認められた?
フェイスベールを付けての生活。
シマキ様からプレゼントを貰ってから何日か経ち、最初は気味が悪そうに見ていた同僚たちも幾分か慣れたようだった。
そりゃあ、顔の半分以上を隠しているんだもの、驚くのは当たり前だ。
でも、それがシマキ様からの贈り物だという噂が広がると、皆んな私の顔──正しくは私の顔についているフェイスベールだけど──を羨ましそうに見るようになった。
だから、私はこのフェイスベールだけは洗濯には出さず、自分で手洗いしていた。盗られてしまうかもしれないし、シマキ様からの贈り物と知っていれば、そんなことしないと思うが、もしかしたら壊されてしまう可能性だってあったからだ。
というのも、何回かに一回、出したものが返ってこなかったり壊されていたりしたことがあった。私と常に一緒にいるシマキ様も、そのことはご存知で、注意をして下さったこともあったが、同僚たちの私への憎悪は強いらしく、改善されることはなかった。最初は、悲しくて無くなったものを探そうと洗濯部屋へ行ったりしたが、その度にくすくすと笑われて更に惨めな思いをした。だが、もうこの屋敷に来てあと少しで、二ヶ月経とうとしているいまとなっては、だんだんと慣れてきて、最近ではまたかとしか思わなくなった。
初めて、来客者への給仕の話が来たのはちょうどその頃だった。
その日は、朝起きて、ここ二ヶ月で通い慣れたラールックさんの部屋を訪ねた。部屋を訪ねると、いつもは今日の業務の予定だけを話すラールックさんが、椅子に座るようにと言ってきた。この部屋で、椅子を勧められたことは初めてだったから、まずそれに驚いた。
「来週、お嬢様の元にリム・エルンマット侯爵令嬢がお越しになります。お嬢様と昔から仲の良い御令嬢ですから、粗相の無いようになさい」
「あの、それって、私が‥‥‥エルンマット侯爵令嬢の給仕をしても良いということでしょうか?」
「貴方ひとり、というわけではありませんよ。勿論、私も補佐につきますが、貴方が責任者となりやって頂きます。お茶の出し方は、いつも私がやっている通りにやれば良いですから」
「は、はい! わかりました」
それって、私のことを認めてくれたということかな。
ラールックさんは、厳しい人で外部の方と接する、来客者への給仕は完璧な状態にならないと出すことはできないと此処二ヶ月は、ラールックさんの補佐をすることが常だった。お茶の出し方は直接教わっていないが、見て覚えろということだろうと解釈してシマキ様にお出しする時は、それを意識して出していた。
見かねたシマキ様が、毎回気になるところを教えて下さり、今ではシマキ様も何も仰らなくなったので、最初の頃よりはまともになったのだろう、と思う。
私は、そんな苦労が認められたんだと凄く嬉しかった。
この仕事だけは、何があろうと失敗できない!
「粗相のないように、精一杯頑張ります!」
「‥‥‥そうですね。貴方は此処二ヶ月、凄く頑張っていますし、リム・エルンマット侯爵令嬢への給仕をするにあたり、大切なことをいくつか教えてあげましょう」
頑張っている、そんな風にラールックさんに言われたのは初めてだ。
「は、はい! ありがとうございます」
「あの御令嬢は、大のいちご好きで有名な方です。ストロベリーティーをお出しすると、とても喜びますよ」
「そ、そうなんですか。私、全然知りませんでした」
「貴方は平民ですから、知らなくても仕方ありませんよ。そうですね、当日の茶請けはいちごのクッキーにしましょう。料理人に、伝えておいてください」
「はい!」
「この二つを用意しておけば、まず間違い無いと思います」
「何から何まで、ありがとうございます」
「私は、頑張っているダリアが、失敗してしまうことが嫌なだけですから。この仕事を成功させて、皆んなに一人前だと認めてもらいましょう」
ラールックさんは、目を細めて朗らかに微笑んだ。この屋敷に来て、怒った顔か無表情しか見たことがなかったので、私はこの顔に凄く驚いた。ラールックさんも笑うんだ。
「そうだ、このことは、お嬢様には内緒ですよ」
「このことって‥‥‥お茶とお菓子に何をお出しするかってことですか?」
