美術の授業
昨日の続きです。
教室の机は、爵位順に並んでいる。私は平民だから、本来は一番後ろの席なのだが、シマキ様のご要望で隣の席に座らせてもらっている。
そのことを面白く思っていない生徒は多いが、シマキ様の手前文句を言う人はひとりもいなかった。
そんな一番前の席で、私はいま一枚の紙と向き合っている。
「どうかしたの?」
「あっ、いえ。その選択科目、何にしようかと思って。シマキ様は何にされましたか?」
紙には、先程担任から説明された、芸術の選択科目が四つ程書かれている。
「わたくしは、これにしたわよ」
そう言って、シマキ様は紙を見せてくれた。
既に書道のところにマルがついている。本当ならば、私もシマキ様と同じものを選択すべきなのだが、私は美術を選択したいと思ってしまっていた。
というのも、前世では絵を描くのが大好きだった。よくこのゲームのキャラクターを描いて遊んでいたっけ。それが、転生してからは一度も描いていないのだ。いままでは、いろいろ重なって、そんなことを考える暇もなかったが、こうして目の前に出されるとやりたくなってしまう。
私が首を捻っていると、シマキ様がクスクスと楽しそうに笑った。
「美術にしたら?」
「えっ!?」
「絵が好きなんでしょう?」
「そ、そんなこと‥‥‥」
「ずっーと、美術の欄を見ているように見えたけど、違ったかしら」
朗らかに笑うシマキ様を見て、嘘はつけないと悟った。
「でも、私はシマキ様の護衛ですから、側を離れるわけにはいきません」
「この学園は、警備面に関しては問題ないわよ。選択科目の時くらい離れても、大丈夫じゃないかしら」
「で、でも‥‥‥」
「それに、わたくしは貴方に好きなものを学んで欲しいのよ。今まで、そんな時間もなかったでしょう? 学園を卒業したら、そんな余裕なくなると思うから、いまのうちに楽しんでおいた方がいいわよ」
「‥‥‥シマキ様が、そう言ってくださるなら、甘えてしまっていいでしょうか」
「えぇ、構わないわよ。早くマルして出しにいきましょう」
私は、シマキ様に甘えて美術を選択することにした。マルをして、シマキ様と一緒に先生の元に出しに行こうと立ち上がった時、シマキ様の手が私にとんと当たり、その反動で持っていた紙を落としてしまう。
紙はヒラヒラと舞って誰かの足元にたどり着いた。
「あっ、すみません」
「いえ、大丈夫ですわよ」
そう言って、紙を拾ってくれたのは、驚いたことにリム様だった。思わず肩をビクッと震わせてしまう。
だが、リム様は昨日とは打って変わって、優しい笑顔で紙を手渡してくれた。私が受け取ると、シマキ様はぐいっと私の手を引いて前へ出てくる。
「リム、ありがとうね」
「いえいえ、大したことはしていませんわ。それにしても、昨日は言いそびれましたが、シマキ様と同じクラスなんて嬉しいですわ」
「わたくしもよ。これから、よろしくね。それじゃあ、わたくしたちは、この紙を提出してくるから」
「まぁ、もう決めましたの!? シマキ様は何になさいましたか?」
「書道よ」
シマキ様がにっこりと美しく微笑むと、リム様は頬を染めて興奮したように胸を手に当てた。
「なら、私も書道にしますわ!」
嬉しそうに席に戻っていったリム様を見て、私はシマキ様の耳元で周りに聞こえないようにそっと話した。
「良かったのですか?」
「何が?」
「えっと、リム様と同じになってしまいましたけど‥‥‥」
「リムは、大切な友達だもの。一緒なら嬉しいわ」
そう言われて、私にとってリム様は怖い存在でも、シマキ様にとっては親しい人物ということを思い出す。自分視点で物事を考えてしまっていた。
「そうですよね。すみません、変なこと言って」
「ふふっ、貴方って本当に面白いわね」
クスクスと笑ったシマキ様に釣られて、私も気まずさから苦笑いを返す。
こうして私たちは、先生に紙を提出して、選択科目の時だけは別々になることになった。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
あれから数日経って、選択科目の最初の授業の日がやってきた。
私はシマキ様を書道室へ送った後、美術室へ移動した。自由席らしいので、一番後ろの一番目立たなそうな位置に座る。
美術を選択した人は、少数らしく授業開始時間が迫っても十数人しか集まってなかった。
でも、それも仕方のないことなのだ。貴族子女は、これから書類仕事などで字を書く機会が増える。それだけなら、汚い字でも別に構わない。だが、他の家へ招待状を出したりする際に、汚い字では失礼とされているのだ。字を見れば、育ちがわかるなんて、貴族の間では言われているほどだ。そのため、殆どの人は書道を選択するのである。
他の科目を選択した人は、余程字に自信のある人か、余程他の科目を勉強したい人かのどっちかだ。
この世界観で書道?とは思うが、そういう設定のゲームだから仕方ない。
そんなことを考えているうちに、授業開始の鐘が鳴り先生が入ってきた。
よかった、美術には静かそうな人が多くて、私に絡んでくる人もいなさそうだ。
そう安心した私を嘲笑うかのように、遅れて入ってきた二人は意味深な笑みを浮かべて私の方を見てきた。
「アビーにイビー、遅刻ですよ」
「先生、ごめんなさぁーい。私たち、迷っちゃって」
「先生、今日だけは許してよー。入学したばっかりだからぁ、迷っても仕方ないでしょー」
「‥‥‥全く今日だけですよ。早く席に着きなさい」
「やったぁ! 先生、ありがとう」
「先生、大好き!」
そうして、キョロキョロと態とらしく教室を見回す。教室中の生徒達が、二人に目を合わせないように俯いた。勿論、私も。
すると突然アビーが、「あっ!」と声を出して、私の席の方へ近づいてきた。
「いい席、空いてんじゃーん」
「ここにしようよぉ」
そう言うと、私の席の両隣を双子が陣取った。
その瞬間、周りの生徒たちが安堵のため息を吐いた。みんなこの双子とは、関わりたくないのだろう。
「よろしくね、ダリアちゃん」
「いっーぱい遊ぼうね。ダリアちゃん」
双子の視線は、まるで獲物を前にした捕食者のようであった。
双子が来ちゃった。




