マールロイド・バルーン
今日、ちょっと長めです。
『マールロイド・ バルーン』
攻略対象者のひとりであり、この学園の経営を国から任されているバルーン侯爵の息子だ。
そして、三年生であるマールロイド様は、この学園の生徒会長でもあるのだ。確かゲームでは、一番難易度の低い攻略対象者と言われていた。というのも、このマールロイド様、ヒロインが少し優しくすればすぐに落とせる、所謂チョロイン枠なのだ。
マールロイド様は、小さい頃から自分の感情を表に出すことが苦手なため、周りの人から気味悪がられていた。おかげで、恋人は疎か友達のひとりもできたことがなかった彼は、寂しい幼少期を過ごした。そんな彼の前に現れたのが、新入生のシマキ様だ。
彼は、シマキ様の魅了の力により、人を初めて愛おしいと思ったのだ。そして、その人のために何でもしてやりたい思うようになっていく。
つまり彼は、遅めの初恋を迎えた純情男子キャラだった。
彼がチョロイン──女じゃないけど──だったのは、きっとそういった背景があったからだと思う。
純情で倫理観のある彼は、婚約者のいるシマキ様に不毛な恋をしてしまったことで、酷く悩んでしまう。そんな彼の心を救ったのが確かヒロインだった。マールロイド様の悩みをヒロインがどうやって知ったのかは、残念ながら覚えていない。
ハッピーエンドでは、学園で有名な告白スポットである「幸せの鐘」の下で、マールロイド様から告白をして恋人同士となり、キスをして終了となる。
それとは反対に、バッドエンドではヒロインからマールロイド様に幸せの鐘の下で告白するが、シマキ様への想いを断ち切れないと言う理由から断られ、ヒロインと両思いになることはなかった。
と、ここまで考えたところで、私は少し離れたところでマールロイド様と話しているシマキ様を見る。入学式が終わって、二人して寮へ帰ろうと思ったところ、突然マールロイド様が話しかけてきたのだ。マールロイド様の二人きりで話したそうな雰囲気に、私はそっと話が聞こえない程度に離れた。
マールロイド様、今まで人との接触を避けて来たなんて思えない程、積極的だ。私は苦笑いしながら、まだ話終わらなそうな二人を見る。
マールロイド様ルートで、シマキ様はほぼ出てこない。出てくるとしても、マールロイド様の回想や妄想でだけだ。シマキ様がヒロインに害を与えることもないし、マールロイド様がシマキ様に害を与えることもない。
まだ思い出せていない攻略対象者の記憶もあるから、なんとも言えないが、ヒロインがマールロイド様ルートに入ったら、シマキ様の死亡フラグは無くなるんじゃないかと入学式の間、ずっと考えていた。
そんなことを考えていると、やっと二人の話が終わったようで、シマキ様が疲れ切った顔で此方へ向かって歩いて来た。
「お疲れ様です。お話は、もう終わったんですか?」
「えぇ、もう大丈夫よ」
私が苦笑いをしたところで、シマキ様は急に真剣な顔になると、背伸びをして私の耳に口を寄せた。まだ残っていた周りの生徒たちが、若干騒がしくなったが、それにも構うことなくシマキ様は私にだけ聞こえる声で囁いた。
「ダリア、マールロイド様の記憶は思い出した?」
その言葉に、私は目を見張りつつ、こくんと首を縦に振った。シマキ様は、それに満足そうに微笑むと私の手を取り歩き出した。
「なら、部屋で聞かせてちょうだい」
「はい」
「楽しみだわ」
シマキ様が堂々としてくれていたから、私は周りの目を気にすることなく歩くことができた。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
部屋に着くと、私はシマキ様にマールロイド様についての情報を話した。シマキ様は、私の話を聞き終わると、顎に手を当てて考え込む仕草をした。
「なるほど、マールロイド様は、貴方の話を聞く限り無害そうね。シナリオにわたくしが出てくることも少ないみたいだし、ヒロインがこのルートに入ってくれたら、わたくしが死ぬのも回避できるかもしれないわね」
「私もそう思います。ゲームの通りに話が進んでくれたら、彼のルートはかなりの狙い目です」
「先程話してきたけど、貴方の話を聞く限り彼にゲームとの相違点は、あまりないと思うわ。わたくしへの好意も見え見えだったし、ヒロインがマールロイド様のルートに入りさえすれば、ゲーム通りに進むのではないかしら」
