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前世の記憶

物心ついた時から違和感があった。自分は何故まだ生きているのか。そんな疑問が、ずっと頭にあった。


しかし、疑問はすぐに解決することになる。


私は、赤ん坊の頃に捨てられて親がいなかったため、国の支援を受けて経営している孤児院にお世話になっていた。その孤児院は、幸運なことに院の先生も一緒に暮らしている子供たちも良い人ばかりで、私は家族のように思っていた。日常的に暴力を振るっている孤児院もあるらしいから、私は本当に幸せなんだと思う。

そんな孤児院には、「皆んなで支え合う」というルールがある。まだ自分で動けないような赤ん坊は別だが、五歳くらいになった子供たちは、それぞれ院の手伝いをすることになっていた。

私は、その日朝食の準備係を任された。九歳という年齢になり、初めてご飯係に任命された私は張り切ってキッチンへ向かった。そこで、包丁を握った瞬間に走馬灯みたいに頭をよぎった記憶。


────男が馬乗りして、包丁で誰かの腹を刺している。騒ぎながら腹を刺し続ける。仕切りに男は、『麻葵(あさぎ)、僕は君を愛してたんだよ』と涙ながらに言っている。


そこでプツンと記憶は途切れる。

これは私の前世の記憶だ。

麻葵、それは私の前世での名前に他ならない。名前を聞いた瞬間、雷が走ったみたいに思い出し、それと同時に包丁を持っていられなくなった。包丁が床に軽い音を鳴らして落ちる。

院の先生が心配して声をかけてくれても、なんの反応もすることができない。


吐きそうだ。


慌てて口に手を当てる。呼吸が荒い。息をしていられない。

私は、それ以上意識を保てなくて、そこで倒れ込んだ。







そして、ベッドで意識を取り戻し時には完全に前世の記憶を取り戻していた。

私は、前世でも親がいない孤児だった。高校卒業と共に孤児院を出た私は、奨学金をもらいながら大学に通う苦学生だったらしい。大学に行き、空いた時間はバイト三昧。唯一の癒しは、大学寮で隣に住んでいた幼馴染と話すこと。

私が刺し殺されたのは、大学に入学したばかり、十九の時だったのだと思う。朧げにしか思い出せないが、犯人は見知らぬ男だった。

殺された理由に全く心当たりがないといえば嘘になるが‥‥‥今は頭の処理が追いつかない。また、後で考えよう。痛む頭を押さえていると、扉を開けて先生が様子を見にきてくれた。


「起きたのね! 体調はどう?」

「先生、心配かけてごめんなさい」

「そんなこといいの。子供が気を使うんじゃないわよ。包丁を渡したら急に倒れたわよねぇ? 何か心当たりある?」

「‥‥‥包丁が怖くて」


前世の記憶を取り戻した、とは言えなかった。そんなこと言ったら、頭を心配されてしまうかもしれない。私の言葉に先生は申し訳なさそうな顔をして、少しづつ慣れていこうという言葉をくれた。



◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉



前世を思い出してから一年経った。

といっても、私の暮らしは変わらず、不自由もなかった‥‥‥包丁を触れないこと以外は。


「はぁ」

「急がなくてもいいのよ。もう少し大きくなれば恐怖も薄れるかもしれないから」


先生はこう言ってくれるが、私はそんなことはないと理解していた。


「そう、かな」

「本当は、怖かったら無理して克服する必要ないって、そう言ってあげたいけどね。ここを出てひとりで生きていくってなった時、包丁を扱えないといろいろ困ると思うから、ごめんね」

「先生は、悪くない。謝らないで」


私よりも辛そうな顔をしている先生に、罪悪感が湧く。私は、こうして毎日先生についてもらいながら、包丁を克服しようとしていたが何時になっても直すことができない。いつも持った瞬間にフラッシュバックしてしまう。一年経ったというのに、一度もまともに持てた試しがなかった。




その夜は、そんな自分が許せなくて克服するために寝床を抜け出し、キッチンで包丁を握る練習をしていた。

何度か掴んでは、落とし掴んでは落としを繰り返す。前世では普通に持てていたのに‥‥‥。

そのまま寝る気にもなれず、ため息をつき星でも見ようと外へ出る。少し歩いたところで空を見上げる。この辺は、家もあまりないからとても綺麗な夜空が見える。


満足して、家へ入ろうと戻った時に気が付いた。家から、煙が上がっていることに‥‥‥

私は、慌てて家へ入った。


頭の深い部分では理解していた。


火事だ。

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