ヒロイン
今日もちょっと長めです。
入学式の翌日は、ちょっとしたオリエンテーションと自己紹介をやっただけで解散となった。私が平民だと言うことを知る生徒たちは、難色を示した者もいたが、シマキ様がいる手前直接文句を言うような人はいなかった。
だが、こんな反応は入学前から予想できていたことだし、何の問題もない。
問題は、もっと別にあった。
そう考えながら帰りの支度をしていると、クラスが騒めく。
「コートラリ様だわ!」
「一年生の教室に何の用かしら」
「あら、決まっているじゃない」
クラスの主に女子から、期待に満ち溢れた声が聞こえる。そして、その期待は現実のものとなった。
「シマキを呼んでもらえるかい?」
コートラリ様がそう言った途端、クラスの各所から「二人が仲睦まじいというのは本当だったのね」と黄色い声が上がる。シマキ様はそれを気にすることもなく、コートラリ様の元へ向かった。私も、その後を追う。
「コートラリ様、教室まで来てくださるなんてどうしたのですか?」
「嗚呼、実は君に相談したいことがあってね‥‥‥場所を変えても?」
「えぇ、構いません。ダリアが一緒でもいいですか?」
「ダリア?‥‥‥嗚呼、君の専属メイド、そんな名前だったか。そうだな、今後のために彼女にも聞いてもらった方がいいかもしれないな」
こうして、私たちは面談室へ移動した。ここなら、使用中の札を出しておけば誰かが勝手に入ってくることはないだろう。シマキ様が座ったのを確認して、私は後ろに控える。
「単刀直入に言わせてもらうと、シマキに生徒会に入って欲しいのだ」
「生徒会ですか?」
コートラリ様の言葉を聞いて困惑する。シマキ様が、生徒会に入る? こんな展開、ゲームにあっただろうか。少なくても、マールロイド様とコートラリ様ルートでは無かったはずだ。
「嗚呼、三年生が卒業したので人手不足でな。だからといって、誰でもいい訳ではない。優秀な者でないと、仕事が務まらんからな」
「ですが、わたくしは昨日入学したばかりの一年生ですよ」
「この学園は実力主義だ。何年だろうが関係ないさ。現に私は二年生ながら副生徒会長を務めているよ。私から、君の優秀さを会長に話したら、是非会いたいと言っていたよ。どうだい? 一度会うだけでも構わないから、会長と話をしてくれないかい?」
「会うだけ、ですか‥‥‥因みにわたくしはどんな位置につく予定ですか?」
「会計を予定している。君は、数字に強いだろう」
シマキ様は、顎に手を当てて考える素振りをした。
「なるほど‥‥‥良いですよ、お受けいたします」
「本当かい! ありがとう、会長も喜ぶよ」
あまりにもあっさりとした返答に、私は驚いた。迷っていたようだったから、持ち帰って考えるものと思っていた。
まぁ、シマキ様が決められたことだし、ゲームと違う展開にすれば死亡フラグが回避できるかもしれないから良いと思うが‥‥‥てっきり、私に相談してくれるものだとばかり思っていたので、自分の傲慢さが恥ずかしくなった。
「では、これからすぐにでも生徒会室へ行こう。会長が待っているはずだ」
「わかりました」
二人が席から立ったので、私は面談室の扉を開けた。二人が出たところで、札を未使用に変える。
当たり前のように、二人について行こうとすると、コートラリ様から待ったをかけられた。
「悪いね、生徒会室へは役員以外は立ち入り禁止なのだ。シマキのことは、私が守るから君はもう帰って良いよ」
「そ、そうですか」
私は、チラッとシマキ様を見る。
「‥‥‥ダリア、今日のところは帰って良いわ。疲れただろうし、帰りもコートラリ様に送っていただくから」
「はい、わかりました」
二人にそう言われてしまえば、私に逆らうことなんてできない。私が挨拶をすると、二人は仲良さそうに廊下を歩いていった。シマキ様が心配で背中をずっと見ていると、それに気が付いた彼女が振り返って極上の笑みで私に手を振ってくれた。
