狂犯者 (コートラリ視点)
番外編第四段です。
今回の話も文化祭の後くらいの話。
「シマキ、君の予定通りリムたちが動き始めたそうだよ」
「そう、それはよかったわ」
生徒会室に併設されている休憩室。その部屋で、私とシマキは二人きりでお茶を楽しんでいた。この部屋は鍵がかけられて、防音性も高い。聞かれたく無い話をするのに、これほど適した場所もないだろう。
ただひとつ問題があるとすれば、男女でこの部屋に入った時に要らぬ噂をされるところ、だろうが、婚約者である私たちにとってはそんな心配もいらない。
「それで、次はどうするんだい? 君が望むのなら、計画段階で潰すことも出来るよ」
「潰す? ふふっ‥‥‥そんな勿体ないことしないわ。苦労してここまで動かしてきたのよ」
「嗚呼、そうだね。君は努力家だからね。
それで、私はどう動けばいい?」
「計画が動き出したということは、そろそろダリアを殺す実行犯を雇う頃でしょうね。
だから、わたくしたちは、その計画ごと買い取る」
「計画ごと、買い取る?」
「えぇ、そうよ。リムたちにはバレないように、計画を買い取ってしまうのよ。コートラリ様、実行犯を特定して金でこちらに寝返らせなさい。金で動かぬようなら、脅しても構わないわ。兎に角、こちらに引き入れるの」
「それは構わないけど、そんなことしてどうするつもりなんだい?」
実行犯を特定するのは簡単だ。
リムたちにはシマキの指示で常に監視をつけている。その報告を聞けば、実行犯はすぐにわかるだろう。
だが、正直な話、実行犯の目星は既についている。この間の剣術大会でダリアの腕は皆に知れ渡った。実行犯を雇うにしても素人ならば、まず間違いなくダリアには勝てない。リムたちだって馬鹿じゃない。そんなことくらいは理解しているはずだ。
だから、実行犯には十中八九プロを選ぶだろう。そして、リムの共犯者であるアビーとイビーには昔から繋がりのある暗殺集団がいる。
答えなんてもう出ているようなものだ。
だからこそ、シマキの狙いがわからない。
そんな賊を囲い込んでどうするつもりなのか。
「どうするつもりって、決まっているでしょう? 襲わせるのよ」
「ダリアをかい?」
意外だ。
シマキは、専属メイドであるダリアを何よりも可愛がっている。それは、これまでの経験からよくわかることだ。そんな彼女が知っていながらダリアを襲わせるなんて、予想外だった。
私の困惑を知ってか知らずか、シマキは優雅に微笑むと目の前の紅茶を一口飲んだ。その何気ない所作に艶を感じて、目を逸らしてしまう。
「わたくしを、よ」
だが、思ってもみなかった発言に、私は目を見開きシマキを見つめる。彼女は相変わらず優雅に微笑んだままだった。
「冗談、だよね?」
「こんな冗談言うと思う?」
「‥‥‥自作自演だとしても危険すぎる。賊に引き入れたところで裏切らないという保証はない。君と二人きりになった瞬間、何をされるかわかったものではないよ」
「えぇ、重々承知の上だわ。だから、当日、賊の指揮は貴方が取りなさい」
「私が!?」
「貴方が賊に混じって、わたくしと常に一緒にいればいいじゃない。貴方は、プロの暗殺集団相手であろうとわたくしのことを守れるでしょう?」
「それは、そうかもしれないが‥‥‥でも、危険なことに変わりはないよ。君がそこまでしなくても、指示さえくれたら私が君の望み通りに動く。どうか、自分を襲わせるなんて物騒なこと言わないでくれ。君の考えはよくわからないが、襲わせること自体が目的なのならば別の人を襲わせればいい」
私が提案すれば、シマキは目を細めて笑みを深めた。
「それでは意味がないのよ」
静かに囁くように言った、その言葉は私の耳に確かに届いた。
「わたくしが攫われて、傷を負うことに意味があるの」
「待ってくれ、傷を負う? どういうことだい、説明してくれ」
「言われなくても、これからするつもりだったわ。コートラリ様、よく聞きいて。わたくしはリムたちが雇った賊に攫われて、顔に消えない傷を負うのよ」
何でもないことのように言われたその言葉に、私は一瞬言葉を失ってしまう。一体、何を言っているんだ。
どうして、そんなことをする必要があるんだ。これまでも、シマキの目的のわからない作戦を何度か手伝ってきた。だが、今回ほど理解できなくて、協力したくないと思ったのは初めてだった。
