肩の力を抜いた。

あれから、私はイビー様に協力して、同意の元嫌がらせを受けている。といっても、アビー様に比べれば全然マシだ。

毎回、始まる前のこの嫌味(パフォーマンス)と、足を踏まれる程度のことをするだけだ。足だって、アビー様のようにグリグリと踏み潰すような力の掛け方はせず、そっと乗せる程度のことなので全然痛くなかった。


授業が始まれば、私たち二人が割と仲良く話していることなんて、前にいて絵に集中している人たちは知らないだろう。


鐘が鳴り先生が入ってくると、教室がしんと静まった。


「今日から、文化祭の展示に向けての絵を制作していただきます。特に課題はありませんから、好きな物を描いてもらって構いません。文化祭は夏休み明けすぐの開催です。展示の絵は夏休み前には出してもらいますから、後一月ほどしかありませんからね。集中して取り組むように」


そう言われて、教室が僅かに盛り上がった。皆んな、絵が好きな生徒たちだ。好きな物を描いていいと言われて嬉しいのだろう。

文化祭、確かゲームでは展示や舞台、それから屋台と、日本の高校と変わらないようなイベントだったはずだ。当時、あまり貴族感がないなぁなんて考えていたが、いざ自分も参加できるとなると少し楽しみだ。

我先にと取り組み出した生徒たちを見つめながら、みんなに聴こえないような声でイビー様に話しかける。


「イビー様は、何を描かれるんですか?」

「うーん、急に言われても思い浮かばない。そういう、あんたは?」

「えっ、私ですか!?」

「聞いてきたんだからぁ、何か候補があんじゃないの?」


そう言われて考える。前世では、このゲームのキャラをよく描いていたが、現世でそんな物を描いたら間違いなく誤解される。

自分で聞いておいて、何も考えていない。

うーん、と悩んでいるとイビー様は頬杖をついて少し笑った。


「なぁんだ、自分で聞いといてぇ、決まってないんだぁ」

「急に言われると難しくて」

「‥‥‥あたしはね、本当はロマンス小説の登場人物が描きたいなぁ。でも、そんなの描いたら、お母様から叱られちゃうから、やめとくけど‥‥‥無難に風景画でも描こうかなぁ」

「ロマンス小説、ですか」

「やっぱ、あんたも、低俗な趣味って笑う?」


少し悲しそうな顔をしたイビー様を見て、慌てて首を振る。


「い、いえ。そうではなくて、私、ロマンス小説というものを読んだことがないので、よくわからないんです」


恋愛を題材にした小説ということは理解しているが、この世界に来てから読んだことがないので、少し興味が湧いただけだ。前世で乙女ゲームをプレイしていた私は、恋愛ものが結構好きだったりする。

だが、シマキ様はそういった物を読んでいなかったため、私も必然的に読んだことがなかっただけだ。


「えっ! マジで! あんた、読んだことないの!」


イビー様は、驚きすぎて大きな声を出してしまう。


「アビー! 静かに描きなさい!」

「はぁーい」


先生に怒られて、今度は小さい声で話す。


「マジで読んだことないの?」

「は、はい。それって、珍しいことなんでしょうか?」

「‥‥‥あー、いや、よく考えたら、シマキ様がロマンス小説なんて読まないかぁ。貴族の中では、あまり良い趣味とはされてないもんね。そしたら、あんたが読む機会も無いか」


ロマンス小説は、この世界では低俗な趣味とされていて、貴族が読んでいると馬鹿にされるような物だった。でも、私は人に迷惑をかけなければ、どんな趣味だって良いと思っている。だが、どんな趣味にでも難癖をつけてくる人はいるものだ。

それは、前世でも現世でも変わらない。


「そんなに面白い物なんですか?」


純粋な疑問で聞くと、イビー様は興奮したように顔を近づけてきた。その拍子に、足を強く踏まれて思わず顔を歪めた。


「痛っ!」

「あっ、ごめん」

「いえ、大丈夫です。でも、イビー様がそんなに興奮するなんて珍しいですね」

「‥‥‥まぁね。大好きだから‥‥‥あたしさ、小説を読んでいる時だけは、自由になった気がすんだよねぇ。そんなわけないって思っても、いつか王子様が迎えに来てあたしを連れ出してくれる、なんて小さい子みたいな夢見てんの。馬鹿だよね、もうそんな歳でも無いのにさぁ」

「夢を見るのは自由ですよ‥‥‥歳は関係ないです」

「偶には、良いこと言うじゃん」


照れ臭そうに笑うイビー様を見て、ふと思った。


「‥‥‥私も、読んでみようかな」


独り言のように発した言葉に、イビー様は驚いたように反応する。


「今度、図書館に行ってみます」

「嗚呼、ダメダメ。この学園の図書館には、ロマンス小説置いてないから」

「そ、そうなんですか。なら、買うしかないでしょうか」

「うーん、それでも良いけどぉ‥‥‥あたしが貸してあげるよ」

「えっ!? 良いですよ、御迷惑でしょうし」

「迷惑なら言わないから。それに、ロマンス小説が、あんたの趣味には合わないかもしんないでしょう。そしたら、お金の無駄じゃない。あんたは平民なんだから、お金は大切に使うべきなんじゃないの」


余りにも正論を言われて、苦笑いする。私の賃金は、そんなに高い方ではないので、正直に言えば貸してくれるなら有難い。


「‥‥‥お言葉に甘えます」

「最初からそう言えばよかったのにぃー。なら、あたしセレクトのやつを四、五冊持ってくんね」

「あ、ありがとうございます。楽しみです」

「あー、でも、ごめん。暫くは無理かもぉ‥‥‥明日から、姉様が復帰すんの」


それを聞いた途端、今までの楽しい気持ちが嘘のように散っていく。アビー様が復帰する、ということはもうイビー様とこうして話せなくなってしまうということを意味していた。


「‥‥‥そ、そうですか」

「そう、だから、こうして、あんたと簡単に話せなくなっちゃう。貸し方も考えないと‥‥‥でも、必ず貸すから、ちゃんと読んで感想聞かせんのよ」


私が気落ちしていることを察してか、イビー様はいつもと変わらない口調で語った。


「はい、楽しみにしていますね」

「期待して待ってなさい‥‥‥それより、姉様のことだけど、体調が思うように治らなくて‥‥‥可成り機嫌が悪いの」


アビー様は、当初二週間で復帰する予定だった。それが、伸びに伸びて、もう一ヶ月も学園に来れていなかったのだ。

機嫌が悪いということは、私に対しての当たりもこれまで以上に酷くなる可能性があるということだ。


「だから、その、あたしが言うのも変だけど、気をつけて‥‥‥あたしは、姉様に従うことしかできないから」


それは、イビー様なりの精一杯の警告なのだろう。その申し訳なさそうな顔に、にこりと安心させるように微笑んだ。


「大丈夫ですよ。私は、これでもそういったことには慣れているつもりですから」


申し訳なさそうな顔は、嫌そうな顔に変わった。

イビーは趣味を話すことを怖がっています。

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