街へ
楽しいお出かけ
初めて訪れた街は何処もかしこも目新しいもので溢れかえっていた。王都ということもあってか、歩いている人々にも華やかさがあった。私がいた孤児院の片田舎とは大違いであることが一目で分かる。
「うわぁ〜」
「やっぱり連れてきてよかったわ。まだ、店にも寄ってないのに、こんなに楽しそうなんだもの」
「あっ、すみません」
「謝ることないわ。わたくしも貴方がいるだけで楽しいから。まずは、そうねぇ‥‥‥服屋に行きましょう。貴方は、服が少なすぎるわ。お金は持ってきたわよね?」
「は、はい!」
つい数日前、初任給が出たばかりだ。贅沢できるほどではないが、普段着を何着か買えるくらいには頂いた。お金が入った鞄は、肩にしっかりと掛けてきた。
興奮を抑える様に、ショルダーストラップを握りしめていると、微笑ましそうな顔をしたシマキ様と目が合い少し恥ずかしくなってしまう。シマキ様は、私の手を握り迷いなく歩くと簡素な木造の建物の前で止まった。どうやら、目的地についたようだ。
シマキ様が、躊躇なく店への扉を開ける。
からんからんと軽いベルの音が鳴り響いた。それを聞いた店の主人と思われる老人が奥から出てきて、シマキ様の姿を見て細い目を少しだけ開いた。
「‥‥‥いらっしゃいませ。今日は、どのようなものをお探しですかな」
「普段着を見繕いたいの」
「差し出がましいようですが、貴方様のような方が満足できる洋服は此処にはありません。此処は、この店の外観と同じで簡素なものしか置いてありませんのでな」
「わたくしじゃないわ。服を買うのはこの子」
そう言って、私の背中を押して老人の前へと出した。いままで、シマキ様のことしか目に入っていなかった老人は、私の顔の火傷を見てまた驚いた顔をした。次いで、私の全身を見て貴族ではないと判断したのだろう。「ごゆっくりどうぞ」とだけ告げて奥へと戻って行った。
矢張り、どれだけ質の良い服を着ていても、髪の乱れや手の荒れ具合で貴族ではないと直ぐにわかるようだ。
「初めて入った店だけど、面白そうな所ね。ご主人の許しも出たことだし色々見せてもらいましょう」
「そうですね」
「ねぇ、ダリア、これ! これなんてどうかしら? 貴方に似合いそうだわ」
そう言って手に取った服は、赤色に黒のチェック柄のワンピースだった。
「シマキ様は、赤がお好きなんですか?」
「えぇ、大好きよ」
「そう、なんですね。では、これにします」
値札を見て買えそうだと判断した私は、シマキ様に勧められるままに商品を買うことにした。その後もシマキ様は頻りに赤い服を勧めるので、その通りに商品を選んでいたら、結局全て赤い服だけになってしまった。似合うだろうかと不安に思っていると、「貴方には赤が似合うわ」とシマキ様が言ってくれたのでそれを信じることにした。
赤い服を三着買って店を出た私を、シマキ様は次に美容室へと連れて行ってくれた。お洒落な内装に圧倒されて呆然としている間に、美容師とシマキ様はどんどんと話を進めて、気がついた時に私の長くて無造作に放置されていた髪は綺麗に切り揃えられていた。
左右の横髪だけは肩の辺りまで長く、後ろにいくにつれて短くなっていくような髪型は似合うかどうかは別として、妙にしっくりときた。
無くなった髪を確かめるようにして、頭を触っているとシマキ様が横まで近寄って来て鏡越しに笑った。
「あら、思った通り、貴方にはこの髪型が似合うわ。勝手に決めてしまったけど、気に入ってくれたかしら?」
「は、はい。不思議なことに違和感がありません」
「‥‥‥そう、よかったわ」
店員にお金を支払おうとしたシマキ様を止めて、私は鞄の中からお金の入っている茶封筒を取り出した。
「私が払います」
「いいの。わたくしが勝手にやったことだから、払わせてちょうだい」
有無を言わさない態度に、あまり遠慮しても逆に失礼な気がして厚意を有り難く受け取ることにした。
「あ、ありがとうございます」
「それじゃあ、お金を払ってくるから、貴方は先に出ていて。シャール、ダリアのことよろしくね」
「お嬢様の護衛として、貴方から離れることはできません。我々も付いていきます」
「いいから、ふたりは外へ出ていなさい。シャール、わたくしの命令が聞けないの?」
「‥‥‥畏まりました」
シャールさんは、一礼して私の手を取るとあっさりと店から出た。どうして、シマキ様が店の外で待つように言ったのかはわからないが、きっと何か理由があるのだろう。私は、シマキ様が出てくるまでシャールさんと話すこともなく気まずい時間を過ごしていた。
ほどなくして、シマキ様が店から出て来た。「待たせたわね」と言って出てきたシマキ様の手には、袋が下げられている。それを受け取ろうしていたシャールさんを制して、シマキ様は自分で持つことを選んだ。
余程、大切なものなのだろうか。
「シマキ様、何か買われたのですか?」
「嗚呼、これ? ふふっ、秘密」
「‥‥‥そう言われると、余計気になります」
「いずれ教えるわ」
そう言って、私の手を握り颯爽と歩くシマキ様は、十歳ながらもとても美しいと思う。先程から、街行く人たちがちらちらと、惚けたようにシマキ様を見つめているのは、悪魔の力のせいもあるかもしれないが、それとは関係なしにシマキ様自身の美しさのせいでもあると思う。
腰まである長い髪は、陽の光を浴びて紫色にきらきらと輝いている。目は大きく鼻はスッと通っていて、黒子ひとつない陶器のように透き通った肌。
生まれ持った華やかな顔立ちには、男性は勿論女性だって虜にしてしまう程の魅力がある。
シマキ様の周りだけ、きらきらと華やかに見えるのはきっと気のせいじゃないだろう。
それに比べて私はどうだ。顔に火傷を負い、目や鼻だって特出して目立ったところはない。平凡な顔つきだ。
それに気がついたら、行き交う人が皆んな、私を蔑んで見つめているような気がして俯いてしまう。すると、シマキ様が突然足を止めて、私の右頬をそっと撫でた。
火傷痕があるところだ。
屋敷の同僚たちは、皆んな奇異な目で見つめて、酷い人からは「醜さがうつるから、近寄らないで」なんて言われたこともあった。
そんな風に、決して触ろうとしない其処にシマキ様はいとも簡単に触れてくる。
驚き顔を上げると、いつもと変わらない嬉しそうな顔があって何だか、自分の考えていたことが酷く馬鹿げたことに思えた。
色々なところへ連れて行きたいシマキ様。