わたくしは悪役令嬢
最終回です!
いつの間に目を瞑っていたのかしら?
これまでの、長い長い罪を振り返り、目を開けても、ダリアの目は閉じたままだった。
その目が開いた時、どんな感情を浮かべるのか、わたくしには想像がつくわ。
でも、だからこそ、わたくしは不安で不安で仕方がないの。
首に巻いたチョーカーの下が、燃えるように熱くなった。
何もこれが初めてというわけではないわ。不安になると、内に飼っている悪魔が外へ出せというように暴れ出す。
「──ッはぁ、」
いつものこと、いつものことよ。
だから、いつも通り対応すればいい。
わたくしは、椅子から立ち上がるとクローゼットへ向かって歩いた。
そこを開けて目的の物を取り出す。
嗚呼、あれはいつだったかしら。このクローゼットからこれがこぼれ落ちてしまったのは‥‥‥あの時は、流石のわたくしも驚いた。
この行為が、ダリアに勘付かれてしまったのではないかって‥‥‥上手く誤魔化せてよかったわ。
袋から、真っ赤な髪の毛を一本取り出して、口に含む。飴玉のように転がして、そのまま飲み込めば不思議と首の熱さが落ち着く。
何故かはわからないけど、ダリアの体の一部を取り込むと昔から内の悪魔が大人しくなるのよ。
きっと、悪魔もダリアのことが大好きなのね。
わたくしは、クローゼットに袋をしまい込み、ベッドの隣の椅子にもう一度座った。
ダリアの瞳がゆっくりと開いたのは、丁度その時だったわ。辺りを見渡す彼女に、驚きのあまり一瞬反応が遅れてしまう。
「‥‥‥あ、あれっ、」
呆けている場合ではないわ。
未だ状況を理解できていないだろうダリアを安心させてあげないと‥‥‥意図的に柔らかく微笑んだ。
そして、両手で包み込むように彼女の手を握りしめる。
「よかった‥‥‥貴方、二日も目を覚さなかったのよ」
「なら、もう卒業式は‥‥‥」
「えぇ、貴方が言っていたゲームはもう終了したわ」
「そう、ですか」
どっと肩の力を抜いたダリアとは逆に、わたくしは不安が押し寄せる。
「貴方のおかげで、わたくしは悪魔を産まずにすんだわ」
「よかった‥‥‥本当によかったです」
拍子抜けしたようなダリアの顔に、次いで困惑の色が濃く浮き出た。
「‥‥‥あの、ルイカ…‥‥ストーカー男は、どうなりましたか?」
「貴方が最後に見た通りよ。終わったの、何もかも‥‥‥」
ストーカー男のことをこれ以上考えて欲しくなくて、意識をこちらに向けさせるように声をかける。
「ダリア、ありがとう」
「えっ?」
驚いたような顔をした彼女が、いつもより幼く見えた。
「わたくしのことを信じてくれて‥‥…わたくしを選んでくれて、本当にありがとう」
「シマキ様、」
「‥‥‥ずっと不安だった。貴方がもし、わたくしではなく、ルイカに着いて行ってしまったら‥‥‥そう考えるだけで、おかしくなりそうだった」
いままで沢山の嘘をついてきたけど、これは本当のこと。ダリアがいなくなったら、それを想像するだけで、悪魔は何度も暴れたわ。
「私は、シマキ様から離れたりしませんよ」
「えぇ、そうね。今回のことで、こんな不安は馬鹿らしいってよくわかったわ。
だから、ありがとう、ダリア」
そうね、もうダリアがわたくしから離れることはないでしょうね。でも‥‥‥ダリアがわたくしを選んだ今だからこそ、不安なことがある。
それだけは、わたくしにもその瞬間がくるまで、どうなるのかはわからないの。
一息ついて、ダリアの手を握ったままだった自身の手を額に寄せた。
神頼みだなんて大嫌いだけど‥‥‥今のわたくしは、まるで祈るみたいだと、自分で嗤ってしまいそうだわ。
でも、もう祈るしかなかった。
こればかりは、自分でどうすることも出来ないから。
わたくしのいつもと違う雰囲気を悟ったダリアが、慰めるように手を重ねてくれる。
「お礼を言うのはこちらの方です」
「‥‥‥」
「私は、本当はずっとあの男に復讐したかったんです‥‥‥死んでも尚。でも、そんなことは許されないことだと、無意識に考えないようにしていたんです。思考の放棄です」
それは思考の放棄ではないわ‥‥‥理性よ。
貴方の理性が、貴方を人間として生かそうとしただけよ。悪いことではない。寧ろ、人間としては当たり前のことなのよ。
「でも‥‥‥シマキ様が許してくれたから、だから、私は決断できた」
