頑張りますね
昨日の続きです。
シャールさんから、話を聞いてその晩考えた。彼の話は納得できないところも確かに多い。でも、現状、私が何を言っても信じてもらえないのは悲しいことに変えようのない事実だった。
本当はわかってる。
シャールさんの言うことは正しい。
平穏に暮らしたいなら、貴族に逆らわない方がいいに決まってる。ベッドに横になりながら、思わず笑いが溢れる。
情けない。
シャールさんにあんな風に啖呵を切っておきながら、結局他の解決法なんて浮かばないんだ。
私が動いたことで、隣にいるシマキ様が寝返りをうち此方を向いた。顔を迎え合わせるような形になり、無垢な寝顔を正面から見つめた。
シマキ様は、この世界で全てを失った私を受け入れて大切にしてくれた最初の人だった。
もし貴族に逆らって、ここから追い出されたら私はシマキ様の側に居れない。
私のことを大切にしてくれる人から離れなければならないんだ。
何を悩んでいたんだろう。シマキ様の側に置いてもらえるなら、自分のプライドなんてどうでもいい。それに、よく考えたらシャールさんは死にそうになった時は、抵抗するべきだとも言っていた。死ねと言われた訳ではない。
なら、私に残された道は一つしかない。シャールさんの助言通りに行動する。
この家で、目立たないように、仕事を完璧にこなし、貴族には逆らわない。なんだ、シマキ様のためと思えばどうって事ないじゃないか。
「貴方の側に居られるように、頑張りますね」
覚悟を決めるように囁くと、寝ているはずのシマキ様が突然私を抱き寄せてきた。真逆、起こしてしまったのかと思って顔を見ると、先程と変わらない寝顔だった。
ほっと、胸を撫で下ろして、私もシマキ様に抱きつくように背中に手を回した。
善は急げと次の日の昼休憩に早速、訓練場へ向かう。勿論、この休憩を生かして素振りの自主練をするためだ。
訓練場に着くとベンチには見知った顔が、足の上に置いた箱を開けようとしていたところだった。向こうも私に気がつくと、幾分か驚いた顔をした。
「シャールさん、こんな所で何してるんですか?」
「それは、こっちの台詞だ」
「私は、素振りをしに‥‥‥その、昨日シャールさんも言っていたでしょう。完璧になれって、だから私、早く強くなりたいと思って‥‥‥」
昨日、あんな風に啖呵を切った手前、何となく居心地悪く俯く。しかし、暫くしても何も言わないことに不安に思って、そっと顔を伺うと、彼は何故か淡く微笑んでいた。
見慣れない顔に驚いた。
「良い心がけだ。だが、昼飯は食べたのか?」
「昼飯? 何故ですか?」
「何故って‥‥‥はぁ、食べてないのだな。なら、今すぐ食べてこい。それから、練習でも遅くない」
「えっと‥‥‥?」
「なんだ、何か言いたいことでもあるのか?」
「言いたいこと、というか‥‥‥此処の使用人は昼食を取らないんですよね?」
「はっ?」
「えっ?」
二人で怪訝な顔をしながら、暫し見つめ合う。何だこの時間は。沈黙を破って先に発言したのは、シャールさんだった。
発言というか、ため息だったが。
「お前、それは誰から聞いたんだ」
「えっと、此処へ来たばかりの時にラールックさんから‥‥‥」
「お前、そんな最初から騙されてたのか。此処の使用人は、全員三食食べているぞ」
そうか、あれ自体も嘘だったのかと、自分の馬鹿さ加減に呆れる。
恥ずかしくて、情けなかった。
だから、それを隠すようにシャールさんに捲し立ててしまった。
「なら、シャールさんはどうして食べてないんですか?」
今は、昼休み、例外もあるが多くの使用人が昼食をとっている筈だ。なのに、シャールさんが此処にいるってことは彼だって食べていないということになる。
「俺は、いつも此処で食べているからな」
「食堂から持ってきているってことですか?」
「俺は、住み込みではない。基本的に食事は自分で用意したものを持ってきている」
そこで、シャールさんは膝の上に置いてあった箱を開けた。其処には、手早く作ったようなサンドウィッチが入っていた。
「俺の話はどうでも良い。兎に角、お前は今日から昼飯を食べろ。大体、住み込みのものは給料から賄い代が引かれとるんだ。食わなきゃ勿体無いだろう」
「そう、ですよね」
「わかったら、直ぐに食べてこい。その後で、稽古をつけてやろう」
「は、はい」
そうは言ったものの、私は食堂に行く気はなかった。だって、いままで食べに行かなかった私に食事が用意されているとは思えないし、何よりラールックさんに見つかったら理不尽に怒られるに決まってる。それも面倒だった。
でも、優しいシャールさんにそんなことを伝えて心配させるのも嫌だった。ここは、従った振りをしていつもみたいに休憩室で時間を潰そう。そう思って歩き出した時、「待て」と他でもないシャールさんから止められた。
「お前、食べないつもりだな」
「へっ! そ、そんなことありませんよ」
「わかりやすい嘘はつかんで良い」
「う、嘘じゃないです」
「顔に出過ぎだ。お嬢様に迷惑をかけたくないなら、その癖は直した方がいいぞ」
「き、気をつけます」
言葉を発して、思ったよりも拗ねたような口調になってしまい恥ずかしくなった。しかし、シャールさんはそんなことはお構いなしにサンドウィッチを一つ私へ差し出す。
「ほら」
「いや、いや、いいですよ。それ、シャールさんのものでしょう?」
「勘違いするな。昼飯を食べてないような奴に稽古をつけたくないだけだ。これも訓練と思って黙って食え」
「あ、ありがとうございます。本当に‥‥‥」
サンドウィッチを有り難く受け取ると、シャールさんの隣へ座る。パンは、パサパサだし、中身だってあまり入ってはいない。店で売っているような味では決してなかった。
でも、食堂で食べる料理よりも何百倍も美味しく感じるのは何故だろう。涙が出そうなほど、美味しい気がする。
その表情を見られたくなくて、私は俯く。
「‥‥‥不味いか?」
「‥‥‥いえ、その、凄く美味しいです」
「そうか、よかった‥‥‥明日から昼休憩は此処へ来い」
「稽古をつけてくれるんですか?」
「それもそうだが、どうせ食堂では食いずらいのだろう。なら、此処で食べれば良い」
「でも、食堂のものを此処へは持ってこれませんし‥‥‥」
「鈍い奴だな‥‥‥俺が作ってくると言っているんだ。凝ったものは作れないがな」
「幾らなんでも、其処まで迷惑かけられませんよ」
「迷惑なら、もうこれ以上ないくらいかけられてる。今更気を使うな」
「なら、食費は払わせてください」
「生憎だが、自分よりも弱い者から金を受け取る気はない。どうしてもというのなら、俺より強くなってみろ」
挑発するような笑みに、こちらも自然と口角が上がる。この人、こんな年相応な顔もするんだ。
「‥‥‥なってみせますよ。そうしたら、お金受け取ってくださいね」
「望むところだ」
この日から私たちは、昼食を一緒に食べるようになった。
ダリアは人を信じやすい。
 




