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呼吸

今日、長めです。

気がつけば、シマキ様に拾ってもらってから、二年の月日が経とうとしていた。誕生日の一件以来、私の護衛任務は少しずつ増えていった。

といっても、まだまだ、私が担当する護衛任務は少ないし単独で任務をこなしたこともない。それでも少しずつ自信を持てるようになっていた。

シマキ様に隣国の護衛任務の話を受けたのは、丁度そんな風に思えるようになっていた頃だった。


「隣国の護衛任務、ですか?」

「えぇ、嫌かしら?」

「嫌では、ありません。でも、私は単独で護衛任務を果たしたことはありませんから、上手く出来るかどうか‥‥‥」


シマキ様は、この国の王太子殿下の婚約者として隣国の夜会に毎年出席されている。そもそも、私を拾ってくれたのも、その夜会の帰り道だ。この任務、他との違いは、護衛の数を最小限に抑えるというところだ。

隣国に護衛をゾロゾロと引き連れて行くのは、信頼していないようで失礼に値するというのが自国の見解だ。そのため、目に見える護衛は毎回ひとりという訳だ。

勿論、王太子殿下が用意する護衛が極秘に付けられているが、ペールン公爵家からはひとりしか出すことができなかった。そのため、この護衛任務に付くということは、ペールン公爵家の使用人たちにとってひとつのステータスにもなっていた。因みに、去年の担当はラールックさんだ。


「そんなことないわよ。ダリアに出来ると思っているから、頼んでいるの。それに、貴方も知っている通り、この任務、見た目は貴方ひとりでも、影に隠れて大勢の護衛がいるわ」

「で、でも、私、そんな大きな護衛任務に付いたことがないですし‥‥‥」


正直言って、自信が全くなかった。今までの任務はシャールさんの補佐として付いていたため、突然の独り立ちは不安しかない。


「大丈夫よ、あの夜会で襲撃されたことは、一度もないし、それに襲撃されたとしても貴方なら対応できるわ。ダリア、これは貴方にとってチャンスよ。大きな仕事をこなせば、皆んなに認められるようになるわ」

「‥‥‥私、未だに剣が持てません」

「それでも、今までだって守ってきてくれたじゃない。心配する必要なんてないわ。ダメかしら?」


困ったように眉を下げて、シマキ様が首を傾げる。この顔で頼まれたら、私はやっぱり断れない。

それに、シマキ様の言う通り、この仕事はチャンスだ。これを成功させれば、皆んなから嫌がらせされることも減るかもしれない。


「わかりました。やらせて頂きます」

「貴方なら、そういってくれると思った。護衛任務まで二ヶ月あるわ。シャールにも伝えておくから、そのつもりで稽古に励んでちょうだい」

「はい、わかりました」


その話をされた翌日の稽古で、シャールさんは隣国の夜会の件を自分のことのように喜んでくれた。そして、その日から稽古はさらに厳しくなっていった。







今日も、厳しい稽古を終えて、すっかり暗くなってしまった廊下を早足で歩く。早くシマキ様の部屋へ行かないと、心配をかけてしまう。

シャールさん、夜会の話が決まってから容赦が無い。まぁ、それもこれも、私が失敗しないように考えてのことだと思うけど。

そう考えながら、更に足を早めた時、前から突然人影が現れて、私はあと少しでぶつかってしまうというところでギリギリ止まった。薄暗くて、見えにくいが、そこにはラールックさんが立っていた。


「ダリア、随分と遅かったですね。今からお嬢様の元へ?」

「は、はい」

「そうですか。お嬢様は、貴方が帰るまでお風呂に入らないそうなので、早く帰ったほうがいい」

「‥‥‥わかりました。では、失礼します」


ラールックさんの雰囲気が、いつもに増して威圧的だったため、私はすぐにでもここから離れたくなった。しかし、横を通り過ぎようとした私の手首を、ラールックさんは物凄い力で掴んできた。

