炎上
初日なので、連続投稿します。
追記:誤字報告を頂きましたので、直しました。自分では全然気が付かなかったので、とても有難いです。
本当にありがとうございました。
寝室へと走る。
幸いまだ、火の手は此方までは来ていなかったため、寝室まではすぐに行けた。
でも、そこまでだった。
寝室は、もう火の海で、入り口も燃えた木材で塞がれていた。それでも、中のみんなはまだ生きていて、大混乱を起こしていた。
そんな中、包丁の持ち方を教えてくれていた先生だけが、私に気がつき手を伸ばす。
「ダリア、ちゃん、たすけ、て」
その声に、周りの子供たちも私の存在に気がつき、一斉に手を伸ばしてくる。
反射的に燃えた木材の隙間から、誰かの手を掴むと、皆んなが縋るように私の手を掴んで、引き摺り込もうとしてきた。剰りの力に、こちらに引っ張ることができず、私は引きずられるままに燃えた木材に顔と腕を押し当ててしまった。
最初、何が起こったのか分からなかった。
私の顔と腕は焼き印されたみたいに、ジュワッと音を立てて、
──焼けた。
「いやっ──あっ、ゔっあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
渾身の力で、掴んでいた手を振り払うと、そのまま元来た道を全力で戻った。
取り残された子たちの私に縋るような目を思い出す。私は、それが怖くて、怖くて仕方なかった。もうそこにいたくなかった。
後ろから、「待って!」という断末魔みたいな声が聞こえたけど、私の足は止まらなかった。
大丈夫、まだこっちまで火は、迫ってきてない。私は、生き残れる。私だけは、生き残れる!
私のみんなを助けるという気持ちは、もうこれっぽっちも残っていなかった。あるのは、自分だけが生き残るという気持ちだけ。
私が、家から飛び出した時、其処には火事に気がついた野次馬が既にいた。
家から飛び出てきた私を、野次馬たちは驚いたように見ていた。そのうちのひとりが、私に話しかけてくる。
「おい、嬢ちゃん。大丈夫か?」
「‥‥‥ま、まだ、まだ、人が、中に人がいるの!!」
「なんだって!?」
それを聞いた人たちは、先程よりも騒ぎだした。私は、その人たちの声も聞こえず、ただ呆然と火の手が周り燃え上がる家を見ることしかできない。
ここへ来て、私は漸く大変なことをしてしまったと自覚した。仲間を見殺しにして、唯一の家族を失ってしまった。自分が助かりたいがために‥‥‥。
焼けた頬に涙が沁みる。
泣いたってどうにもならないってわかっていても、涙を止めることができない。あれから何時間かして、火は消すことができた。もう朝方になっていた。
それでも、泣き続けている私に、警備隊のひとりが話しかけてくる。
「お前、この院の子供だな?」
「‥‥‥っ、はい」
「どうして、こんな火事になったんだ!」
「わ、わかりません」
「嘘をつけ! 自分で付けたんじゃないのか!」
「‥‥‥えっ?」
驚きで、絶えずに出ていた涙が止まった。この人は、私が放火したと言いたいのだろうか。
「そ、そんな。私、してません!」
「なら、なんでお前だけが生きているんだ」
「私、偶々外にいてそれで助かったんです!」
「偶々だと? こんな時間にか」
「星を見に行ったんです。本当にやってません!」
警備隊の大きな声に、周りの野次馬が反応して、こそこそ話している。
「あの子が犯人だっていうこと? 恐ろしいわ」
「家から飛び出してきた時からおかしいと思ってたんだ」
「恩を仇で返すなんて、罪深い子だ」
聞きたくない言葉が周りから聞こえてきて、思わず耳を塞ぐ。皆、私のことを軽蔑した目で見てくる。
私、本当に火をつけたりなんてしてないのに、どうして‥‥‥。