確かに、マールロイド様の性格が原作であるゲームとそんなに変わらないなら、シナリオ通りの展開になるかもしれない。最悪、ゲーム通りに進まなくても、シマキ様に不安を感じさせないようにすればいい話だ。
兎に角、ヒロインが王太子殿下に興味を持たないように他の人のルートに入れば、それでいいのだ。
「そうですね。なら、ヒロインにはマールロイド様ルートに入ってもらえるように、明日から私たちで頑張ってみましょう」
「そうね、それがいいと思うわ‥‥‥それにしても、貴方と勉強ができるなんて夢みたい。本当に楽しみ」
シマキ様は、小さな子供のような笑顔を見せた。本当に喜んでくれているような顔に、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになって、思わず俯いてしまう。
「わ、私もです」
感極まったようにシマキ様が、私の体を抱き寄せた瞬間、扉を叩く音が部屋に響く。その音に、私は慌ててシマキ様から離れると、扉を開けた。そこには、大きな花束を抱えた王太子殿下が立っていた。
「嗚呼、君も入学したのだったね。おめでとう」
「王太子殿下に、そのようなお言葉を頂戴するなんて、光栄でございます」
私は、慌てて最敬礼をすると王太子殿下は苦笑いを浮かべた。
「この学園で、大袈裟な反応をするのはやめてくれ。入学式で会長も言っていただろう。この学園では無礼講。貴族として最低限のマナーは守ってもらうが、私はこの学園では王太子であって、そうではない。平民である君も、私のことは先輩として扱ってくれて構わん。勿論、王太子殿下などと言う大仰な呼び方はやめて、是非名前で呼んでくれ。この学園にいる間は、皆そうしているのだ」
嗚呼、そういえば、ゲームにそんな設定あったかもしれない。確か、王太子殿下が大袈裟に扱われるのを嫌って学園側にお願いしたのだった気がする。
「で、では、コートラリ様と呼ばせていただきます」
私が、そう言った瞬間、奥からにっこりと笑ったシマキ様がゆっくりと歩いて私の隣に立った。
「コートラリ様、わたくしの前でダリアを口説くのはやめて頂けます?」
「冗談はよしてくれ。私が君以外を口説くわけなかろう。彼女には、この学園の先輩としてルールを教えていただけだよ」
「さぁ、どうだか」
シマキ様がおかしそうにクスクスと笑うと、コートラリ様は手に持っていた大きな花束をシマキ様へ差し出した。
「シマキ、入学おめでとう。君と離れていた一年間は、退屈で仕方なかったよ。これは祝いのプレゼントだ」
「まぁ、ありがとうございます」
大きな花束には、一輪一輪別の花が飾られていた。花の種類は様々だが、色だけは赤で統一されている。
「君の好きな花が分からなくてな。赤が好きだとは聞いていたから、色んな花で作らせたのだ‥‥‥気に入ってもらえただろうか」
「はい‥‥‥すごく綺麗です」
放心したように受け応えたシマキ様は、大きな花束から一輪だけ抜いた。
「真っ赤なダリア‥‥‥この世で一番好きな花です」
その言葉で、私は漸く、その花がダリアだと言うことを知った。シマキ様は花のダリアのことを言っているのに、私はどうしてだか自分のことを言われているような気がして、どうにも恥ずかしかった。顔に熱が集まる。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、シマキ様は意味深に微笑むとダリアの花にキスを落とした。
「本当に、可愛らしい花だわ。コートラリ様、ありがとうございます。大切に飾らせて頂きますね」
「君はダリアが好きなのだな。次のプレゼント選びの参考にしよう」
そう言うと、コートラリ様は満足そうな顔をして帰っていった。シマキ様と二人きりで残された私は、どうしてだか未だに顔の熱が引いてくれなかった。
「この花はね、寒さに弱いの。でも、上手く冬を越せば、来年も花を咲かせてくれる。見た目の可憐さに反して生命力溢れる花なのよ。わたくしは、そんな健気さが大好きなの」
幸せそうな声の響きに、私が漸く顔を上げると、シマキ様は花の方ではなく、私の方を見ていた。
「‥‥‥花の話、ですよね?」
「好きに受け取ってくれて構わないわよ」
私が、また顔を背けると、シマキ様は楽しそうにけらけらと笑った。
生徒会長兼攻略対象者、やっと登場です。
 




