この屋敷の事情
シャールさんの過去。
ふっと、気の抜けたような笑い声が聞こえた。
「お前は、本当にこの屋敷の事情を知らないのだな。俺の話なんて、それこそ噂話で聞けるだろう‥‥‥まぁ、最近は俺の噂も減ったか」
「ごめんなさい、全然知らなくて」
「いや、いい‥‥‥別に隠している訳ではないし、お前には話しておいた方がいいかもしれないな」
何を話そうとしているのか、よくわからない私は「えっと」とだけ返した。シャールさんはそんな私の返事を気にすることもなく、淡々と話し出す。
「俺の父は用心棒をしていてな。仕事中に死んだんだ。俺が八歳の頃の話だ」
唐突に始まった家族の話は出だしから、予想外の展開で反応に困り、目を見開くことしかできなかった。でも、シャールさんは私に慰めの言葉を掛けてほしいわけではなさそうだった。
「母は、たいそう悲しんだ。だが、只悲しんでいても金は貯まらない。うちの家計は、収入源の父が死んだことで火の車だったからな。母は、俺を育てるために夜の仕事に就いたんだ。村でも有名な美人だったから、客もそれなりについたよ。そのおかげで、俺たちは何とか生活することができていた。そんな時だった、母の前に旦那様が現れたのは」
「旦那様!? それって、ペールン公爵のこと、ですよね? どうしてそこでペールン公爵が出てくるんですか?」
「急ぐな、最後まで聞け。兎に角、旦那様は何かの機会で村に来た。そこで、母と出会って‥‥‥母の一晩を金で購ったんだろうな」
「えっ?」
つまり、ペールン公爵はシャールさんの母親に夜の相手をさせたってことだろうか。
いや、待て、ペールン公爵が結婚したのは、シマキ様の年齢から考えて少なく見積もっても十年前。シャールさんは、確か十五歳って前に言っていた気がするから、八歳の頃となると七年前。となると、ペールン公爵は既婚者でありながら他の女性と関係を持ったということになる。
ペールン公爵の秘密を知ったような気がして、何故だか冷や汗が出た。
「次の日の食事が豪華だったことは、今でも記憶に残っている。母は、金を持った客が来て嬉しそうにしていた。だが、旦那様が来たのは、その一晩だけだった。それから二年後、俺が十歳の時、母は仕事のしすぎで倒れてそのまま死んだ。医者を呼ぶ金もなくてな、碌な看病もできずに俺一人で看取ったんだ。母は、俺の手を握って死に際にこう言ったんだ、私が死んだらペールン公爵の元を訪ねろ、ってな。身寄りのなくなった俺は、母の言う通りに必要なものだけ持って公爵の家へ向かった」
「家の場所を知っていたんですか?」
「母が何故か知っていてな。母がいつも持ち歩いていた鞄の中に、公爵家までの道のりが書かれた紙が入っていた。お陰で、迷うことなく家まで来れた。この家までたどり着いた俺は、門番に向かって言った。死んだ母から言われて、ペールン公爵という人間に会いに来たってな」
「それは‥‥‥」
「嗚呼、今ならわかるよ。いくら子供でも、そんな怪しい奴を門番が入れてくれるわけがない。当然のように、俺は門前払いを食らった。だが、そこで諦めるわけにはいかなかった。その時の俺には、帰る家もなければ金もなかったからだ。何としてでも、ペールン公爵とやらに会って面倒を見てもらわねば、野垂れ死ぬことは確定していたからな。門番相手に暴れまわって、公爵に会ってもらえるまで帰らないと居座ったんだ」
「門番相手に‥‥‥凄いですね」
「そうしないと、死ぬような状況だったからな。今なら、恐ろしくてそんなこと出来ん。そんな俺をお嬢様が、偶々見ていたらしくてな、面白そうだから入れてやれと門番に進言してくださったのだ」
「シマキ様が、ですか」
シャールさんが十歳ってことは、五年前。つまり、シマキ様が五歳の頃の話ってことか。シマキ様って昔から好奇心旺盛なんだな。
確か、私を雇ってくれた理由も、興味を持ったからだと言っていた。
「その時、俺はお嬢様に初めてお会いした。お顔を見て驚いたよ」
「そっくりですもんね」
「それもあるんだが‥‥‥それよりも俺の母にそっくりだったことの方が驚いたな。母が生まれ変わって俺に会いにきたんじゃ無いか、なんて馬鹿なことまで考えたくらいだ。まぁ、お嬢様も己に似た顔の俺を見て驚いただろうがな」
一瞬、頭の中がパニックに陥る。
「ち、ちょっと、ちょっと待ってください。どういうことですか?」
「そのままの意味だ。俺の顔とお嬢様の顔は、そっくりだろう? 中には、俺のことを旦那様の隠し子だなんて、いう奴もいるくらいだ。だが、それは違う。顔が似ているのは、単にお嬢様の顔と俺の母の顔が似ているからだ」
「信じられない。そんなこと、あり得るんですか?」
他人の空似とは聞いたことあるが、幾ら何でも似過ぎだ。これが本当の話だとしたら、シャールさんの顔を見る限り彼の母親は、相当シマキ様に似ていたということになる。
あれ?
ということはペールン公爵って‥‥‥。
「信じがたいと思うが、真実だ。その後、俺は母に似た子供の手筈で旦那様に会うことができた。現れた公爵は、本当に母を購った男だった。男は、事情は分かったが俺をこの家に置くことはできない、とそれだけを言いやがった。だから、俺は言ってやったんだよ」
ここで、シャールさんは一旦話を止めて私の耳元に口を近づけて、内緒話を打ち明けるように小さな声で囁いた。
「公爵は娘にそっくりな顔の女が好みなのですか、ってな」
まだちょっと続きます。