「騒がしいと思って来てみたら、大勢で女の子を虐めるのがそんなに楽しいのかしら?」
騒めいていた空気を一瞬で静ませるような、凛とした声が響く。私は、俯いていた顔を上げて、声がした方へと振り向く。
そこには、真っ黒い髪を靡かせた私と同じ歳位の女の子が、大人の女の人を伴わせて堂々と立っていた。如何にも高貴そうな女の子は、多分貴族だと思う。
だが、小さな女の子に諭された警備隊の男は、頭に血が上っているのだろう、そんなことはお構いなしとばかりに声を荒げる。
「なんだ貴様は! この子供は罪人なのだ。餓鬼は黙っていろ!」
「貴様、お嬢様に向かってなんて言葉遣いを‥‥‥お嬢様、処分の許可を」
女の子の後ろに控えていた女性が、すっと前に出て守るように言い放つ。そんな女性に女の子は、制するように微笑んだ。
「ここで、騒ぎを大きくするべきではないわ。警備隊の方が言っていることも、全て間違っている訳ではない。わたくしは、この件については部外者だから」
「しかし、お嬢様に無礼な態度を取った者を生かしておく訳にはまいりません」
「いいから、貴方は後ろにいなさい」
「‥‥‥わかりました」
女の子が強めに言うと、女性はあっさりと従った。そして、警備隊に向き直ると、ニコリと天使のような笑みを浮かべた。
「貴方、わたくしの言うことが聞けないかしら?」
可憐に小首を傾げた姿に警備隊の男は、暫し見惚れる。心なしか顔が赤いようにも見えた。
そして、次の瞬間には片膝をつき、頭を垂らし、許しを請うていた。
「とんでもございません。嗚呼、私は、なんて無礼なことを‥‥‥罰は何でもお受けいたします」
「ふふっ、いいわ、気にしないで。間違いは誰にでもあるから」
「嗚呼、何と慈悲深いお方。この御恩は一生忘れません」
警備隊の男は、それこそ地面に頭がつくのではないかと言うほど、頭を下げる。そこに先ほどまでの横暴な態度は全くなかった。
「それよりも、貴方はこの火事の原因を調べたほうがいいわ。小さな女の子を虐めることが、貴方の仕事ではないはずよ」
「ごもっともでございます。原因解明に全力を注ぎます」
「ええ、頑張って」
「失礼いたします」
警備隊の男は、そう言うとテキパキと指示を出して、焼け跡を調べ出した。
警備隊の余りにも変わりすぎた態度に、ぽかんとしてしまう。惚けたような私に、美しい女の子が近づき微笑んできた。
「貴方、随分責められていたみたいだけど、大丈夫?」
「あの、ありがとうございました」
「いいのよ、気にしないで。貴方名前は?」
「ダリア、です」
「いい名前ね」
「貴様、立って挨拶をしろ!」
「あっ、すみません」
私は、慌てて立ち上がる。そして、改めて頭を下げた。
「ラールック、この子はたった今、火事で全てを失ったのよ。そんな子に無理を言うもんじゃないわ」
女の子が、咎めるように言うとラールックと呼ばれた女性は私を睨みつけるように見ながら、「申し訳ございません、お嬢様」と謝罪した。
「ごめんなさいね、ダリア。これは、メイドのラールック。気難しい女だけど、とても優秀よ。信頼しているの」
その言葉にラールックさんは、誇らしそうに鼻を鳴らした。
「そして、わたくしはシマキ・ペールン。よろしくね、ダリア」
美しく微笑んだシマキ様を見て、私はあの時と同じように頭の中に大量の情報が入ってくる感覚がした。処理が追いつかず、ふらついた私をシマキ様が支えてくれる。「大丈夫?」心配そうに微笑むシマキ様を見て、私は説明書の立ち絵を思い出し、唐突に理解した。
ここは、私が前世で遊んでいた乙女ゲームの世界だと言うことを‥‥‥
そして、シマキ・ペールンとは、ゲームの悪役令嬢と同じ名前だった。