突然のことに、体が震える。


「待ちなさい。早く帰ったほうがいいとは言いましたが、早く帰れるとは言っていません。少し、私の話に付き合いなさい、ダリア」


静かで、淡々とした口調に猛烈に嫌な予感がしたが、平民の私に拒否権はなかった。






結局、私はラールックさんに使用人専用の食堂に連れてこられた。遅い時間であるため、誰もいない真っ暗な其処は矢鱈と不気味だった。

と、何歩か入ったところで、誰もいないと思っていた食堂に数人の気配を感じる。ハッとして背後を振り返った時、二人のメイドが立っていた。目が合った瞬間、にっこりと微笑まれる。

まずいと思った時には遅かった。脇腹に衝撃を感じて、倒れ込む私を二人のメイドが見下ろしていた。そのメイドは、洗濯場担当であり、初日に私の洗濯物をゴミのように投げ捨てた二人であった。


「あははっ、なぁんだ、最近強くなったって聞いてたけど全然じゃん」

「流石にラールックさんには、勝てないって」


きゃははと笑い合う二人を見て理解する。背後に気を取られている間に、ラールックさんに脇腹を蹴られたのだ。

完全に油断した。

今まで色んな嫌がらせをされてきたが、貴族の令嬢が真逆こんな物理的な攻撃を仕掛けてくるなんて予想もしていなかった。


「貴方、隣国の夜会の護衛に付くそうですね」


蹴られた衝撃で、咳が止まらない私は受け答えができない。私の返答を待たずに、ラールックさんは続ける。


「どんな手を使ったんです?」

「ごほっ‥‥‥うっ、ど、どんな手って、何の話っ、ですかっ?」

「貴様のような下賎な者が、重大任務に選ばれるはずありません。どんな汚い手を使ったんですか」

「な、何もっ! 本当に、何もしていません」

「嘘をつくな!」


久々に聞いた怒鳴り声に、体が反射的に反応する。咄嗟に「嘘ではないです」と反抗しようとして、グッと堪えて何も言わなかった。


「まぁ、どちらでもいい‥‥‥任務は辞退しろ」

「へっ?」

「辞退しろ」

「‥‥‥」


幾ら、ラールックさんの言うことでも、素直に頷けなかった。だって、それはシマキ様の決定に逆らうということだ。ラールックさんに逆らうことは良くない。でも、シマキ様の決定に逆らうことはもっと良くないはずだ。迷った末に私は、聞こえるか聞こえないかの声で返答した。


「‥‥‥すみません」

「それは、私の命令に逆らうということか?」

「す、すみません」

「謝罪など求めてない! そうか、貴様、私の命令に逆らうのだな」


ラールックさんは顔を真っ赤にすると、後ろに控えていた二人のメイドに目を向けた。二人は心得たように、私に近づきしゃがむと、ひとりづつ私の両腕を掴んで固定した。拘束されたような状態になり、更に怖くなる。


「な、何をっ、するつもりですか?」

「貴様、確か刃物を怖がっていたな。そんなでは、護衛などやっていけないぞ。どれ、私が苦手の克服に付き合ってやろう」


ラールックさんは、そういうと近くにあった料理包丁を手に取り、私の足の近くを目掛けて服の上から突き刺した。ギリギリ足に傷はつかなかったが、メイド服はビリビリに破けた。

あまりの恐怖に呼吸が荒くなり、体が固まる。


「やっ‥‥‥いやっ、やめて‥‥‥やめて、やめて、お願いっ、します」

「お前が辞退するのなら、やめてやろう」

「ご、ごめんなさい‥‥‥ごめんなさい」

「‥‥‥強情な奴だ」


ラールックさんは、酷く冷たい目をすると、私の肩を触ってきた。


「一層のこと、使い物にならなくしてしまおうか」


──切られる。


直感でそう思った。鎖骨の上を包丁が滑り、浅い傷から血が流れる。


「嫌っ!‥‥‥いやっ、やっ、やめて! 言うこと聞く! 何でも聞くからっ‥‥‥やめてくださいっ。ごめんなさい、ごめんなさいっ‥‥‥反抗してごめんなさい。もう、しないっ! しないっ! だから、だからっ、許して、殺さないでっ!」


