覚えのない好意ほど気持ち悪いものはない
シマキ様とのお話パート
「魅了?」
シマキ様のオウム返しをしてしまう。だが、私にはシマキ様の言っていることがいまいち理解できなかった。
「此処の人たち、おかしいのよ。皆んなわたくしを慕っている。というか、寧ろ神みたいに扱うのよ。この屋敷にいる人たちは、わたくしの言うことならなんでも聞くわ。それこそ、わたくしが死ねと言ったら、喜んで死ぬ連中よ」
そこで、私は漸くシマキ様の言いたいことを理解できた。
というか思い出した。
このゲームにおいてシマキ様は特別な力を持っていたんだ。今まで、自分のことが精一杯で、ゲームの設定のことなんてすっかり忘れていたから気にしてなかった。
シマキ様が皆んなから好かれる原因、私にはわかる。
そっと、シマキ様の顔を伺う。ゾッとするほどの無表情だったが、その瞳は不安そうに揺れていた。その顔を見て原因を教えてあげたいとも思った。でも、それを教えるには私の前世について話さなければいけない。普通の思考回路の人が、前世の話を信じるなんて思えず、私は口を噤んでしまう。
「最初におかしいと思ったのは、五歳の頃だった。うちで働いていた料理人のひとりが、わたくしを襲おうとしたのよ。わたくしとの子が欲しかったんですって。馬鹿げた話でしょう」
淡々と語るシマキ様は、何処か痛々しく見えた。私は思わず、シマキ様の手を握り締める。ぎゅっと握り返されて、少しだけ安心した。
「妻子のいる男でね、愛妻家って近所では有名だったそうよ。奥さんは、夫がそんなことするはずがないってずっと言い張っていたわ。信じられなかったのよね、きっと。でも、今思えば男はわたくしに出会って狂ってしまったのよ。だから、あんな事件を起こした」
「‥‥‥」
ゲームでは、決して語られることのなかったシマキ様の過去に絶句する。私は、ゲームをプレイしている時、どんな人にも直ぐに好かれるシマキ様を見て羨ましいと思っていた。だからこそ、前世では彼女のことを好きになれなかった。
でも、シマキ様のその力はそんな単純なものではなかったんだ。
「最初はね、料理人の男がおかしいと思ったわ。わたくしのせいじゃ無いって、でもそれを否定するみたいに、その後も何度も襲われそうになった。中には、わたくしと一度街で目があっただけって人もいた。おかしいでしょう? 一目見ただけの子供ために人生を棒に振るなんて」
「‥‥‥シマキ様」
「此処にいるメイドたちもそう。元々、ダリア以外の人たちは皆んな貴族の令嬢で、行儀見習いのために仕方なく来た子たちばかりだった。少ししたら結婚するから辞める、その予定だったの。でも、皆んなわたくしと会うと決まって言うのよ。わたくしに生涯仕えたいって‥‥‥皆んな口を合わせたみたいに、それが本当に気持ち悪いの」
シマキ様の顔は相変わらず無表情だった。でも、それが、私には強がっている様に見えた。
「お父様もお母様も、ラールックも皆んな気持ち悪い‥‥‥何もしていないのに好意を向けてくる人は皆んな気持ち悪いわ。貴方なら、この気持ちわかってくれるわよね?」
そう言われて、前世のことがフラッシュバックする。確かに、私は彼女の気持ちが痛いほど分かった。
覚えのない好意ほど気持ち悪いものはない。
「‥‥‥わかります」
「本当に?」
縋るような視線に、先程までの迷いが嘘みたいに消えていく。シマキ様は、出会ったばかりの私に、ここまで自分を曝け出してくれた。
なら、私もそれに応えるべきだと思った。
「‥‥‥シマキ様は、私に前世の記憶があると言ったら、信じますか?」
唐突な私の発言にも、シマキ様は目を細めるだけだった。
険しい顔に、不味いことをしたと後悔した。シマキ様に頭のおかしい子と思われてしまったかもしれない。やっぱり、前世のことなんて話すべきじゃなかった。
いたたまれない空気に俯くと、暖かさが頬を包む。此処へきて、もう何回も経験した暖かさだ。そのまま上を向かされると、満足そうな笑みを浮かべたシマキ様と目が合う。
「貴方にも、秘密があるのね」
「信じて、くれるんですか?」
「勿論、貴方は嘘をつくような子じゃないわ。それに、わたくしのこの体質と関係のある話なのでしょう」
嗚呼、忘れていた。
シマキ様は、こんな突拍子もない話も信じてくれるような優しい方だったんだ。
シマキ様も色々辛かった。