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瓜二つの男と興味が持てない女

今日、少し長めです。

シマキ様がご自身で着替えるのを見るたびに、このゲームが売れなかった、もうひとつの理由を思い出す。西洋的な世界観なのに出てくる文字はほぼ日本語、ドレスはひとりで着脱可能なように、この世界観では違和感ありまくりのボタンやファスナーがふんだんに使われている。随分と着やすそうな服だ。

詰まる所、世界観がめちゃくちゃなのだ。きっと、ゲームの作者はイメージで碌に調べることもなくこのシナリオを書き上げたのだろう。

中世ヨーロッパのような雰囲気で、ボールペンとか電気だとかは普及しているのに、暖房器具は暖炉しかない。もう此処まできたら、クーラーとかも存在していて欲しかった。

そういえば、前世の頃に見たゲームの評価は酷かったっけ。「世界観がぶち壊しで萎えた」という口コミが多数あったような気がする。

そんな理由もあり、乙女ゲーム「花嫁候補は突然に」は売り上げを思うように伸ばせなかったらしい。

まぁ、めちゃくちゃな世界観のおかげで、転生した私は不自由を感じる事なく生活できているので寧ろ感謝しているけど。

そんな風に考えていると、いつもよりも動きやすそうな格好をしたシマキ様が衝立の向こう側から出てきた。紫色のワンピースは落ち着いたシマキ様の雰囲気に凄くあっていて思わず見惚れてしまう。


「そんなに見つめて、わたくしの顔に何かついている?」

「あっ、すみません。不遜に見つめてしまって‥‥‥あまりにも似合っていたので見惚れてしまいました」

「ふふっ、わたくしは貴方の方が似合っていると思うけど?」

「‥‥‥あ、ありがとうございます」


今日の私は、真っ赤なワンピースを身にまとっている。まともな服を持っていないことを知ったシマキ様が、貸してくださったのだ。褒められ慣れていない私は、恥ずかしくて俯いてしまう。それでも、服を握りしめることだけは我慢した。こんなに高そうな服に皺を付けたら大変だ。


「それにしても貴方は、本当に赤が似合うわ」


シマキ様が私の頭に触れようとした直前に、とんとんとノックの音が部屋に鳴り響いた。二人して同時にそちらを向く。


「嗚呼、もう来たのね。入って」


扉を開けて入ってきたのは、凛とした面持ちをした長髪の男性だった。真っ黒に見えた髪は、陽の光に当たったことで限りなく黒に近い紫色だったと知ることができた。その髪を後ろでお団子に束ねている男性が一礼して顔を上げた瞬間、私はその顔を見て驚きを隠せなかった。


男性が、シマキ様と瓜二つだったからだ。


知らぬ者が見れば、まず兄妹と思うだろう。

私の驚いた顔を見たシマキ様は、苦笑いしながら男性の隣へ立った。


「彼は、護衛騎士のシャールよ。今日の買い物についてきてくれることになったの」

「護衛騎士のシャール・ロマンと申します」

「彼は、うちでも一、二を争う護衛騎士だわ。本当なら、ダリアとふたりきりで行きたいところだけど、そういうわけにもいかないでしょう」

「そ、そうですね。私は、まだシマキ様を護衛するには弱すぎます」

「大丈夫よ。貴方は必ず強くなるから、そうしたら今度はふたりきりで出かけましょうね」


今度こそシマキ様が頭を撫でてくださって、暖かさに安心した。すると、今まで黙っていたシャールさんが「馬車の準備ができました」と平坦な声を発した。それに、シマキ様は「先に行ってなさい」と返しシャールさんは再び一礼して去って行った。シャールさんが居なくなったタイミングで、シマキ様は私に向き直り内緒話をするように近づき笑った。


「シャール、わたくしにそっくりで驚いたでしょう」

「‥‥‥はい、気がついていたんですね」

「そりゃあね。彼を見た人は皆、貴方のような態度をとるのよ。凄くびっくりしている。酷い人なんて、陰でお父様の隠し子なんじゃないかなんて言っているくらいよ。でも、血は繋がっていないわ。他人の空似って本当にあるものなのね。わたくしも初めて会った時は貴方みたいな顔をしたものよ」


シマキ様の話を聞き、ほっと胸を撫で下ろす。私が知らないだけで、シマキ様に兄がいたのだろうかと一瞬思ったが口に出さなくてよかった。

そもそも、シマキ様にご兄弟がいたらゲーム本編に出てこないはずないか。シャールさんは、偶々似ているだけでペールン公爵家は一人娘に変わらないようだ。


「今日はね、貴方を驚かせたくて護衛にシャールを指名したのよ。ふふっ、サプライズ大成功だわ」

「本当に驚きました。腰が抜けるかと」

「あら、そんなに驚いてもらえたなら、準備した甲斐があったというものよ」


悪戯が成功した子供のように無邪気に笑うシマキ様は、普段の成熟した大人のような雰囲気と違い年相応に見えた。私は、時折見せるその表情が大好きだった。思わず笑っていると、シマキ様が私の手をそっと握った。


