半身
今日、少し短めです。
シマキ様が隣国からご帰宅された四日後、シャールさんと御者の遺体が発見された。シマキ様の証言通りの場所で発見された遺体は、誰かと争ったような痕跡があったそうだ。
その遺体は速やかにペールン公爵家に届けられ、地下室に運ばれたという。
私はその報告を受けても、まだ信じられずにいた。呆然としている私をシマキ様は無理矢理引っ張って、地下室まで連れてきた。
そして、いま、目の前にシャールさんが横たわっている。着慣れない執事服に身を包んで、少しだけ窮屈そうだ。目を瞑ってベッドに寝転ぶ姿は、まるで眠っているようだった。
──いや、きっと眠っているに違いない。
「シャールさん、起きてください。もう‥‥‥いつまで寝ているんですか?」
シャールさんの肩を揺らす。早く起こしてあげないと、仕事中に寝るだなんて、他の人に見つかったら怒られちゃう。
「起きて、起きてください‥‥‥ねぇ、起きて、シャールさん、シャールさん、起きて、お願いだから、起きてください‥‥‥お願い」
懇願するような声が出た。
「シャールさん‥‥‥シャールさん、置いていかないで」
「ダリア‥‥‥シャールは、もう‥‥‥いないわ」
「なに、言ってるんですか? シャールさん、此処にいます」
「本当は分かっているでしょう。シャールは、貴方の師匠は‥‥‥もう死んだの」
「死んでない!」
驚くぐらい大きな声が出た。シマキ様は、驚いたような顔をした後、私の肩を掴むと無理矢理目を合わせてきた。
「言ったでしょう。シャールの遺体を見たら信じるって‥‥‥貴方、これからずっと現実から目を逸らして生き続けていく気? そんな姿、シャールが見たら悲しむわ」
「‥‥‥シャールさん」
「‥‥‥葬儀は明日、執り行う事になったから、一晩で気持ちを整理なさい」
そう言うとシマキ様は、地下室から出て行った。
「‥‥‥シャールさん」
抱き寄せたシャールさんの体は、悲しい程に冷たかった。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
気がつくと、空が明るくなっていた。
不意にシマキ様の言葉を思い出す。
── ‥‥‥葬儀は明日、執り行う事になったから、一晩で気持ちを整理なさい
夜が明けてしまった。
嫌だ、離れたくない。私は、現実から目を背ける様に、シャールさんに抱きついた。
動かなくなった者特有の臭いがしたが、それもあまり気にならなかった。このまま腐り切って、ぐちゃぐちゃになって、腐敗臭がこの部屋を満たしたとしても、それでも良いから、シャールさんと離れたくなかった。
だが、私の願いはいつだって叶わない。
目を瞑れば、私の耳は階段を下りてくる数人の足音を拾ってしまう。足音は、私たちのいる部屋の前で止まる。扉が蹴破られる様に、開けられて何人かの護衛騎士が無遠慮に入ってきた。
隣に横たわっていた御者が、連れて行かれるところを見ながら、シャールさんを強く抱きしめる。数分すると、今度はシャールさんの周りに何人かが来て、そのうちのひとりは私を引き剥がそうとした。
「嫌っ! いやっ、やだっ! やめて‥‥‥やめろ! 離れない! 離れないからっ!」
「さっさと引き剥がせ!」
リーダー格の男の声が響き、他の騎士たちが「はい!」と一斉に返事をした。
必死に抵抗したが、大勢の男の力に敵うわけもなかった。護衛騎士たちに、私は力尽くで引き剥がされてしまう。そのまま、勢いが収まることなく、私は壁に突き飛ばされ衝突した。
痛む頭を押さえながらも、護衛騎士のひとりに縋り付く。
「お願い‥‥‥連れていかないで‥‥‥」
護衛騎士は一瞥もくれずに、私を蹴り上げて部屋から出て行った。
これが、シャールさんとの別れだった。
シャールさんと御者の葬儀は、命を懸けてシマキ様を守ったという功績が認められて、盛大に行われた。参列したのは、ペールン公爵家の使用人、ペールン公爵それからシマキ様のみだったが、皆口を揃えて、「お嬢様を守って死ねるなんて、幸せ者だ」と言っていた。
私は、そんな様子を何処か他人事のように見ていた。不思議なことに葬儀が始まると、まるで夢の中の出来事のように感じられて、取り乱すこともなかった。それは、棺桶が埋められる時も同じだった。二人の墓は、最大の敬意を込めて、ペールン公爵家の敷地内に埋められることになった。なんの因果か、其処は私とシャールさんが訓練場として使っていた中庭だ。
其処に建てられた小さな墓を見て、私は漸くシャールさんがいなくなった事を実感したんだ。
何故だか、涙も出なかった。
墓の前に座って思い出すことは、稽古のことばかりだった。
思えば、あの人と稽古以外で会ったことなんて一度もなかった。そう思うと、ここ数年間の関わりが薄っぺらいように感じて酷く寂しかった。
あれからどれくらい経っただろう、もうよくわからないが、どうでもいい。全てがどうでもいい。この世界がゲームだろうが、そうでなかろうが、どちらでもよかった。だって、もう其処にシャールさんはいないのだから。
葬儀の日から、自分の半身がなくなってしまった様に、何も感じにくくなった。悲しいとか、楽しいとか、嬉しいとか‥‥‥シマキ様と一緒に笑っている時も、ふとシャールさんのことを思い出して、あの人は本当に殺されたんだろうかってシマキ様を疑うようなことばかり考えてしまった。
ふと鏡を見た時、死んだ様な自分の顔を見て、そのまま死んでしまえばいいのにと何度も思った。でも、私の心臓は忙しなく動いて、私を生かし続けていた。
その話を聞いてしまったのは、そんな生活をしている時だった。
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