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ルイカ・ホワイルン

ヒロインの登場回です!

「貴方、なんか大変なことになってたから、思わず助けちゃった。先生なんていないから、さっきの子たちに嘘がバレる前に早く帰った方がいいよ」


ヒロインは何かを言ってくれているが、私には言葉を返す余裕がなかった。

頭が痛い、カチ割れそうだ。


辛さの代わりに、ヒロインである少女の情報を思い出してきた。

『ルイカ・ホワイルン』

このゲームのヒロインであり、男爵令嬢だ。

彼女は物心ついた時から、生きる意味を見出せずにいた。だからといって、死ぬこともできずに何となく生きているのが彼女だった。

そんな彼女の前に現れたのが、神様だ。

神様は、生を諦めているヒロインに、ひとつの使命を与えた。「悪魔による魅了の影響を受けている者の目を醒まさせろ」、それが神が与えた使命だった。

悪魔の魅了を解く方法はひとつだけ。

神の加護を受けた者に、好意を抱かせること。そうすれば、神の加護が相手に影響を与えて、悪魔の魅了から解放される。

神の説明を聞いて、ヒロインは歓喜した。自分に生きる意味ができたからだ。

こうしてヒロインであるルイカ様は、神の加護をその身に受けたのだ。

ヒロインは、その使命を達成するために、意図的に攻略対象者に近づくことを決意する、というのがゲーム冒頭のプロローグで語られていた。因みに、ヒロインの前に神が現れたのは、入学の一週間前。入学後に、神から学園において特に魅了の影響を受けている攻略対象者三人の対処を夢の中で命じられたのだ。

つまり、ルイカ様が神からの指示で動くのはこれが初めてということになる。


と、そこまで考えたところで私は目の前が真っ白になり、よろけてしまう。

次に来る衝撃を覚悟したが、痛みはいつまで経っても襲ってこない。

目を開けると、すぐ近くにルイカ様の心配そうな顔があった。そこで漸く、体を支えられていることに気がつく。


「大丈夫? 顔色悪いよ」

「あ、ありがとうございます」


お礼を言った私を、ルイカ様は困惑した顔で見つめていた。その顔を見て、唐突にとても大切なことを思い出した。

そうだ、彼女には神の加護によって得た能力があるのだ。

シマキ様の悪魔の力に対抗できる能力。

ひとつは、攻略対象者の好感度が可視できること。

そしてもうひとつは‥‥‥


──触れた者のトラウマを断片的に、覗くことができる力。


私は、慌てて彼女から距離を取る。

そして、荷物を持って逃げるように教室から出ようとしたその時、右手を強く掴まれる。


「待って! 麻葵(あさぎ)ッ!」

「えっ‥‥‥」


聞き覚えのありすぎる名前に、私は動きを止める。

麻葵、それは前世の私の名前だ。一瞬、記憶を見られたのかと思ったが、ゲームでルイカ様が覗ける記憶には確か音声はなかった。写真のような静止画が、断片的に見えるだけのはずだ。

私は放心状態のまま、振り返る。そこには、先程とは打って変わって無表情のルイカ様が立っていた。その顔を見て、ひとりの人物を思い浮かべる。


「久しぶり、麻葵。あっ、ここでは、違う名前か」

「う、うん。ダリア」

「そっか。良い名前。私はルイカ。でも、前は夜宵(やよい)って名前」

「‥‥‥嘘、嘘でしょう。本当に、本当に夜宵なの?」

「貴方の前世は、宮川麻葵。孤児院育ち。大学進学後、寮の隣に住んでいた私とよく『花嫁候補は突然に』という乙女ゲームで遊んでいた。だけどストーカー男に、刺し殺されて十九で死んだ。こう言えば、信じてくれる?」

「うん、うん‥‥‥信じる。会いたかった!」


私は、ルイカに、いや夜宵に抱きついた。


「私も、わりと会いたかった」


夜宵は、それに応えるように抱きしめ返してくれた。


夜宵、彼女は前世の同じ孤児院で出会い、同じ大学に進学して、寮の隣に住んでいた幼馴染だ。一緒によく、この世界の元となった乙女ゲームをプレイしていた。

バイトと勉強で忙しくしていて、碌に友達もできなかった私の唯一の話し相手で、支えだった存在だ。


「夜宵、此処にいるということは、貴方も、死んでしまったの?」

「‥‥‥それを答える前に、まず、私のことはルイカと呼んで欲しい。他の人に聞かれたら、不審に思われる。私も、貴方はダリアと呼ぶから」

「あっ、ごめんね」

「別に怒っては無い‥‥‥」


ひたすらに無表情で、そっけない口調、それでいて困ったように目線を下げる姿は、初対面の人ならば、まず不機嫌と判断するだろう。

でも、夜宵‥‥‥いや、ルイカは誤解されやすいだけで多々なことでは怒ったりしない、穏やかな性格だった。


「私は、多分事故で死んだんだと思う。でも、あまり記憶がない」

「‥‥‥そう」

「大丈夫、なの? さっきの子たち、貴方のこと随分責めてた、けど」

「嗚呼‥‥‥うん。私のせいだから。仕方ないんだ」

「嘘っ! シマキ様の側にいるから、妬まれているだけ」

「それもあるけど、リム様に関しては、私のせいでもあるから‥‥‥心配してくれて、ありがとう」

「‥‥‥リム様って人に、これからも遊んで、みたいなこと言われていたの聞いた。この先、今日みたいな暴言だけじゃなくて、身体的な危害を加えてくる可能性も、ある。危ない。シマキ様に報告、すべき」