「さて、直ぐに出発したいところだけど、その前にお母様に挨拶して行きましょうか」

「奥様に、ですか」

「えぇ。そういえば、ダリアは会うの初めてよね?」

「は、はい」


この家に来て一月が経ったが、奥様には一度も会ったことがない。というのも、奥様は滅多に私室から出てこないらしい。噂では病弱で、寝込んでいるとか聞いたが、突然訪ねても大丈夫なのだろうか。私が考えていると、それを察したシマキ様がニコリと笑って手を引いた。


「大丈夫、急に行っても問題ないわ。それに、貴方のことも紹介したいのよ」


そう嬉しそうに言われてしまえば、私は従うしかなかった。








「あら、シマキちゃんが来てくれるなんて嬉しいわ」

「少し街に出てくるので、それを伝えにきたんです」


シマキ様を迎えた奥様は、パッと花が咲くように顔を綻ばせてベッドから起き上がった。初めて会った奥様は、シマキ様と同じでとても美しいと思ったが、二人の顔はあまり似ていなかった。

そんなことを考えていると、シマキ様は私の背を押して奥様の前へ出した。


「お母様には、まだ紹介していませんでしたよね。この子、先月からわたくしの専属メイドになったダリアです」


シマキ様の紹介に合わせて、私は「ダリアと申します」と挨拶した。しかし、奥様は私の方をチラリと見ることもせず、本当に興味無さそうに「ふーん」と呟いた。その声色には、嫌悪感や威圧感などは無い。

そこには、何の感情も込められていなかった。まるで、虚無を見つめているみたいな目だ。

それが怖くて、私はそっと目を逸らした。


「そんなことより、シマキちゃん、街へ出かけるならあまり遅くなってはダメよ。お母様、心配しちゃうから」

「わかりました。それでは、そろそろ行きますね」


シマキ様は取り繕ったような笑みを浮かべて、来た時と同じように私の手を引き奥様の部屋を出たのだった。


暫く廊下を無言で歩いていると、シマキ様は立ち止まり、申し訳なさそうに眉を顰めた。


「ごめんなさいね、お母様の態度良くなかったわよね」

「い、いえ。大丈夫です」

「言い訳するようだけど、お母様は誰に対してもあの態度なのよ。だから、気にしないでね」

「あっ、いえ。本当に大丈夫ですから。それに、奥様は体調が良く無いと聞いていますし」


慌ててそう言うと、シマキ様は少し迷うような素振りを見せた。


「‥‥‥嗚呼、それは、表向きの理由ね。お母様、体の体調は悪く無いのよ。只、何にも興味が持てないだけ」

「えっ!? すみません、私、勘違いしてて」

「いいのよ、殆どの人がそう思ってるから。でも、本当は社交界にも夫にも‥‥‥自分自身にも、何にも興味が持てないだけなのよ。起き上がる理由が見つからないんですって。でも、わたくしにだけは興味を持っているみたいだわ‥‥‥本当に哀れな人よ、お母様は」


そう言われて、私はベッドに横たわっているだけで何もしていなかった奥様を思い出していた。何にも興味が持てない人生というのは、どれだけ退屈なものなのだろうか。


「嗚呼、もう、やめやめ。この話はやめましょう。暗くなるわ。こうなるってわかっていたから、紹介しないでおこうと思っていたのだけどね‥‥‥貴方のことを自慢したくなっちゃって、普段ならしないことをしちゃったわ」


暗くなっていた心は、シマキ様の恥ずかしそうな声で一気に明るくなる。単純な私は、シマキ様の何気ない一言で、すぐに嬉しくなってしまう。


「‥‥‥自慢なんてそんな‥‥‥嘘でも嬉しいです」

「自分を卑下しないで、ダリア。わたくしにとって、貴方は何よりも価値がある存在よ」


シマキ様が、私を見る目はびっくりするほど慈愛に溢れていた。私は、途端に恥ずかしくなって目を逸らした。


「‥‥‥ さぁ、そろそろ行かないとシャールが心配するわ。今日は楽しい一日にしましょうね、ダリア」

「‥‥‥は、はい、楽しみです」


きっと素晴らしい一日になると、そんな風に思いながら二人で馬車の元へ向かった。

お出かけパートは、また明日。


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