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虚な顔

買い物パートの続きです。

一通りの買い物を終えて、日が落ち始めると帰ろうという雰囲気になった。シャールさんが、馬車を呼びに行くために、私たちから少しだけ離れた時、揺ら揺らと明らかにおかしな歩き方をしている男と目が合った。


──合ってしまった。


その男は、次いで私の隣を見ると、はっとした顔をして近づいてきた。その際も道行く人と何度もぶつかりながら、それでもそれを気にすることさえ無く只ひたすらにシマキ様の方を見つめている。


その虚な顔に、前世のストーカー男が脳裏に浮かぶ。


まずい、あの顔は良くない。

シマキ様を守らないと、そう思えば思うほど、身体はどんどん動かなくなっていく。

遂に、男がシマキ様の前へ来てしまった。その男は、シマキ様の前へ跪くと騒ぎ出した。


「シマキ様、シマキ様! 私のことを覚えていらっしゃいますか?」

「‥‥‥嗚呼、ごめんなさい。覚えがないわ。わたくしたち、急いでいるから失礼するわね」


シマキ様は、男に毅然とした態度を示すと私の手を乱暴に取り、その場を離れようとした。しかし、男はそれを認めないとばかりに跪いたままシマキ様の足に縋りついた。


「お待ちください! 覚えていないはずがありません!」

「‥‥‥そう言われてもねぇ。覚えていないものは覚えていないのよ」

「そんな‥‥‥夜会で目が合ったではありませんか! 私は、それから一秒たりとも貴方を忘れたことなどなかったのに!」


男の喧騒に私は思わず転んで、尻餅をついてしまう。


「ダリア──ッ!」


私が転んだ衝撃で手を繋いでいたシマキ様も、つられて尻餅をついてしまう。私は、シマキ様のことを気遣うこともなく目の前の彼女の腕に縋り盾のようにしてしまう。前方の狂った男、後方の縋り付く私によってシマキ様は立つこともできなくなってしまった。それが分かっていても、私は腕を離す事ができない。そのうちに痺れを切らした男が、恍惚とした顔をシマキ様に寄せる。


「嗚呼、シマキ様っ、シマキ様、美しい‥‥‥」


その時、カシャンという軽い音が鳴り響き男の首元に剣が突きつけられた。


「無礼者、今すぐお嬢様から離れろ」

「シマキ様、シマキ様、シマキ様!」

「正気を失っているな」


シャールさんは心底軽蔑した目を向けると、男の肩を躊躇なく切った。男が痛がっている間に

男の肩を蹴り上げて、素早くシマキ様から突き放す。


「あ、嗚呼、シマキ様! 私のシマキ様!」

「饒舌なことだ‥‥‥舌を切った方が早そうだな」


シャールさんが男の舌を切ろうと、男の切れた肩を掴んだ時、シマキ様が止めるようにシャールさんの裾を引いた。


「そこまで、大事にする必要はないわ。後は、警備隊に任せましょう」

「お嬢様が、それで満足ならば」


シャールさんは、男の首を掴むと騒ぎを聞きつけてやって来た警備隊に引き渡した。男は、最後の最後まで「私のシマキ様!」と妄言を吐き続けていた。

事が収まっても、私は腰が抜けたように立ち上がる事ができなかった。そんな私を気遣ってシマキ様がしゃがみ込んで背中を摩ってくれる。ご自分の方が怖かっただろうに、私を気遣ってくれるシマキ様に言いようもない情けなさを感じた。

すると、シャールさんが立ち上がれずにいた私の胸ぐらを掴んで無理やり立ち上がらせる。


「えっ!?」

「どうして、お嬢様を守らなかった!」

「あっ、ごめ、ごめんなさい」


いきなり怒鳴られて、咄嗟に謝る。私の怯えた顔を見たからなのかシャールさんが一瞬、苦虫を潰したような顔をした。


「謝って済む問題ではない! 俺が居なかったらどうなっていたことか‥‥‥お前は、お嬢様の護衛も担っているのだろう。いざという時に守れなくてどうする!」

「シャール、あまりダリアを虐めないで。彼女はまだ修行中なのよ。大目に見てあげて」

「御言葉ですが、甘やかすことは優しさではありません。彼女が今後、お嬢様の専属メイドとして生きていくならば周りから認められるような能力を付けてやらねばなりません。それが、彼女のためというものです」

「‥‥‥あら、随分と知ったような口を聞くのね」


シマキ様は、酷く冷たい目をしてシャールさんを見つめた。その目が、まるでゲームの時の人を虐げて喜ぶシマキ様みたいで嫌だった。

その目をやめて欲しくて、私は怒られていることも忘れて、シマキ様の手を握りしめると優しく握り返してくれた。でも、その表情は変わらなかった。


「‥‥‥彼女の境遇は、多少ならばわかりますから」

「なら、話は早いわね。現在、ダリアの稽古はラールックが担当しているわ。でも、この通り上手くいっていなくてね。明日から貴方がダリアの稽古を担当なさい」


予想もしていなかった提案に、私はもちろんシャールさんも驚き目を見開いていた。


「‥‥‥お嬢様のご命令ならば」

「ダリアもそれでいいわよね?」

「‥‥‥はい、シマキ様が仰るのなら」

「じゃあ、決まりよ! シャール、よろしくね」


シャールさんは特に文句を言うことなく、仰々しく一礼した。私は少し不安に思いながらも、やけに機嫌の良さそうなシマキ様に、シャールさんと同じように何も言わなかった。

シャールさんは、命令に忠実。

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