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置いていく (シャール視点)

番外編、最終回です。

「第43部分胸騒ぎ」と「第44部分信じない」の間の話です。

最終回は、シャール視点。




それは突然のことだった。


隣国での護衛を終えて、ペールン公爵家へ帰るために馬車を走らせていた時、向かえに座っているお嬢様が、徐に窓を開けたのだ。その窓は、御者に続いている連絡用の窓だった。

行き先の変更などを伝えるために設置されているその窓を開けたということは、何か変更があるのだろうか。


「ねぇ、あそこの森へ寄ってくれないかしら?」


お嬢様の目的のわからない申し出に、俺だけでなく御者も困惑した声を漏らす。


「お嬢様、彼方は公爵家の方向とは違いますが、よろしいんで?」

「えぇ、構わないわ」


お嬢様の発言を聞いて、御者が行き先を変えて走り出す。


「お嬢様、夜の森は危険です。やめておいた方がよいのでは?」


お嬢様の頼みなら聞いてやりたいが、見晴らしの悪い夜の森は危険すぎる。それに、帰り道である今、護衛としてお嬢様に付いているのは俺だけなのだ。つい先程までは、王太子殿下が付けて下さった護衛が数人いたが、彼らはお嬢様の「コートラリ様に、この手紙を渡して欲しいの。急ぎだから、貴方たちは先に行きなさい」という一言で、帰ってしまった。最初は渋っていた護衛たちもお嬢様の説得で、最終的には全員帰ったのだ。

警護が手薄なこの状態で、山賊にでも襲われたら一溜りもないだろう。ここは、止めるべきと判断した。


「あら、シャールは心配性ね。でも、何かあれば貴方が守ってくれるわ。大丈夫よ」

「それは、そうですが‥‥‥」

「寄ったらすぐに帰るから。少し、外の空気を吸いたいだけなの」

「‥‥‥かしこまりました」


そこまで言われたら、ただの護衛でしかない俺は、承諾するしかなかった。











馬車は軽快に走り、森の入り口にはすぐに辿り着いた。辺りが暗いせいか、近くで見るとより一層不気味な雰囲気であった。

だが、そう思っている俺とは違って、お嬢様は楽しそうに馬車から降りて体を伸ばした。


「やっぱり、自然はいいわね。シャール、貴方もそう思うでしょう?」

「はい、素晴らしいと思います」


そう答えたものの、俺は自然を特別素晴らしいと思ったことなどなかった。元々、田舎出身の俺にとって、自然は身近なものだった。だからなのか、自然を見てもそれほど心を動かされることはない。

初めて街へ出かけた時の方が、感動したくらいだ。


人は当たり前と思っていることに、感動を覚えないのかもしれない。

ふと、そんなことを思った。


「お嬢様、そろそろ帰りましょう。猛獣が出ないとも限りません」

「あら、まだ帰れないわよ」


──だって、貴方を殺していないもの。


お嬢様の表情は変わらず、どこまでも無垢だった。だが、その瞳だけは何も映していないかのように真っ黒く輝いている。

一致していない表情に、恐れすら感じた。


「‥‥‥どういう意味か、お聞きしても?」

「難しく考える必要なんてないわ。そのままの意味よ。貴方にはこの場で死んでもらいたいの‥‥‥嗚呼、でもその前に、聞かれてしまったからには、貴方にも消えてもらわないといけなくなってしまったわね」


そう言って、お嬢様が見つめたのは馬車のすぐ横に立って馬の様子を見ていた御者だった。御者である男は、可哀想な程体を振るわせると、その場に尻餅をついてしまう。

そんなことはお構いなしとばかりに、お嬢様は御者へ近づき、いよいよ彼の目の前に立ったのだ。


「お嬢様、私を殺すのでは?」


俺がそう言えば、お嬢様は何でもないように此方を向いて微笑む。


「えぇ、でも、先に此方からよ。聞かれてしまったからには、生かしておくわけにはいかないでしょう」

「し、しかし‥‥‥」

「ねぇ、そんなに怖がることないわ。貴方は、わたくしに請われて死ぬのよ。それの何が不満なのかしら」


御者は相変わらず、体をプルプルと震わせている。当たり前だ。お嬢様の頼みといえども、死ぬのは怖いだろう。

もう一度止めようと口を開いた時、お嬢様は懐から小刀を取り出して、御者の前へ置いた。


「貴方は幸運よ。今この瞬間、死を選べるのだもの。しかも、死んだことを誰にも責められない。いや、寧ろ、讃えられることでしょうね。貴方は今、その機会を得たとても幸運な人なの。

