気になること
ダリアが来てから一年経ちました。
ペールン公爵家に来て、早いもので一年が経とうとしていた。私は十一歳になり、シマキ様も来月誕生日を迎えられる。私への嫌がらせは、反抗しなくなるとシャールさんの言う通り少なくなっていった。それでも、無くなることはなかったが一年前に比べれば少しだけ減ったように思う。
私は、シャールさんと相変わらず、訓練場のベンチで暑い日も寒い日も昼ご飯を共に食べている。この場所でするたわいもない話は、私の密かな楽しみのひとつだった。
今日まで一度もお金を払えたことはないけど‥‥‥。
「今度、王太子殿下がいる席で給仕を任されることになったんです」
「王太子殿下と言ったら、今まで一度も任されたことがなかったんだよな。それはよかったな」
そうなのだ。いままでも、シマキ様をとても愛している王太子殿下はどんなに忙しくても、二ヶ月に一回は、この家へ来ていた。でも、王太子殿下に粗相があってはいけないと、一度も給仕として二人の席を任されることはなかった。
だが、先日シマキ様から突然「ダリア、今度王太子殿下との席に付きなさい」と言われたのだ。それを言われた時は、自分を認められたようで嬉しかった。
エルンマット侯爵令嬢の件で色々あったが、それからも頑張ってお客様の給仕をした甲斐があった。
「はい! すごく嬉しいです‥‥‥けど、緊張もします。絶対失敗しないように頑張らないと」
決意を表明しながら、おにぎりを一口齧った。中世ヨーロッパのような世界観に、おにぎりが存在することにだって、もう驚かなくなっていた。
おにぎりは前世の頃から好きだが、転生してからは食べ難くなってしまった。
原因は、フェイスベールだ。
シマキ様に頂いたフェイスベールは、付けたまま飲食可能な設計になっているため、私は食べる際も付けている。ペラペラと捲りながら食べているのだが、手で食べる物はフォークや箸で食べる物に比べて食べ難く感じていた。
あっ! 今日の具は焼肉だ! 濃い味付けがご飯に染み込んでいて、美味しい。
「付いてるぞ」
幸せを噛み締めていると、シャールさんが私の口元を呆れたようにハンカチで拭った。
「あ、ありがとうございます」
シャールさんのこういうところには、いつになっても驚かされる。
二人で過ごすようになって分かったことだが、シャールさんは懐に入れた人に対して、すごく距離感が近いし大切にしてくれる。
この人の特に意味のない行動に、前世も含めて男性に慣れていない私は、いつもびっくりしてしまう。それが、なんか悔しかった。
私は、驚いた顔を見られないように、意図的に話題を変える。裏返った「そういえば」という声にシャールさんは不思議そうな顔をしたが、何も言ってこなかった。
「ひとつ気になることがあるんですよ。シマキ様、王太子殿下の給仕は、いままでで一番楽だって言うんですよ。そんな筈ないと思うんですけど、どういう意味だと思いますか?」
自分で言いながら、シマキ様の意味深な発言を考える。そんなこと、あまり気にするなと言われればそれまでだが、私はどうしたって王太子殿下を警戒してしまう。
何故って、コートラリ・アルエラナ王太子殿下は、私が前世の記憶を思い出してから初めて会うゲームの攻略対象者だからだ。
ゲームとしての彼の詳細は残念ながら覚えていないが、此処の世界へ転生して勉強した知識はある。
コートラリ・アルエラナ王太子殿下は、この国の唯一の王子。現国王は、色事に興味を持たなかったのか、側室はひとりも居ない。
そのため、王妃を深く愛したが、子供はコートラリ王太子殿下のみだった。家臣はたちは、世継ぎがひとりしかいないということを不安がっていたが、この国にとって幸運だったことはコートラリ王太子殿下がとんでもなく優秀なことだ。今年で、齢十二歳になられたらしいが、一度見たり聞いたりしたことはいつまで経っても忘れないらしく、また剣の腕も立つとか。
こんな具合に、彼の基本的な情報は知っているが、性格は会ってみないことにはわからない。私のいま持っている情報だけを考えると、とても簡単だなんて言える相手ではない気がするのだが‥‥‥。
「お嬢様が言うのなら、それを信じるべきだろう。俺たち使用人が、主人の発言を疑うなんてナンセンスだ」
「そ、そうなんですけど、でも、気になります」
俯き、考え込んでいると、不意にぽんと、頭に手が乗せられた。そのまま、わしゃわしゃと撫でられて、少しだけ不安な気持ちが減った気がした。
シャールさんは、私が不安がっていると、こうやってよく頭を撫でてくれた。
頭を撫でて慰めてくれるところは、シマキ様にも似ている。でも、シャールさんの撫で方は少し雑で、それが家族に対する接し方の様で嬉しかった。
「あまり不安がるな。お前はもう、一人前として認められたんだ。心配せずともいつも通りやれば良い」
シャールさんに撫でられると、いつだって私は自信が持てた。
決意を固める様に、おにぎりを一口齧る。
やっぱり、シャールさんと一緒に食べるご飯が、一番美味しい。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
こうしてやってきた、コートラリ王太子殿下はゲームの立ち絵よりも少しばかり幼い美麗の男の子だった。
彼と目が合った瞬間、私の頭に大量の情報が流れてくる。危うく倒れそうになった。
それでも、それを態度に出してはいけない。
私は、意図して凛とした声を出した。
「お待ちしておりました、王太子殿下」
いよいよ、攻略対象者が出てきます。