シマキ様のその姿に、隣にいるコートラリ様が複雑そうな顔をしていた。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
私が二人を見送って、教室へ帰ってくると殆どの生徒が帰っていた。私も慌てて荷物を纏めて、教室を出ようとした時、行く手を三人の御令嬢に阻まれる。
そのうちのひとりには、すごく見覚えがあった。
「お久しぶりですわね、ダリアさん。真逆、私を殺そうとした貴方と同じ空気を吸うことになるだなんて、思いもしませんでしたわ」
「エ、エルンマット侯爵令嬢‥‥‥」
「あら、コートラリ様を名前でお呼びしているのですから、私のこともそれで構いませんわ。この学園は無礼講ですもの‥‥‥だからといって暗殺は許されていませんから、お気をつけになって」
リム様の顔は嫌悪に染まっている。
三人のうちの真ん中にいる、ミルクティー色の髪を靡かせた見目麗しい御令嬢は、見間違えるはずもない、リム・エルンマット侯爵令嬢であった。私が馬鹿だったばかりにラールックさんに騙されて、アレルギー食品を食べさせてしまうところだった御令嬢だ。あれは知らなかったとは言え、私の責任。下手すれば殺してしまったかも知れなかったのだ。
そのリム様と、なんの因果かクラスが同じになってしまったのは自己紹介で発覚したことだった。
「その節は、大変申し訳ございませんでした」
私が頭を下げると、リム様は満足そうな顔をした。それとは反対に、取り巻きの二人が驚いたような顔をしている。
「まぁ、リムさんの言ってたことって本当だったんだぁ。てっきり大袈裟に言ってるだけだと思ってた。ねぇ、イビー」
「本当本当ぅ。真逆、シマキ様の専属メイドが、侯爵令嬢を殺そうとしたことがあったなんて、信じられる訳ないもん」
「イビー、言葉には気をつけなさい。その件に、ペールン公爵家は一切関与していませんわ。誤解を招くような言い方は許しませんわよ」
「はぁーい、ごめんなさぁーい。シマキ様の専属メイドじゃなくてぇ、ダリアがでしたねぇ」
抹茶色の髪を束ねて肩に垂らしている、コピーしたかのようにそっくりな二人は、同じクラスの双子、アビーとイビーだ。さっきの自己紹介で、そう言っていた。
見た目も話し方もそっくりな二人は、肩に垂らした髪が右か左かで判断できる。だが、もっと簡単な方法は、泣きぼくろの有無だ。いまの会話から、泣きぼくろが無い方がイビーだとわかった。
そして、この三人はゲームには出てこなかった存在のため、どういう性格かわからないことが、更に私の不安を掻き立てる。
「シマキ様に取り入って、平民のくせに学園にまで入り込むだなんて、随分と卑劣な方法ですわね。本当なら、この事実をもっと多くの人に知ってもらって断罪すべきですが、それはシマキ様に止められています。勘弁してあげますわ」
「ありがとうございます」
「その代わり、シマキ様がいない間は、私と遊んでくださいませね」
双子がくすくすと笑う。
遊ぶという単語に、どんな意味が含まれているか、わからないわけじゃない。
でも、私には抵抗は許されなかった。
「さて、今日はどんな遊びをしましょうか」
リム様が、にっこりと楽しそうに笑った時、廊下から誰かの声が聞こえてきた。
「痛ったぁ! うぅっ、転んじゃったよぉ。あっ、先生! 助けてください」
廊下から聞こえた少女の声と「先生」という単語に、リム様は顔を詰まらなさそうに歪ませて「今日のところは辞めておきますわ」と三人で帰っていった。
助かったと、体の力を抜いた時、廊下からひょっこりとひとりの少女が顔を出した。
「大丈夫だった?」
ピンク色の髪をハーフアップに纏めた、可愛らしい少女がにっこりと笑った。その瞬間、私はまたあの気持ち悪い感覚に襲われる。
思い出した‥‥‥彼女は、ヒロインだ。
いよいよ、ヒロイン登場です!
 




