胸騒ぎ
今日も少し長め。
あれからまた数年が経った。私の身長は伸びて、今ではシマキ様よりも五センチほど高くなっていた。
シマキ様と私の歳は十四歳となり、ゲーム開始である学園入学まであと半年となった。
シマキ様の婚約者である王太子殿下は一年前に入学されていて、シマキ様が来ることを今か今かと待ち望んでいる、と毎週シマキ様宛に届けられる手紙に書いてあった。
そのシマキ様はといえば、ゲームのことで不安を感じながらも学園入学の準備を着々としているところだ。
私もこの数年で色々あった。一番の変化といえば、私が護衛として常にシマキ様の側にいられるようになったことだ。あの誕生日パーティーの日からシャールさんの言った通り、護衛任務が急激に増え、それに加えて隣国の夜会での護衛任務を成功させたことで、護衛としての箔がついた。そのおかげかシマキ様が出かける時は、私が護衛に付くのが当たり前になっていたのだ。単独任務も急激に増え、シマキ様と二人きりで出かけることも多くなった。それが何だか認められたようで誇らしい。
それに伴って、嫌がらせの数もぐっと減ってきた。勿論、無くなったという訳ではないので、何かされた時は以前のように反抗しないということを心がけている。
だが、ラールックさんたちに刃物で脅される以上に恐ろしいことは、今のところなかった。
勿論、あの日以来、使用人が謎の死を迎えることも‥‥‥一度もない。
来週、シマキ様は王太子殿下の婚約者として、隣国の夜会に参加する。毎年参加している恒例行事であり、私も護衛として数年前から同行していた。今年も何事もなければ同行することになるだろう。
そう当たり前みたいに思っていた私の思考は、シャールさんの一言で簡単に砕かれることとなった。
「‥‥‥シャールさんが同行するんですか?」
「嗚呼、俺ひとりでの任務となった」
「私は‥‥‥」
「お前には、留守番を頼みたいと、シマキ様のご意向だ」
「そ、そんな」
この任務は、ペールン公爵家からひとりしか選ばれない。そのため、この任務に付くことは使用人たちにとって‥‥‥私にとって、ひとつのステータスだった。その役目を、私はここ数年独占していたのだが、今年になってそれが崩れた。
ショックを受けるなという方が難しい。
「私、何か気に障ることをしてしまったのでしょうか」
「何か心当たりが?」
「‥‥‥い、いえ。でも、知らないうちに何かしてしまった可能性はあります」
「馬鹿者、余計なことは考えるな。といっても、俺も困惑している。この家に来て随分経つが、俺が選ばれたのは初めてのことだからな」
「そ、そうなんですか」
シャールさんは、すごく優秀な人なのに今まで選ばれたことがないなんて意外だ。
「この任務、暗黙の了解としてメイドが付くことになっている。隣国に赴く時、護衛騎士では威圧感が強いというお嬢様の考えでな。お前が来る前なんかは、ラールックさんが担っていた任務だ。だが、それが今年になって急に俺に回ってきた。何か考えがあってのことだと思うが‥‥‥お嬢様には何も言われていないのか?」
「はい、何も聞いておりません‥‥‥本当に何も」
「そうか。まぁ、あまり落ち込むな。お前は確か、明後日の買い物に同行することになっていただろう。その任務のことだけを考えておけ」
「は、はい」
「いいか、任務に大きいも小さいもない。全てがお嬢様をお守りする大切な任務だ」
こくっと首を縦に振ったが、気持ちが晴れることはなかった。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
「顔色が悪いわよ」
シマキ様に言われて、はっとする。いけない、幾らショックだからといって、主人の前であからさまな態度を取るのは良くない。
「申し訳ございません」
「怒ってる訳じゃないわ。心配しているの、何かあった?」
「いいえ、何も」
「相変わらず嘘が下手ね‥‥‥隣国の護衛の件かしら」
「‥‥‥」
「あははっ! 貴方本当に嘘つくの下手くそねぇ。面白いわ」
「わ、笑い事じゃないです。私は本当に悩んでいるんですから」
「貴方があまりにも可愛らしいから、いけないのよ」
「またそうやって、直ぐ揶揄うのですから」
「本当のことよ?」
酷く不思議そうな顔で、シマキ様は小首を傾げた。その表情は、嘘をついているようには全く思えなかった。
「やっぱり、木刀しか持てない私などは必要なくなりましたか」
この家に来て四年が経ったが、私は未だに剣を持つことができていなかった。侮辱を込めて、木刀の騎士と呼ばれることも多々あるくらいだ。
「そんなこと気にしていたの? 前から言っているでしょう。剣を持とうと守れなければ意味はない。貴方は、剣を持たずとも私を守ってくれている。それだけで十分よ」
「それは‥‥‥そうですけど」
「今回は、今回だけは、シャールが適任と判断したまでよ。ダリアは何も気にする必要ない。勿論、剣を持たないこともね。時間が解決してくれるわよ。わたくしを信じなさい」
「‥‥‥はい」
そうは言われたものの、私は信じきれずにいた。だって、ここ四年一度もまともに持てた事がなかった。
シマキ様が学園に入学するまでには、剣を克服したい。
──あと半年しか時間がない。
その思いは、私をどんどん焦らせていった。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
シマキ様が隣国へ出立される朝、私たち使用人は全員でお見送りをする。シャールさんは、いつもと違い、執事服に身を包んでいた。着なれない服に緊張した姿は、まるで七五三のようで師匠に対して言う言葉ではないが微笑ましかった。
そんなことを思っていると、シャールさんはシマキ様を馬車に乗せ、自身も乗り込もうとした。去年までは、私があそこにいたのにと思いながら、シャールさんを見つめていると目が合う。シャールさんは、無表情のまま私に、一度頷くと、そのまま乗り込んでいった。
それが、「しっかりしろ」と言われているみたいに思えた。御者は二人が乗ったことを確認すると、馬を引き馬車は出発した。
遠ざかって行く馬車を見ながら、ふと思った。毎年恒例とはいえ、たった三人だけで本当に大丈夫だろうか。矢張り、王太子殿下と同じ馬車で行った方が良かったのではないか‥‥‥どうして、そんなこと今更思ったのだろうか。
何故だか、胸騒ぎがして堪らなかった。
隣国の夜会は、ステータス。




