慣れているから大丈夫
すみません、今日少し遅くなりました。
ルイカと話していたら、帰るのが遅くなってしまった。なんせ話したのは十数年ぶりだったから、時間を忘れて話し込んでしまうのも仕方ない。
リム様のことは気がかりだが、ルイカと話せてよかった。
軽い足取りで寮の自室まで戻ると、シマキ様は既に部屋にいてウロチョロと不安そうに動き回っていた。だが、私を見るなり安心したような顔をして小走りで近寄ってくる。
「ダリア、何処へ行っていたの? 遅いから心配したのよ」
「すみません、知り合いに会って話し込んでいたんです」
「知り合い?」
シマキ様は、怪訝そうに首を傾げる。
「はい! 実はヒロインに会ったんです!」
「ヒロイン? それってゲームのヒロインのこと? 警戒していた割には、随分嬉しそうね」
「そのヒロイン、ルイカって言うんですけど、なんと転生者だったんです。しかも、前世での私の友達でした」
私が興奮しながら話すと、それとは反対にシマキ様は目をスッと細めた冷たい顔で微笑んだ。
その瞳には、温度が全くない。
シマキ様が偶に見せるこの表情は、ゲームの悪役令嬢であるシマキ様みたいで、本当に苦手だ。
「へぇ‥‥‥面白いこともあるものね」
「は、はい。本当に、すごい偶然ですよね」
「そうね、転生したという話だけでも信じ難いのに、更に転生先まで同じで、その世界で出会うなんて‥‥‥嘘みたいな話よね」
冷たい瞳で見つめられて、思わず目を逸らす。しかし、その頃にはシマキ様の様子は、いつも通りに戻っていた。
ほっと胸を撫で下ろす。
「あ、あの」
「うん?」
「ルイカが、コートラリ様ルートに入らないことを約束してくれました。だから、もうシマキ様が死んでしまう心配は無いと思います」
「そう、それは嬉しいわ。でも、これからも警戒は続けていきましょう。そのお友達が、本当にコートラリ様ルートに入らないかは誰にもわからないから」
「‥‥‥ルイカは、嘘をつくような子じゃありませんよ?」
「貴方の友達を疑っているわけではないのよ。でも、貴方の友達だからって理由だけで、無条件に信じることは出来ないわ。ごめんなさい」
「あっ、いえ‥‥‥そうですよね。私の方こそ、すみません。私、友人に会えたのが嬉しくて、シマキ様の気持ちを考えていませんでした」
「謝る必要なんてないわ。貴方が大切な友人に会えたことは、わたくしにとっても嬉しいことよ」
シマキ様の気を遣ったような発言に、私は更に申し訳なく思ってしまう。よく考えてみたら、私の友達だからといって一度も会ったことのない人を信用しろというのは、無理な話だ。
私の気持ちを察したのか、シマキ様が明るい声で「そういえば」とあからさまに話を変えた。
「生徒会のことだけど、明日から正式にメンバーとして迎えられることになったわ。それに伴って、週に何回か活動があるみたいなの。その日は、コートラリ様が教室まで迎えに来てくれるから、ダリアは先に帰っていていいからね」
「‥‥‥わかりました」
リム様の言葉を思い出して、憂鬱な気持ちになる。生徒会の日は、ほぼ確実にリム様たちに絡まれるに違いない。
「本当は、なるべく貴方と一緒にいたいのだけど‥‥‥」
「なら、どうして承諾したんですか」
リム様のことがあるからか、責めるような言い方になってしまった。シマキ様は、それを察しているのか困ったように眉を下げた。
「出来るだけゲームと違う展開にした方が良いと思ったのよ。そうすれば、ヒロインがコートラリ様ルートに入ったとしても、ゲームと違う結末になるかもしれないでしょう」
シマキ様の正しい考えに、自分の不満が酷くちっぽけに思えた。そこで「あれ?」と首を傾げる。
「シマキ様が、ゲームでは生徒会に入らないって、私言いましたか?」
「あら、転生していることを教えてくれた時に、言っていたわよ」
「そう、でしたか?」
「わたくし、記憶力は良い方なのよ‥‥‥そんなことより、わたくしがいない間、リムに何かされなかった? 生徒会に入るにしても、それだけが心配だわ」
「‥‥‥えぇ、なにも、されていませんよ。だから、心配しないでください」
「本当に?」
シマキ様に疑うような目で覗き込まれる。
本当は、正直に話すべきなのだろうけど、心配かけるわけにもいかないし、何よりゲームのシナリオに抗っているシマキ様の邪魔をしたくはなかった。
「本当に大丈夫です」
「そう、なら良いのだけど‥‥‥リムと仲良さそうにしていた、アビーとイビー、あの二人は厄介だから心配でね」
「あの双子が、ですか?」
「えぇ、中々狡猾でね。母親が元舞台女優だからか、嘘も演技も上手くて人を陥れることに長けているのよ。出来れば、目をつけられないようにした方がいいわ」
「わ、わかりました」
双子の厄介さを知り、既に目をつけられている私は、これからのことを思うと恐ろしく感じた。それでも、表情には出さなかった。
少しでも、顔に出せば賢明なシマキ様に気付かれてしまう。
「‥‥‥まぁ、リム達に何かされたら、わたくしに言いなさい。何とかするわ。良い? 絶対にわたくしに言うのよ。約束だからね」
「そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ」
「心配するわよ。貴方は、大事なことほど話してくれないのだもの」
不機嫌そうに眉を顰めるシマキ様は、きっとラールックさんの言葉を鵜呑みにして、リム様に失礼をしてしまった、あの時のお茶会のことを思い出しているのだろう。でも、あの時と違って今度は私ひとりでどうにか出来ると思う。
だって、私が耐えれば良いだけの話だから。
シマキ様、私はこれでも嫌がらせには慣れているんですよ。
ダリアは、相談したくない。
 