大丈夫、苦しいのは一瞬よ。生きている間の苦しさに比べたら、些細なことだわ」


お嬢様は淡々と話すと、顔を青くしている御者の耳元に顔を寄せた。


「ねぇ、もう一度聞くわよ、死んでくれないかしら──」


何か囁いた声は小さかったが、距離が近かったからか辛うじて聞こえた。最後にお嬢様が囁いた言葉は、御者の名前だった。

何の変哲もないその名前に、俺が驚いたのは御者の男の様子があからさまに変わったからだ。

先程まで青かった顔が、今度は赤に変わったのだ。瞳も恍惚としており、体の震えも止まっていた。言い方は悪いが、何かの薬物でも盛られたような様子を不気味に思った。


何が、何が、男をそんな表情にさせたんだ。


俺が考えているうちに、御者は目の前に置いてあった小刀に手を伸ばす。

真逆‥‥‥いや、流石にそんなことしないだろう。

だが、俺の楽観的な予想は裏切られ、男は自身の首に小刀を押し当てた。全身から嫌な汗が噴き出す。


「おいっ! やめろっ!」


止めようと伸ばした手を、お嬢様に掴まれてしまった。驚いてそちらを見れば、彼女は妖艶に嗤う。


「お嬢様、私は幸運でした!」


夜の暗い中でも、男の首から赤が溢れ出たことだけははっきりと見えた。男の行動には、何の躊躇もなかった。


おかしい。


死をあれほど恐れていたのに、あっさりと死ぬなんて明らかにおかしい。だが、俺にはどうして男が突然首を切ったのかはわからなかった。

倒れ伏す男をお嬢様は、興味を無くしたように見つめる。


「巻き込んでしまったわね」


そう呟くと、今度は俺の方を振り向いた。


「さて、本題に入りましょうか。貴方にも死んで欲しいの、シャール」

「‥‥‥理由をお聞きしても?」

「貴方が、もう必要無くなったからよ」


物騒な発言をしたとは思えない程の、お嬢様のあっけらかんとした態度に言葉が出なくなる。


「ダリアは、十分に強くなったでしょう? 貴方から教わることは、もう無いわ。

だから、貴方はいなくてもよくなった。いえ、寧ろ、これから先いられたら困る存在になったのよ」


どうして、俺がいられたら困る存在になったのかは、よくわからない。だが、お嬢様の真剣なその顔は冗談を言っているようには、とても見えなかった。


お嬢様は本気だ。本気で、俺に死んで欲しいと思っている。


一度、目を瞑って、考える。

いや、考える必要もないな。

答えなんて、既に出ているのだから。


「お嬢様が、そう言うのなら従いましょう」


──ペールン公爵家に仕える護衛騎士として、お嬢様の要望にお応えしないわけにはいかない。


俺の言葉にお嬢様は、表情を変えぬまま目を見開いた。


「意外だわ。貴方は、抵抗すると思っていた」

「貴方がいらないと言うのなら、私はいらない人間なのでしょう」


元々、ペールン公爵家に招き入れて下さったのはお嬢様だ。あの時‥‥‥あのペールン公爵家に初めて行ったあの日に、俺は本来ならば死ぬはずだったのだろう。それが今日まで伸びたのは、お嬢様のおかげだ。

そのお嬢様から、死を請われて、どうして断れるだろうか。


「‥‥‥剣を此方に渡して、膝をつきなさい」


腰から剣を外して、お嬢様に渡す。そして、指示されたように膝をついて頭を下げた。

暫くすると、首に剣が押し当てられた。何故だかいつも以上に冷たく感じた。


「あの‥‥‥あの子は、ダリアは、」


首に当てられた剣がピクリと動いた。それに気がつかないふりをして、言葉を続ける。


「生きたいという願望が強いですが、追い詰められれば簡単に死を選ぶ危うい子です。この先も、お嬢様が支えてやってください」


聡明なお嬢様のことだ。

そんなこと、既に気がついているだろう。

だが、俺がいなくなった後もダリアが、あの家で生き続けていくには、お嬢様に頼むしかないのだ。


「こんな時まで他人の心配をするなんて、貴方は嫌味なくらい良い人ね」

「いえ、」


良い人なんかではない。

俺は、生きることに必死で、他人のことなんて考えたことはないし、生きるためなら何だってやってきた。

こんな時まで、他人の心配をするなんて‥‥‥本来の俺なら考えられない行動だ。


本当に不思議なことだが、ダリアに初めて出会った時、何処か懐かしさを覚えた。それと同時に、はるか昔に無くしたものが、手元に戻ってきたような心地になったのだ。その日から、彼女のことを失くさないようにしなければという思いが、どうしてだかずっとある。

それは今日まで消えず、己の死が目前に迫っているこの瞬間ですら、ダリアのことの方が気になるのだから、もうどうしようもない。


「貴方に言われなくてもわかっているわよ」

「それでも、約束して欲しいのです」

「‥‥‥ダリアのことは任せなさい」

「ありがとうございます」


俺は、下げていた頭を更に下げた。もう、これで悔いはない。


「さよなら、シャール」


俺がいなくなったら、あの子は悲しむだろうか? いや、案外強かなところがあるから、平然としているかもしれないな。

それでいい。出来れば、悲しまないで欲しい。


「悪いな」


──今度は一緒に逝けそうにない。


その瞬間、首に当てられていた剣が勢いよく引かれる。

脳裏によぎった言葉の意味を、自分で理解することもなく、俺の意識は沈んでいった。

これにて、番外編含めて全て完結です。長い間、お付き合い頂き、ありがとうございました。

自分なりにとても満足のいく作品となり、皆様からの評価も自分が書いたものの中では一番頂くことが出来ました。

ここまで書けたのは、皆様の応援があったからです。本当に本当にありがとうございました!

また、どこかでお会いしたら、その際はよろしくお願いいたします。約5ヶ月間お付き合いいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 何となく、シャールが弥生なのかなって思いました。 別にそうじゃなくても全然構わないけど…。 もう兎に角シャール不憫
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