平坦ながらも強い口調に、ルイカがここまで考えていてくれたんだと少し嬉しくなった。


「ありがとう。でも、シマキ様に迷惑かけられないし、リム様に言いつけたことがバレたら後が怖いから」


それに守られる存在にはなりたくなかった。


「‥‥‥ダリア、私は多分、貴方を助けてあげることは、できない。隣のクラスだし、それに、そうじゃなかったとしても、無理。貴方を助けたことによって、自分が被害に遭うのは、嫌。ごめん」

「そんなこと言って、いまは助けてくれたじゃん」


私が言うと、ルイカは気まずそうに髪を耳にかけた。


「貴方というキャラクターに、興味があっただけ。入学式の時、悪役令嬢であるシマキ様を見て、驚いた。ゲームには出てこなかった、顔の半分を隠している不思議な少女を隣に連れて歩いていたから。それで、もしかしてダリアは転生者かもしれないって、予想をつけたの。転生者なら、ゲームの知識を利用して、シマキ様を籠絡させたってことで、辻褄が合う。

その力で、私の計画、邪魔されないように、貴方を危険と判断したら、即刻排除しようと思ってた」

「相変わらず、物騒なんだから」


目的のためなら、強引な手段も使う。前世の頃から変わっていないルイカの性格だ。さっきまでの元気な態度は、きっと攻略対象者に好意を持ってもらいやすいように原作のヒロインを真似して作ったキャラだろう。


「‥‥‥今日、接触したのは貴方が、転生者か判断するため。触れれば、トラウマが見える。転生者なら、高い確率で、死んだ時のことをトラウマとして捉えていると、そう思ったから」


ルイカの説明はよくわかった。でも、ひとつだけ分からないことが出てきた‥‥‥


「計画?」

「そう、ゲームのこと、覚えているなら、わかるでしょう? 私の家は、貴族だけど、経済的な余裕がない。だから、私は、攻略対象者のうちの誰かと婚姻して、玉の輿に乗ろうと、そう思っている。神の加護も、そのために受け入れた」

「嗚呼、なるほどね。合理的なルイカらしい判断だと思う」


他人のトラウマが覗けるというのは、乙女ゲームでは重要な能力だ。トラウマ克服のきっかけをヒロインが作れば、それだけで攻略対象者は好意を抱く確率が高くなる。


「‥‥‥もう、お金に困る生活なんて、懲り懲り」

「‥‥‥そうだね。私も、お金に困る生活は嫌い」


前世の孤児院、とても良くしてくれたけど、決して裕福とは言えなかった。そんな中でも、乙女ゲームで遊べたのは、孤児院の職員がプレゼントしてくれたからだ。

職員の娘さんが、もう遊ばないからと孤児院に寄付してくれたそれは、私と夜宵の大学入学祝いとなった。私たちが生まれた頃に発売されたらしい乙女ゲームは、綺麗だけど古い絵柄だし、シナリオが独特すぎて不評だしで、散々だったけど、私たちはそんなこと関係なく、ゲームができると言うだけでとても嬉しかった。

お互いお金を稼ぐために、バイト三昧の忙しい生活の中で唯一の楽しみとしてクリアした後も、リセットして何度も遊んだ。ゲーム機もゲーム本体も、一台しか無かったから二人で貸し借りしたっけ。今思えばそんな時間も、凄く楽しい思い出だ。


「ルイカ、私のことは気にしなくて良いから。その代わり、お願いしたいことがあるの」

「なに?」

「コートラリ様ルートに、入らないで欲しい。あのルートは、シマキ様が死んじゃうから」

「‥‥‥シマキ様のこと、慕っているんだ。悪役令嬢、なのに」

「でも、原作のように残酷な人じゃないよ。私のことを拾って、ここまで育ててくれた。恩があるの、お願い」


ルイカは、少し考えるようなそぶりを見せると、コクンと首を縦に振った。


「いいよ、元々、コートラリ様は、考えてなかったから。悪役令嬢の嫌がらせは、受けたく無いし‥‥‥それに、コートラリ様はどんなエンディングでも、ヒロインと結ばれないから。」


ルイカの色良い返事に、私は舞い上がる。これで、シマキ様の死亡フラグを折ることが出来た!

ヒロインが夜宵で、本当に良かった。


「ありがとう!」

「ううん‥‥‥寧ろ、こんなことしか、出来なくて、ごめん。私は、前と同じで、自分のことしか、考えられないから」

「‥‥‥私もだよ」


前世の頃と、変わっていないルイカの姿に心底安心した。

自分勝手なのは、私だけじゃないんだ。

昔の友達に会えて可成り嬉しいダリア。

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