「顔に傷なんて‥‥‥どうして君がそんなことしなければならないんだ」
「‥‥‥この顔、邪魔なのよ」
右頬に手を当てて俯いたシマキの表情は、影のせいでわからない。
「な、何を言って、」
「この顔を見るとね、あの子は別の男のことを思い出してしまうの」
「別の男って‥‥‥シャールのことかい?」
脳裏にシマキとそっくりな顔をした、堅物の騎士が思い浮かぶ。
「えぇ、そうよ。貴方と協力して排除したあの男。彼奴は死しても尚、ダリアの心に住み着いているわ。この間なんて、わたくしのことをシャールと間違えたのよ。
信じられる? こんなに一緒にいるのにわたくしを他の男と間違えたのよ」
ガンッと凄まじい音に驚いてシマキの方を見れば、そこには机に叩きつけられて割れたティーカップがあった。溢れた紅茶で手を濡らしたシマキは、行動とは裏腹に微笑んだままだ。
だが、それが逆に彼女の怒りの強さを表しているようで背中がゾクゾクと震える。
「もしも、わたくしを守りきれず、更にわたくしの顔に傷までついてしまったら‥‥‥あの子はきっと、わたくしの顔を見てもシャールのことなんて思い出さなくなるわ。
それどころか、傷を見るたびにこの誘拐事件のことしか‥‥‥わたくしのことしか考えられなくなるでしょうね」
ダリアは無邪気に、思わずと言った風に笑った。その目は私を見ているようで、見てはいない。きっと、ここにはいない、ダリアのことを見ているのだろう。
ひとりの人間の気を惹くために顔に傷を残すだなんて、本当に狂ってる。だが、そんな彼女の要望に、毎回毎回従っている私も人のことは言えないかもしれない。
シマキが他の女性をダンスに誘えと言えば誘って、シマキが男を消したいと言えば一緒に手伝った。彼女に出会うまでは、自分がそんな風に誰かの命令に従うだなんて思ってもみなかった。寧ろ、命令に従うだなんて馬鹿な奴がすることだとすら思っていた。
だが、仕方ないじゃないか。
陛下に婚約者だと紹介されたシマキに会った瞬間、この人に従いたいと本能の部分で思ってしまったのだから。
それ以来私は、彼女の要望には何でも答えようと、そう決めたのだ‥‥‥それが例え倫理に反したことであろうとも。
「わかった。協力しよう」
「当たり前でしょう。貴方がわたくしの命令に逆らえるはずがない」
「逆らう気もないよ。では、実行日は私が君を攫いに行こう」
「それがいいわ。ダリアは気配に敏いから、賊ではどんなに気配を消していても、潜んでいたらバレてしまうものね。ふふっ‥‥‥貴方の特技が漸く役に立つ時が来たわね」
「‥‥‥揶揄わないでくれ」
シマキと婚約したばかりの頃普段の彼女の様子が見たくて、頻繁に王宮を抜け出してはペールン公爵家に忍び込んでシマキを盗み見ていたものだ。だが、そんな私の特技もシマキには通じないようで、すぐにバレてしまったが‥‥‥。
まぁ、そのために気配の消し方を徹底的に研究したおかげで、いまでは気配を消せばシマキ以外に悟られることは無くなった。
この間、剣術大会の時にダリアに気配を消して近づいてみたが、悟られることはなかったから大丈夫だろう。
「揶揄ってなんていないわ。褒めているのよ。それに、いつも協力してくれること感謝だってしてる。
だから、わたくしの顔の傷は貴方が付けなさい」
それは願ってもないことだ。
この世で一番愛する人に、永遠に消えない傷を付けることが出来るのだ。
なんと甘美なことだろう。
想像するだけで息が荒くなるほど、快楽を感じてしまう。
私は椅子から立ち上がると、シマキの前へ跪いた。そして、彼女の右手を自分の額に押し当てて、頭を垂れる。
「君の命令とあらば、どんなことでも従おう」
作戦を聞いた時はいつも動揺するが、結局いつもこうなるのだ。こうして、興奮して、快楽を覚えて、早く実行の日が来て欲しいとすら思う。
私だって、シマキのしてきたことが決して許されるものではないとわかっている。そして、それに協力している私自身も、既に許される存在ではなくなっているだろう。
だが、こんなに心躍ることは他にないのだから、仕方ないじゃないか。
嗚呼、狂ったこととわかっていても、これだから、やめられないのだ。
君の命令に従うことは!
コートラリは、シマキの命令に従うことで幸せを感じています。