ラールックさんが、どんどん歪んで、軈てその姿は前世のストーカー男になった。


「ひっ!」

「今更、後悔しても」

──もう遅い。


無慈悲な言葉が聞こえて、私は絶望のあまり涙が溢れ出る。

パニック状態になり、「ごめんなさい」と謝り続けた。もう、何に謝っているのかもわからなかった。

ラールックさんが‥‥‥いや、男が包丁を振り上げて肩を刺そうとした時、コツコツと跳ねるような軽い音が聞こえた。


「ダリア、どこにいるの? ダリアー、いたら返事をしてちょうだい」


聞き間違えるはずもない、それは確かにシマキ様の声だった。ラールックさんは、予想外の出来事に舌打ちすると包丁を放り投げて食堂から慌てて出て行った。置いて行かれた二人のメイドは顔を見合わせると、その後を小走りでついて行った。

助かった。

どっと力が抜けて、自分自身の体を抱きしめる。


「はっ‥‥‥はぁ、はぁ‥‥‥はぁっ」


軈て、慌てた様子でシマキ様が食堂へ入ってきた。


「遅いからどうしたのかと思ったら、こんな所にいたのね‥‥‥どうしたの? こんなに震えて、何かあったの?」


シマキ様の慰めるような口調に、顔を上げる。

心配しているように眉を下げた顔を見て、安心のあまり抱きついた。


「シマキ様っ‥‥‥シマキ様! 私っ、怖くて、怖くて! もうっ、嫌でっ、何もかも、嫌で、嫌で、あの男がっ‥‥‥男がっ、私、はぁっ! はぁっ、はぁっ、あっ、はぁ」

「大丈夫、大丈夫よ」


とんとん、と背中を撫でる優しい手に少し落ち着いたが、それでも息はうまく吸えなかった。

はぁはぁと浅い息を続けていても、シマキ様は急かすことはしなかった。


「全く、手の掛かる子ね」


すみませんと謝ろうとした時、ぷにっと柔らかい何かが口に当たった。

視界一杯に、シマキ様の顔が広がる。


そこで、漸くキスされていることに気がついた。


あまりの衝撃に、息をすることさえ忘れた。されるがままの状態で体を固めていると、ペロリと唇を舐められた。


「うんっ‥‥‥!」


混乱しているうちに、シマキ様の顔は離れていった。私は体を固めたまま、シマキ様をじっと見る。


「ふふっ、よかった。過呼吸、治ったみたいね」

「えっ、あっ‥‥‥はい」


そうか、そのために‥‥‥キス、してくれたんだ。シマキ様は治療のためにしてくれたことなのに、私は先程までのラールックさんのことも忘れて俯いた。顔が馬鹿みたいに熱かった。


「あははっ、顔が真っ赤。可愛いわね」

「あ、あんまり、見ないでください」

「‥‥‥ふふっ、帰りましょうか」


そう言って立ち上がらせてくれたシマキ様は、とても嬉しそうだった。それは、ゲームで見せていた薄暗い微笑みではなく、年頃の少女らしい優しい笑顔だった。











翌朝、屋敷内は大騒ぎだった。

何でも、住み込みのメイドが二人、屋敷のどこを探しても見当たらないというのだ。私は、その二人の名前を聞いて驚く。

洗濯場担当の二人のメイド。

それは、昨晩、ラールックさんと共謀して私を脅してきたメイドだったからだ。

咄嗟にラールックさんを見ると、彼女はいつも通りの無表情だった。

その日は、使用人総出で探したが、結局見つからずに終わった。

それから二週間程経った頃、事態は最悪の形で収束することとなった。屋敷から、随分離れた森で二人の遺体が見つかったのだ。


その森は、何の因果か御伽噺「悪魔の寵妃」のモデルではないかと言われていた森だった。


野獣に引き裂かれたような遺体は、辛うじて女性とわかるくらいの酷い状態だったという。幸いにもペールン公爵家のメイド服を着ていたことから、身元がわかったそうだ。

二人が、どうして危険と言われている森に行ったのか、それは結局誰にもわからなかった。

シマキ様は、とても満足。

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