わたくしに相談して
すみません、今日も遅くなりました。
お茶会が終わった後、シマキ様は私に笑いかけて部屋へ下がって行った。てっきり怒られるものだと思っていた私は、何も言わないシマキ様に酷く困惑した。
だからといって、何もしないと言うわけにもいかず、私は後片付けに集中する。三つのティーカップを片付けながら、改めて自分のしてしまった失態を思い知る。あの時、シマキ様が庇ってくださらなかったら、問答無用でこの家を追い出されていた。
いや、もしかしたら侯爵令嬢暗殺未遂で死罪になっていてもおかしくなかった。
そう思うと、手の震えが止まらない。
私は、死んでいたかもしれなかったのだ。
すると、奥からラールックさんが出てきて、私の直ぐ隣に立った。その顔は、笑顔なんかじゃなくって、私のよく見慣れた無表情だった。
「貴方、やってくれましたね。エルンマット侯爵令嬢が、いちごアレルギーなのは有名な話。それを調べもせずに、お出しするなんて、訴えられてもおかしくない案件ですよ」
この人、何でもないような顔で、全ての罪を私に押し付ける気なのか。
「それに加えて、お嬢様に助けていただくなんて、恥を知りなさい! この役立たずが!」
信じられない。
確かに私の確認ミスでもあった。私が悪いところもある。
だが、元はと言えばこの人が言い出したことじゃないか! 私は、下手したら殺されていたのかもしれなかったんだぞ。
なのに、此奴‥‥‥恥を知るのはお前の方だ。
こんなに、憎いと思ったことはいままで一度もなかった。普段の私なら、何も言い返すこともなく謝っていただろう。でも、この時の私は自分が命の危機に晒されたこともあって気が立っていたのだと思う。
気がつくと、口が動いていた。
「‥‥‥貴方が、貴方が言ったんじゃないですか」
「何をです?」
「惚けないでください! 元はと言えば、エルンマット侯爵令嬢がいちご好きと言ったのは貴方でしょう」
私は、俯いていた顔を上げてラールックさんと目を合わせた。彼女は、私が言ったことを一ミリも気にしていないような顔で、ため息を吐いた。
「自分の失敗を人のせいにするつもりですか。貴方って人は、顔だけでなく中身まで醜いのですね」
怒りで体が震えたのは、初めてだった。
「醜いのは貴方でしょう! 私を騙して、楽しかったですか」
「何処までも卑しい子。大体、料理人にいちごのクッキーを作るように指示したのは貴方でしょう。なんなら、確認してきましょうか」
「そうするように言ったのは、ラールックさん、貴方じゃないですか」
ここで、ラールックさんはにっこりと笑った。
「そんな話、誰が信じるのです?」
いつのまにか、私たちの周りには使用人が何人か集まっていた。周りでひそひそと皆んなが、呆れたような顔で話し合っている。
「ラールックさん、可哀想。血の悪魔に失敗を押し付けられてる」
「失敗を人のせいにするなんて、本当に卑しい子」
「これだから、平民は嫌いよ」
「今回の件が問題になって、追い出されれば良いのに」
嗚呼、私の周りに味方なんて一人もいなかった。
ラールックさんは、相変わらず勝ち誇ったような笑みを浮かべている。その顔が、本当に憎たらしかった。
「貴方の顔は、その布では隠し切れないくらい本当に醜いですね」
唐突に脳裏にシマキ様が思い浮かんだ。会いたい、いた直ぐに会いたい。
そう思った時、私は会場を飛び出していた。
後ろからは、くすくすと嘲るような笑い声が聞こえた。
あの後のことを私はよく覚えていない。でも、気がついたらシマキ様の部屋にいて彼女に抱きついていた。涙は出なかったが、兎に角悔しかった。
シマキ様は、そんな私を咎めることもなく話を聞いてくれた。
「本当に、私、ラールックさんに言われたのに、誰も信じてくれなくて」
「それは、さっきも聞いたわ。わたくしは、貴方のこと信じるわよ。それに、最初からラールックの仕業じゃないかと思ってた」
「本当ですか!?」
「えぇ、ストロベリーティーは分かりにくい所に置いてあるのよ。そんなものを、新人の貴方が態々出すはずがない‥‥‥誰かが唆したりしない限りね」
そうして、シマキ様はあやすような笑顔を見せて、私の右頬を撫でた。
「大丈夫、わたくしは何があろうと貴方を信じているわ。でも、今回はラールックにやられたわね。料理人に伝えたのが貴方となると、ラールックに指示されたということを証明する人がひとりもいない。立証するのは、可成り難しいでしょうね」
「‥‥‥そう、ですよね」
「そんなに落ち込まないで。わたくしの方で、ラールックにそれとなく注意はしておくわ。今回のことは、下手すればエルンマット侯爵家を敵に回すことになった案件だもの」
「すみません」
「次から気をつければ良いわ。でも、これに懲りたなら、今度からはわたくしに何でも相談すること。隠し事はなしよ。それから、ラールックを安易に信用しないこと。あの子、貴方を相当憎んでるわ」
「これからは気をつけます。シマキ様にも隠し事はしません」
「それで良いわ。でも、わたくしもラールックがダリアを陥れるために、お客様に害を与えようとするなんて思わなかったわ。わたくしの警戒心も足りてなかったわね。ごめんなさい」
「シマキ様が謝ることありません。本当に私が悪いんです。すみません」
「なら、もうお互い謝るのはやめにしましょう。この話はこれで終わり。今日はもう寝たほうがいいわ。初めてのことばかりで疲れたでしょう」
「は、はい」
そう言われれば、単純な私の体は直ぐに眠気を覚えた。一気に目が閉じそうになるのを寸前で耐える。
そんな私をおかしそうに見たシマキ様は、ベッドに寝転ぶと私の手を引いて隣へ寝かせた。
「もう寝なさい。嫌なことは寝て忘れるのが一番よ」
シマキ様の優しい声と、体温に包まれて悲しみも忘れた私は簡単に眠ってしまった。
翌日には、血の悪魔がお茶会での失敗をラールックさんに押し付けようとした、という噂が屋敷中に広まっていた。
報連相が大切。