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血の悪魔

お出かけの翌日。

街に出かけた翌日、私はシマキ様から命じられてペールン公爵家の護衛騎士が集う部屋へと来ていた。今日から剣術の師が変わったため、此処までシャールさんを迎えに来たのだ。

シマキ様に言われた通りの場所に部屋はあった。此処まで、迷子にならずに来られたことに自分で驚く。

だが、私は部屋の前で入ることを躊躇し、突っ立っていた。

何故かって、それは‥‥‥


「それにしても、シャールも血の悪魔のおもり任されて大変だよなぁ」


護衛騎士団の部屋で、私の悪口が言われているからだ。

「血の悪魔」というのは、私のあだ名だ。これまでも度々、同僚たちにそう呼ばれることがあったから知っていた。


「自分を育ててくれた孤児院を燃やして、皆殺しにしたんだってなぁ。正しく血に飢えた悪魔の所業だ。おまけにお嬢様に取り入って専属メイドになるなんて、いやぁ本物の悪魔はやる事が違ぇよなぁ」


どうしてだか、この家で私は放火犯となっていた。孤児院が燃えたあの日、あの場にいたのはシマキ様とラールックさんだけだ‥‥‥誰が広めたかは、考えなくてもわかる。


「お前も精々、殺されねぇようにすることだ」

「ご心配頂きありがとうございます。ですが、私は、あの者にやられるほど柔な鍛え方をしていませんので」


騒がしい部屋でガタンと椅子を引く音がする。


「では、私はこれで」


半開きになっていた扉がいきなり開いた。

私は、突然のことにビクッと大袈裟に肩を震わせてしまう。出てきたシャールさんは、そんな私を気にすることもなく「遅刻だ」とだけ言った。

そのまま、通り過ぎて行った背中を慌てて追いかける。


「先程の話、気にすることはないぞ」

「先程の話、ですか」

「血の悪魔だとか言う話だ。聞いていたのだろう」

「し、知ってたんですか」

「気配でわかる。まぁ、あの部屋の者たちは気がついていなかったがな。昔から上辺しか見てないような連中だ。お前の噂も何処まで信憑性のあるものかわからん」

「あの、もしかして‥‥‥慰めてくれているんですか?」

「勘違いするな。俺は、自分で見たものを信じたいだけだ」


無表情だけど、そこには隠しようもない思いやりの心が見えた。初対面の時に怒鳴られたから勝手に怖い人なのだと思っていたが、もしかしたら優しい人なのかもしれない。


「‥‥‥ありがとう、ございます」

「お前のためではない。余計なことは考えずに、はやく稽古するぞ」

「はい!」


足が軽くなった心地がした。










「なるほどな」


訓練場となっている広い庭で、私は剣を掴めないことを話した。前世のことは一切話さず、原因はわからないが生まれつき刃物が怖いとだけ話したが、シャールさんは理解してくれたようだ。


「怒らないんですか?」

「怒ったところで、どうしようもないだろう。仕方のないことで怒鳴っても時間の無駄だ。それよりも、対策を考える方がいい。物は試しだ。少し待っていろ」


それから、数分で戻ってきたシャールさんの手には、木刀が握られていた。


「一度、これが持てるか試してみろ」


ずいっと渡された木刀は、驚くほどすんなりと掴めた。前世も含めて木刀なんて持ったこともないのに、妙な懐かしさすら感じる。


「どうだ? 待てないようなら、他の策も考える」

「いえ‥‥‥持てます」

「そうか、よかった」


そう言ったシャールさんは、私の前で初めて笑った。それは一瞬だったが、心底安心したような笑顔だった。その顔が益々、シマキ様に似ていて見惚れてしまう。


「呆けている時間はないぞ! まずは、俺の真似をしてみろ」

「は、はい!」


シャールさんは腰の剣を引き抜くと、素人の私でもわかるような見事な素振りをして見せた。

私も見様見真似で、木刀を振るが、これが中々重くて扱いにくかった。それでも、振ることはできた。


「お嬢様から聞いた通り、中々筋が良い。訓練すれば、強くなれるだろう」

「シマキ様が‥‥‥」

「嗚呼、物覚えが良いとな。文字の読み書きも殆ど出来る様になったんだってな。あれは、いざ勉強しようと思うと中々に困難だ」

「シマキ様の教え方が上手なんです」

「それは一理あるな。あの方は、なんでも出来る。だからこそ、お前もあの方に釣り合う人物になるよう心がけるんだ。それこそ、周りから文句を言われることのない完璧な人間になれ」

「それが、私を守ることになるから?」


私は無意識に口にしていた。自分でも何故、そう返したかはわからない。シャールさんは、真剣な顔で「そうだ」と一度頷いた。


「それが分かっているなら容赦はしない。今日からは、厳しくお前を育てよう」

「よ、よろしくお願いします!」


深々とお辞儀すると、覚悟が決まったような気がした。



◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉



あの後、ひたすらに素振りをさせられて、慣れない動作に腕はパンパンだった。完全なる筋肉痛だ。寝る準備をして、シマキ様の隣に座った時には疲れから眠くて仕方なかった。


「今日はどんな一日だった?」

「シャールさんに剣術の稽古をして頂きました」


シマキ様は毎日、気遣うように今日起こった出来事を聞いてくれる。


「それで?」

「シャールさんは、怖い人だと思っていましたけど誤解でした。凄く暖かい人です」

「そうね。あの男は、人を身分で区別したりしないから。わたくしに魅了されているけど、護衛対象としか思っていないわ。それ以上でも以下でもない。ラールックみたいにわたくしを崇拝していないから、接しやすいのよ」

「はい、顔の傷のことも何も聞かないでいてくれました。それに‥‥‥私に対する嫌悪感も感じられませんでした。他の人と同じように扱ってくれて、嬉しかった」

「貴方にシャールを紹介して正解だったみたいね」

「シマキ様のおかげです」

「貴方が嬉しそうで何よりだわ」


二人で笑い合うと、シマキ様は不意に思い出したようにベッドサイドの引き出しから包みを取り出した。リボンがついた包装紙は、まるでプレゼントのようだった。


「これ、いつも頑張っている貴方に」

「私に、ですか?」

「えぇ、気に入ると良いのだけど」

「開けてみても?」

「好きにして」


プレゼントなんて、現世では一度も貰ったことがないから、凄くドキドキする。綺麗な包み紙を剥がすのがもったいなくて、破れないようにゆっくり剥がした。

そして、現れたのは黒地に赤いダリアの刺繍が入った布だった。

シャールさんは、皆んなを平等に扱いたい人。

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