「えぇ、そうです。秘密にしておいて、当日驚かせましょう。お客様の好きなものをお嬢様に相談もなくお出しすれば、貴方がメイドとして成長したと認めてくれるでしょう」
「わ、わかりました!」
シマキ様に、成長した姿を見せて安心していただきたい。いつも心配ばかりかけるから、この仕事をきっかけにして認めていただきたい。
その後、ラールックさんはストロベリーティーの場所も教えてくれ、料理人にいちごのクッキーを作るように伝えるところも影から見守っていてくれた。
ラールックさんには、嫌われていると思っていたけど、頑張っているところはよく見ていてくれる人なのかもしれない。嬉しそうに上手くいきそうですね、と言ってくれた。
「そういえば、リムへの給仕を任されたそうね」
「はい! そうなんです。初めて私が責任者に選ばれたので、上手くできるか今からドキドキしているんですけど」
「大丈夫よ。貴方、最初の頃よりも格段にお茶出しは上手くなっているわ」
「本当ですか!」
「そんなことで嘘はつかないわ。でも、貴方が責任者なら、お茶とかお菓子とかも貴方が決めるのよね? わからないことがあるなら、わたくしに相談して。リムの好みは、心得ているわ」
そう言われて、私はやっぱりシマキ様に相談した方がいいかもと少しだけ思った。でも、いつまでもシマキ様に頼りきりじゃいけないと思い直して首を横に振った。
ラールックさんの言う通り、シマキ様に頼らずとも出来るんだというところを見て欲しかった。
「いえ、今のところは‥‥‥ラールックさんも協力してくれていますから」
「‥‥‥そう、なら良いのだけど」
スッと目を細めたシマキ様は、何故か笑っているのに少しだけ怖かった。
それから、シマキ様は、この件について何一つ聞いてくることは無くなった。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
準備からまた何日か経ち、当日になった。
今日の十四時に、エルンマット侯爵令嬢がお越しになる。この日のために、ラールックさんとずっと準備してきたから大丈夫だと思うけど、どうしたって緊張する。お茶などは、もう準備を終わらせていちごのクッキーも焼きたてのものを、お皿に乗せてある。
私は、ひとつひとつ指を差しながら何度も確認をしてから、正門の方へ向かってお客様を待った。其処には、既にラールックさんを始めとした何人かのメイドたちが待っており、私はまた緊張してしまう。私の顔を見たラールックさんが、此方へ寄ってきて、とんとんと肩を叩くとにこりと笑った。
「ダリア、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。あれだけ練習したのですから」
「そうなんですけど、どうしても緊張してしまって」
「そうですね。私も初めの頃は、緊張したものです。昨日は、よく眠れましたか?」
「それが、あまり眠れなくて」
「無理もありません。ですが、裏方は我々に任せてください。貴方は、お茶をお出ししてお嬢様方の要望に、お応えすればいいだけですから。わからないことは、なんでも私に聞いてください」
「あ、ありがとうございます」
朗らかに話している私たちを見て、他のメイドたちが何かを話し合っているようだった。
その顔は、一様に驚いていた。
驚くのも無理はない。だって、つい最近まで私とラールックさんの関係は最低限の事務的な会話しかしておらず、こんな風に私を励ますようなことを言うことはなかった。
この仕事が決まってから、こんな風に少しだけ優しくなったのだ。私はそれを、認めてくれたが故の優しさと解釈していた。
そうこうしているうちに、馬車のごろごろという独特な音が近づいてきて、エルンマット侯爵令嬢が現れたことを告げた。
「お待ちしておりました、エルンマット侯爵令嬢。中庭の席にご案内いたします。シマキ様をお呼びいたしますので、少々お待ちください」
「えぇ、早くしてちょうだいね」
ミルクティーのような、綺麗な髪をツインテールに纏めた可愛らしい顔立ちの御令嬢は、綺麗な笑みを浮かべて、目線だけを私に向けた。
大丈夫、ご挨拶は上手くいった。
いよいよ、本番が始まる。
明日は、お仕事回。
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