十三人目の花嫁 後編 (ラールック視点)
昨日の続きで、ラールック視点です。
ガタンと馬車が揺れて、目を開ける。
嗚呼、そうだ、私は、いま馬車の中にいたんでした。
父が用意してくれた真っ白で、一目で高価とわかるウエディングドレスを見に纏って、私は嫁ぎ先である侯爵家の元へと向かっていました。両親も兄弟も、皆んな私のことを祝福してくれました。
真逆、二十七歳になって結婚することになるとは夢にも思っていませんでした。
私の結婚が決まったのは、ダリアに包丁で滅多刺しにされた三日後のことでした。顔の腫れが引かないせいで碌に声も出せず、利き腕である右手も麻痺して一生動かせないだろうと診断され絶望していた私の元に、お嬢様は来てくださりました。そして、私の顔を見て悲しそうに眉を下げました。
「ラールック、なんて可哀想。医者から診断を聞いたわ。これでは、もう働くことは難しそうね」
私は必死に顔を横に振って、否定しました。お嬢様の元にお仕えするのが、私の使命と思っていたからです。
そんな私を見て、お嬢様はまた言います。
「大丈夫、心配しないで。わたくしは、貴方を捨てようとしているわけでは無いの。貴方には感謝しているわ。ダリアの面倒も見てくれた。そのおかげで、ダリアは立派に育ったわ。そろそろ貴方の手から離れて、独り立ちしてもいい頃だと思う。
貴方にね、縁談を持ってきたのよ。貴方より爵位が上の侯爵よ。陛下も認めるほど優秀な男なの。貴方の顔の傷も、右腕のことも、気にしないって言ってくださったわ。貴方もきっと気に入ると思う」
何も話せない私に、お嬢様は更に続けます。
「でもね、正直に言うと貴方が気に入るかどうかは関係ないの。だって、そうでしょう。この縁談は、わたくしが自ら決めたのよ。それだけで価値があると思わない? いいえ、それ以上の価値はないわ。ラールック、貴方はこの先結婚生活が成功しようが、失敗しようが、どちらでもいいのよ。だって、どちらでも、わたくしが貴方の運命を変えたことには変わりないはずよ。ねぇ、とっても素敵だと思わない? 尊敬する相手が、貴方の人生を決めたのよ。わたくしだったら、迷うことなく話を受けるわ」
この時のことは、いまでも鮮明に覚えています。とっても‥‥‥嬉しかったから。
この縁談、私に断る理由はありませんでした。だって、お嬢様が私のためを思って探してきてくれた縁談ですから。
この縁談を受けるにあたって、私はお嬢様とひとつの約束をしました。
この顔や腕の傷をつけた犯人が、ダリアだと誰にも言わないこと。それが条件でした。
そんなことは簡単です。
お嬢様が、そうしろと言うなら私はそれに従うのみです。それに、いまとなってはダリアに感謝しているくらいですから。私がこんな風になったおかげで、お嬢様が結婚相手を探してくださったのです。
その相手が、例えこのニ年間で十二人の花嫁を迎えていようと、その花嫁が全員原因不明の死を遂げていようと、なんら問題ありません。
王室お抱えの研究者故に、人体実験をしているのではないかとの噂もありますが、そんなことはどうでもいいことです。
だって、この結婚はお嬢様が決めてくださった。それだけで、私には価値があることですから。
「あはははっ! あははは、ははっ。あっははっ! あーはっはあはははっあはははあはははあはははあははは」
笑いが止まらない。
美しかった顔も、利き腕も、何もかも失いました。
でも、本当に、本当に、本当に本当に本当に本当に本当に、幸せです。
だって、この先、万が一、私が死ぬことがあれば、それはお嬢様が決めたことが原因なのです。
それはつまり、お嬢様が私を殺したことと同義なのです。
お嬢様に殺される最期、想像しただけで気が狂いそうです。目を閉じると涙が頬を伝ってきて、私の顔の傷に刺激を与えます。
嬉し涙なんて、生まれて初めて流しました。
嗚呼、私はなんと幸せな女なのでしょう!
ラールック視点の話はこれで終わりです。
明日の番外編の予定ですので、よろしくお願いいたします。




