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知識をつけなさい

日常パート

はぁ、

今日何度目になるかわからないため息が、また出てしまった。


「ダリア、ため息ばかり吐いていると、幸せが逃げてしまうわよ」

「あっ、すみません」

「別に怒ってないわ。どうしたの? また、ラールックに意地悪された? 真逆! 暴力を振るわれたわけじゃないわよね」


ベッドの上で、本を読んでいたシマキ様が、深刻そうな顔をして私と目を合わせてきた。それに、私は慌てて首を横に振る。シマキ様のそれでも疑っています、と言わんばかりの顔に苦笑いを浮かべる。シマキ様は、初日の件からラールックさんのことをずっと警戒してくれているようだ。


「本当なら教育係を変えた方がいいのでしょうけど、適任者が居なくて‥‥‥ごめんなさいね」

「いえ、ラールックさんには色々と教えてもらっています。初日以来、暴力を振われそうになったことはありません」


怒鳴られたりはするけど。

でも、本当にあれ以来、理不尽なことをされたことはない。口で教えてくれるようになったし、失敗さえしなければ事務的な口調だ。未だに怒鳴られるのは、単に私の物覚えが悪いからに他ならない。きっと、仕事を完璧にこなせるようになれれば、怒鳴られることも無くなる、と思う。


「なら、貴方の悩みは他にあるのかしら?」

「えっと‥‥‥」

「使用人の悩みを聞くことも、主の勤めだわ。話してご覧なさい」


じっと、慈しむような笑顔で言われると、どうしても断れない。シマキ様は、私がその顔に弱いことをわかっているのだと思う。

賢い方だから。


「その、メイド業務とは別に、護衛のための剣術を習っているのですが‥‥‥剣を握ることがどうしてもできないのです」

「嗚呼‥‥‥それは、仕方のないことよ。貴方の前世を考えたら寧ろ握れなくて当然だわ」

「でも! シマキ様をお守りするためには、絶対に克服しないといけないんです!」


興奮して、語気を強めてしまう。シマキ様は、そんな私を落ち着かせるように冷静な態度をとった。


「貴方は、此処で働きだしてまだ一月でしょう? そんなに焦らなくても時間が解決してくれるわ」


そう、この家で働き出してから、早いもので一月経ってしまっていた。


「もう一月です! 実を言うと、孤児院の時に包丁を握る練習はしていたんです。でも、ずっと握れなかった‥‥‥剣なら大丈夫だと思っていたんですけど‥‥‥」

「‥‥‥」


剣なら握れるのではないかと、そう思っていた私の考えは剣術の指導が始まって直ぐに砕け散った。初めてラールックさんに、剣を渡された時、怖さから咄嗟に手を離してしまったのだ。「お嬢様を守る武器を、そんな風に扱うな」と酷く叱られてしまった。それでも、ラールックさんへの怖さよりも剣への恐怖の方が勝り、此処一月碌に握ることすら出来ないでいた。そんな私に呆れたラールックさんは、剣が握れるようになるまでは自主練習するようにと、此処二週間くらい練習場に来ることも無くなった。そろそろ、握れるようになったと報告しに行かないと本気で追い出されてしまうような気がした。

その焦りから、余計に握れなくなってしまうという悪循環が続いている。


「ねぇ、一緒に買い物にでも行かない?」

「へっ?」

「此処へきてからずっとこの家から出ていないでしょう? 偶には息抜きも必要よ」

「それは、そうかもしれませんが、シマキ様はお忙しいでしょう?」


シマキ様は、王太子殿下の婚約者なだけあってほぼ毎日、家庭教師が来て王妃教育を受けている。本人は、涼しい顔をしているし、苦痛を感じていそうな様子もないが、あんなに忙しいスケジュールをこなしているのだ、疲れていないはずがない。そんなシマキ様に時間を割いて頂くのは、あまりにも申し訳なかった。


「丁度明日、休みなのよ。貴方も休みだってラールックから聞いて、悩みを聞く前から誘おうと思っていたの。だから、気にしなくていいわ」

「そうだったんですか」

「わたくしと行くのは、嫌?」


心配そうに下から覗き込んできたシマキ様の顔を見て、私はまた慌てて首を振る。


「そ、そんなことありません! 嬉しいです」

「そう、よかった。断られたらどうしようかと思った。明日が楽しみだわ」

「‥‥‥私もです」


二人で顔を見合わせて笑い合う。悩みが綺麗さっぱり消えたと言うことはないけど、いやは明日のことだけ考えようと思えた。

私の顔を見て、安心したような顔をしたシマキ様は、自身の座っているベッドをトントンと叩いた。隣に触れと言うことだろう。


「さぁ、今日もお勉強をしましょう」

「はい、いつもありがとうございます」

「気にしないで、わたくしも楽しいから」


一週間ほど前から、シマキ様は、こうやって寝る前に文字の読み書きが出来ない私に文字や貴族に接するときの作法を教えてくれるようになった。作法はまだまだかもしれないが、文字の方は直ぐに覚えることができた。

というのも、この国の文字は日本語とほぼ同じなのだ。

日本人が作者のゲームに転生したことを、此処で初めて感謝した。正直、英語とかだったら、かなり厳しかったと思うし。


「それにしても、貴方は文字を覚えるのが本当に早いわね。まだ、一週間しか経っていないのに、もう余程教えることがなくて寂しいわ」

「シマキ様の教え方が、お上手だからです」

「ふふっ、ありがとう。貴方が勤勉でよかったわ」


にっこりと微笑んでいたシマキ様が、ふと真剣な顔つきになり、両の手で包むように私の手を握った。雰囲気が変わったシマキ様に背筋を伸ばす。


「ダリア、知識をつけなさい。それは、貴方の武器になるから、そして貴方の価値にもなる」

「‥‥‥は、はい」


どうして、突然こんなことを言うんだろう。そう思った時、ある会話が蘇った。


──自分を卑下しないで、貴方には価値がある。もし、それでも自信が持てないのなら、わたくしが貴方に価値を与えてあげる。わたくしを信じて、自分を卑下する癖を治すことね。


初日にシマキ様が言ってくれた言葉だ。彼女はこの会話を覚えていて、私に価値を与えようとしてくれているのだ。それに気がついた途端、形容し難い暖かさが胸にじんわりと広がった。

トラウマを克服するのは難しい。

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