赤いダリア
プレゼントの中身。
黒い布を手に取り広げると、布には紐のようなものがついていた。用途の想像がつかない物に首を傾げる。
「これは‥‥‥ハンカチですか?」
「そう見えるかもしれないけど、違うわ。これはフェイスベールと呼ばれるものよ」
「フェイスベール?」
「えぇ、顔の目から下を隠すベールよ。貴方、右頬の傷のこと気にしていたでしょう? 街に行った時もずっと俯いてた。お節介だと思ったけど、綺麗な顔してるのに俯くのは勿体無いわ」
「シマキ様‥‥‥」
嬉しかった。街での私の様子に気がついてくれて、こうしてプレゼントまでくれた。その心遣いが何より嬉しかった。
「本当にありがとうございます。凄く嬉しいです」
「それは、よかったわ。あのね、それわたくしが作ったから‥‥‥その、あまり綺麗じゃないかも」
「えっ!? これ、シマキ様の手作りだったんですか」
「えぇ、恥ずかしいけどわたくし、あまり裁縫の腕はよくなくて」
「そんなことないです! 私、市販の物だと思ってました。凄く綺麗です」
シマキ様は、恥ずかしそうに顔を赤くしているが、本当にフェイスベールの仕上がりは繊細で市販の物のようだった。これで、裁縫か苦手とは、末恐ろしい。
「ありがとう、ダリアは優しいのね。実は、前に街へ行った時、美容室で買った生地を使って作ったのよ。あの美容室、風変わりで、裁縫道具とかも売っているの」
「あっ! あの時、秘密って仰っていた買い物はそれだったんですね」
美容室を出た時、シマキ様は何かを買った様子だったが、何を買ったのかは教えてくれなかった。不思議に思っていたが、真逆、それが私へのプレゼントなんて想像もしていなかった。
シャールさんを紹介された時も思ったが、シマキ様は案外サプライズが好きなようだ。
大人っぽく見えて、時たま見せるお茶目なところが、私は大好きだった。
シマキ様は、私の手からフェイスベールを取ると私の顔に付けてくれた。私の目から下は、黒く肌触りの良い布に覆われて少しだけ擽ったい。
「わたくしは、赤色にしたかったのだけど‥‥‥やっぱり店員の言うことを聞いて正解ね。赤髪には、黒が映える。それに、黒ならどんな服にも合わせやすい」
「私、黒色大好きです。落ち着いた色ですし、それに‥‥‥」
それに、シマキ様の瞳の色だ。
「それに?」
「えっと、あの、そうだ。この刺繍、赤いダリア凄く気に入りました。私の名前に因んで付けてくださったんですよね」
流石に、恥ずかしくて正直には言えなかった。だから、慌てて刺繍の話をしたけど、これも嘘ではない。この刺繍が気に入ったのもまた事実だ。
「この刺繍も、わたくしがやったのよ。どうしても、つけたかったの。赤いダリア、花言葉は華麗。貴方にぴったりの名前だわ」
「私には、似合わない名前です」
物心ついた頃からずっと思ってた。美しい花と私の名前が同じなんて、烏滸がましいと。
それは、あの孤児院全焼の件で、もっと思うようになっていた。私には、ダリアという名前より血の悪魔という名前の方がよほど似合っている。皆んなを見捨てた私に、この美しい名前は似合わない。
血の悪魔と呼ばれて、悲しい気持ちもあったが、どこか納得したような気持ちがあったのもまた事実だ。
「そんなことない。誰がなんと言おうと、貴方は綺麗よ‥‥‥血の悪魔なんかじゃない」
「私には、そっちの名前の方が合ってる気がします。孤児院が燃えた時、私は皆んなを‥‥‥見捨てたんです」
あの時、助けを求めてきた子供たちを私は置いて建物から出た。あの子たちは、いまの私の恵まれた状況を見たら、どう思うのだろうかと時たま考えることがある。
「それでも、貴方が放火したわけじゃない。血に飢えた悪魔なんて、所詮は噂よ」
「いいえ、私が殺したようなものです」
シマキ様は、悲しそうな顔をすると私の手を握り、真っ黒な目を合わせてきた。夜の闇のような静かな瞳だった。
「今日、警備隊から連絡があったの。貴方の孤児院の出火原因がわかったそうよ。火元は、暖炉。貴方たちが寝室にしていた部屋にあったものよ。ダリア、自分を過信しないで。貴方が行っても行かなくても、あの子たちは助からなかった」
「‥‥‥わかっているつもりではいるんです。私が行ったところで、誰一人助けられなかったって。でも、楽しいこととか嬉しいことがあると偶に思うんです。この体験は、本当は私じゃない誰かのものだったかもしないって。本当は、私が死ぬべきだったのかもって」
シマキ様は、そっと私を抱きしめてくれた。そして、本当に本当に悲しそうな声で請うように言った。
「お願いだから、そんな悲しいこと何でもないように言わないで」
そんな風に言われると、何だか自分が特別な存在のように思えて、心がふわふわと軽くなるような不思議な気持ちになった。
火元がわかりました。
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