えぇ、そうね。
確かにわたくしは、貴方の背中を押したわ。
でもね、それは理性という名の箍を外しただけよ。お礼を言われるようなことではないわ。
「シマキ様のおかげで、私は‥‥‥トラウマから解放されたんですよ」
その瞬間は、唐突に訪れた。
今まで、何処か気遣うような笑みを浮かべていたダリアの雰囲気が一瞬にして変わった。
迷いのない清々しい笑顔は、一見すると憑き物が落ちたかのような爽やかな印象すら抱く。
でも、わたくしはその瞳の中にある炎がドロリと燃え上がるところを見てしまった。
嗚呼、この目は何度も向けられてきたことがあるから、よく知っているわ。
──これは、崇拝。
ダリアの瞳の中は、わたくしへの崇拝という感情で燃え上がっていた。きっと、彼女は今自分がどんな表情をしているのか、理解していないことでしょう。
ずっと、頭にこびりついて離れなかった。
『私が好きになったら、シマキ様はきっと私のことを捨てますよ』
ダリアに諦めたような、小馬鹿にしたようなそんな声色で言われた何気ない言葉。
あの時は、否定できなかった。
だって、わたくしは人のことを本当に好きになったことなんてなかったから。
でも、今なら、自信を持って否定できる。
──ダリアの崇拝の色を見た時、わたくしの心の中で湧き起こった感情は、歓喜だった。
今まで数え切れない程の人から条件反射的に向けられてきた、崇拝という感情。
それをわたくしは、嫌悪していたわ。
自分の意思がないみたいな行動をする人間は、気持ち悪かった。
もし、ダリアに好意を返された時、他の人間たちと同じように気持ち悪いと、そう思ってしまったら、どうしようとずっと不安だった。
でも、違った。
わたくしは、今こんなにも嬉しい!
本当に人を好きになれた。わたくしのような悪魔でも、自分の意思で人を好きになった。
長かった、ここまで来るのに、本当に時間がかかった。
この子を手に入れるなら、他の全てを犠牲にしようと覚悟していた。
だから、好きでもない男の心を繋ぎ止めておくために体を差し出した時だって、人を殺めた時だって‥‥‥何も感じなかったの。
その代わり、それが全て無駄になるのではないかっていう漠然とした不安は常にあったわ。
でも、その考えこそ無駄だったのね。
目の前で何の心配もなさそうに笑っているダリアへ、意図的に年相応の無邪気な顔で微笑んであげる。
笑みを深めた彼女は、わたくしの罪を永遠に知ることはないでしょう。
それでいいの、そのまま、何も知らずに笑っていてくれるだけで‥‥‥わたくしはそれだけで生きている価値を見出せるのよ。
そう思った瞬間、首の熱がすっと引いて、内にいた悪魔が頭を垂れるようにわたくしの体と一体化したような心地がした。
「ふふっ」
「シマキ様?」
「何でもないわ、ごめんなさい」
きっと、首の後ろにあった噛まれたような痣はもう無くなっているのでしょうね。
わたくしが、悪魔によって殺されるという未来がなくなった今、ダリアの目的は達成されたといっていいわ。もう、ダリアがわたくしに縛られる必要はない。
だけど、ダリア、貴方はきっと何があろうと、わたくしから離れられないでしょうね。
だって、貴方は、魅了の力とは関係なく自分自身の意思で、わたくしを崇拝してしまったのだから。
ダリア、本当はね、貴方はわたくしの側にいなくても、生きていける人だわ。
貴方がいないと生きていけないのは、わたくしだけ‥‥‥わたくしだけなのよ。
一ループ目の時のように、シャールと二人でも貴方は生きていけた。
貴方の側にいるのは、わたくしである必要なんて別にない。
わたくしは、それをよく知っているわ。
ふふっ‥‥‥だけど、教えてあげない。
そんなに優しくないの‥‥‥
だって、わたくしは悪役令嬢だから。
最後までご覧頂き、本当にありがとうございました。
約四ヶ月間、更新し続けてこれたのは、この作品を読んでくださり、そして応援して下さった皆様のおかげです! ひとりでは、ここまで続けてこれなかったと思います。
この後、活動報告にて、後書きを更新する予定ですのでお時間ある方は、見にきていただければと思います。
この四ヶ月間、本当にありがとうございました!
またどこかでお会いしましょう!




