私の価値
昨日に引き続き、誕生日会です。
誤字報告頂きました。自分では気が付かなかったので、有難いです!
第三者の声に、二人して其方を見ると王太子殿下が立っていた。それを認めて、私は慌てて一礼する。
「コートラリ様。お越しくださり、ありがとうございます」
「愛しい婚約者の誕生日だからな。当たり前のことだ。そうだ、プレゼントを持ってきたのだ。受け取ってくれ」
「まぁ、嬉しいわ」
シマキ様が開けた赤い包紙の中には、美しい輝きを放つダイヤモンドのネックレスがちょこんと鎮座していた。とても綺麗で高そうな物だったが、シマキ様は大して興味を持っていなさそうに見えた。
「君の美しさには負けるが、そのダイアモンドも中々の上物であろう」
「‥‥‥そうですね」
「今日の装いにも合うことだろう。付けてもいいだろうか?」
「えぇ、お願いします」
王太子殿下は嬉しそうに顔を綻ばせると、箱からネックレスを取り出してシマキ様の首にチョーカーの上から重ねるようにして巻きつけた。シマキ様の首にキラキラとダイヤモンドが輝く。
「嗚呼、とてもよく似合う」
「そうですか‥‥‥ねぇ、ダリアもそう思う?」
突然振られて驚きながらも、思ったことを素直に言った。
「は、はい、とてもお似合いだと思います」
「本当! ふふっ、嬉しいわ。コートラリ様、ありがとうございます」
ネックレスを貰った時とは打って変わって、パッと華やぐように笑い、嬉しそうに首元を触るシマキ様を見てその美しさにしばし見惚れた。それは、私だけでなかったようで周りの招待客達も皆顔を赤らめていた。
「シマキ、此処からは私にエスコートさせてはくれないか?」
「いいですよ。こんなに素敵なプレゼントを頂いたんですもの。おもてなしさせて頂きます」
シマキ様がそう応えると、王太子殿下は勝ち誇ったような笑みで私の方を見てきた。
「なら、君の役目は此処で終わりだ。シマキのことは私が守るから、君は周辺の警備でもしていろ」
王太子殿下の提案に困ってしまい、ちらりとシマキ様を見つめる。そんな私を見て、彼女はにこりと微笑みかけてくれた。それは、いつも私に心配するなと頭を撫でてくれる時と同じ顔だった。反射的に安心する。
「コートラリ様、御言葉ですが彼女の役目は、わたくしの護衛です。勝手に決められては困ります」
「だが、私が側に居るのだ。彼女が居なくとも、君を守れる」
「‥‥‥殿下は、わたくしの望みが叶えられないと、そういう解釈でよろしいでしょうか」
ゾッとするほど低くなった声に驚いた。
「い、いや、そういうことではない! すまない、君と二人きりになりたくて無理を言った。矢張り、彼女にも居て貰おう」
「わかっていただけたのなら良いのです」
シマキ様は、妖艶な笑みを浮かべると、するりと王太子殿下に腕を絡ませて、甘えるように肩を寄せた。王太子殿下はと言えば、可哀想なくらいに顔を真っ赤にしている。
そういう顔は、ゲームの中の王太子殿下そのものだ。
漸く纏まった話にほっと胸を撫で下ろして、二人の邪魔にならないように出来るだけ気配を消して後ろに付く。
二人の後を付けながらも、周囲の警戒をすることも忘れない。危ない人は、その挙動でわかるものだ。とは言っても、シマキ様の親戚しか集まらないような会場で彼女に害をなそうとしている者がいるとは思えないが‥‥‥油断は禁物だ。
すると、人二人分程の距離に此方をじっと見ている中年の男が居るのが見えた。シマキ様は、とても美しいから、見つめていることは別段おかしくない。だが、その男の目は羨望の眼差しではなかった。
──その血走った目は、いつか街でシマキ様を襲った男の目に重なって見えた。
そう思った瞬間、男が持っていたグラスを手放した。グラスがスローモーションのように、床に叩きつけられるのが見えた。カシャンと軽い音がしたと同時に、男が此方に向かってとぼとぼと歩き出した。その音と男に、王太子殿下も気がつき、シマキ様を後ろ手で庇うように前に出た。周りに待機していた護衛騎士たちも、此方へ向かってきていた。
だが、男とシマキ様の距離は、あまりにも近い。
シャールさんたち周りの護衛騎士では間に合わない。私がどうにかするしかない。
男とシマキ様たちの間に滑り込むように体を入れて、腰の剣を引き抜く。カタンと軽い木製の音がした。
「シマキ様! 私の想いに漸く応えて下さるのですね」
相手の男は戯言を呟いているが、いま問題なのはそこではなく、男が手に小刀を持っていることだろう。此方の分が圧倒的に悪い。
だが、あの時のように逃げる事は許されない。
今度こそシマキ様をお守りするんだ。それが私が此処で生きていくための術だから。
怖かった。刃物で刺される感覚を知っているから、余計に怖い。
でも、シマキ様を守らなければ、私に価値はなくなる。私は、また捨てられる。
男の方に一歩踏み出し、男の持っている小刀を素手で掴んだ。私の手から出た血に一瞬、男が躊躇った瞬間に、男の頸を力の限り木刀で突いた。男は後ろに吹き飛ぶと、ピクリとも動かなくなった。
しんと静まった会場で、いち早く動いたのはシャールさんだった。慌てて男の元へ来ると、他の護衛騎士達に指示を出して男を連れて行く。
呆然としながら、その様子を見ていると、突然背中に衝撃を感じる。
驚きながらも振り返ると、シマキ様が私の体をしがみつくみたいに抱きしめていた。
「ダリア! 大丈夫?」
「は、はい。シマキ様こそ怪我はありませんか?」
「貴方のおかげでないわ。そんなことより、手当てをしないと」
「えっ、はい‥‥‥あっ、本当だ。血が出てる」
此処で漸く、自分の手の怪我を意識した。意識すると、じわじわと痛くなってきた。惚けたような発言に、シマキ様は苦笑いしながら私の怪我をしていない方の手を引いた。そのまま、会場の出入り口まで来ると、思い出したように招待客の方を振り向いた。
「今日のパーティーはお開きよ。シャール、捕らえた男は生かしておきなさい」
シャールさんが、心得たとばかりに一礼すると私たちは手を繋いだまま会場を抜けたのだった。
誕生日会はお開き。




