愛し方を知らない少女 ②
今日、少し長めです。
若干ですが流血表現がありますので、ご注意ください。
深く後悔したわたくしの身に、不思議なことが起こった。目を覚ましたら、ダリアと出会ったあの夜に戻っていたのよ。
しかも、わたくしは一ループ目の記憶を保持しているのに対して、ダリアは全て忘れていた。今まで信じたことのなかった神に、初めて感謝したわ!
そこからが、二ループ目の始まりだったわ。
孤児院の火事で前と同じようにひとりだけ生き残ったダリアを連れ帰ったの。
わたくしは、もうその時点で歓喜したわ。だって、一ループ目の時、あんなにひとりで生き残ったことを後悔していたダリアが、またひとりで生き残っているのだもの。
確信したわ。この子は、何度ループしようと自分本位にしか動かないのだって。
そんなダリアが可愛くって、愛おしくって、堪らなかったわ‥‥‥だから、わたくしはダリアを部屋に閉じ込めたの。
一ループ目の時のように、誰かに関わって、逃げられるのが怖かったから。わたくしの部屋から出ることを禁じて、言うことを聞かない時は身体的なダメージを与えたのよ。
この時、既にわたくしは人を支配する方法を知っていたわ。
人を支配するには、二つの方法がある。
ひとつは、愛情を注ぐこと。この人の側は居心地がいいと、そう思わせれば捨てられたくないがために言うことを聞くようになるわ。
でも、これには欠点がある‥‥‥途方もないくらい時間が掛かるということよ。
愛情を受け入れさせるということは、信頼させるということ。信頼は一朝一夕で得れるものではないもの。
だから、わたくしはもうひとつの方法を選択したのよ‥‥‥一番愚かな選択だったと、今にしてみればわかるわ。
もうひとつの方法、それは恐怖を与えることよ。ひとつ目の方法と真逆のそれは、短時間で支配するという一点において、とても優秀だったわ。
外に出たいと、ダリアがそう願うたびに、わたくしは制裁を加えた。嫌がるあの子の足を使えなくして、火かき棒を体の至る所に押し当てた。それでも逃げようとするダリアのことを、わたくしは犬のように鎖で繋げたわ。
ダリアを監禁して二年経った頃、事件が起きた。
わたくしが出かけている間に、ダリアを繋げている部屋にラールックが侵入したの。わたくしが帰ってきた時、全ては終わった後だった。
──わたくしのベッドの上で、ラールックが血だらけになって死んでいた。
その向かえには、包丁を持ったダリアが涙を流しながら震えていたわ。
きっと、ラールックは以前からわたくしが執着しているダリアのことをよく思っていなかったのでしょうね。だから、わたくしがいない間に、ダリアのことを始末しようとした。
でも、呆気なく返り討ちにあった。
わたくしが一ループ目に受けた王妃教育を覚えていたように、ダリアもシャールから教わったことを体は覚えていたのね。
そこまで考えて、わたくしは本当に愉快で愉快で堪らない気持ちになったわ。
だって、そうでしょう? この子はいつだって、自分の命が危険に晒されたら、どれだけ後悔した選択だろうと、もう一度選ぶ。
とんでもなく自分本位な子だと理解したから。
そう思ったら、何だかどうしようもなく我慢出来なくなってしまって、ラールックの死体の隣で、わたくしは嫌がるダリアの身体を暴いていた。
その日、わたくしはダリアと初めて肉体的な関係を持ったの。
それから不思議なことが起こったわ。ダリアの心の中と大体どの辺りに彼女がいるのかが、わかるようになったのよ。
それは、どれだけダリアとの距離が離れていようとわかったわ。
どうしてかと理由を考えて、ひとつの可能性を思いついた。ダリアと身体を重ねた時、わたくしは彼女の体液を口から取り込んだわ。もしかして、それが原因ではないかと、そう思ったの。
試しにコートラリ様の体液を取り込んでみたのだけど、彼の心と居場所はわからなかった。
そこで、わたくしはある仮説を立てたわ。
悪魔の寵妃には、魅了の力とは別に他人の体液を取り込めば、その体液の持ち主の心と居場所がわかるようになる力があるのだと。
ただし、その力は悪魔の寵妃が心から愛した人にのみ適応される。
ラールックを殺した日から、人形のように動かなくなってしまったダリアの心を読むことは楽しかったわ。食事も排泄も、何ひとつ自分ではしなくなってしまったダリアの心は空虚で、真っ白だったけど、時たま強迫観念のように抵抗を見せる心は、やっぱりわたくしを捕らえて離さなかったわ。
だから、わたくしはあんなことを口走ってしまったのね。
『貴方がわたくしのことを、好きになってくれたらいいのに』
わたくしが二ループ目に言った言葉よ。
『私が好きになったら、シマキ様はきっと私のことを捨てますよ』
正気のない目は、その時だけ反抗の色でキラキラと光っていたわ。
ダリアのこの何気ない言葉を、わたくしは否定出来なかった。元々、ダリアに興味を持ったのはわたくしに対して好意を抱かなかったからということが理由なのだもの。
好意を返されて、そのまま愛し続ける自信がなかったのよ。
結局、わたくしだって、光に集まる虫と同じだった。そこに意味も価値も無かったのよ。
わたくしは、自分の意思でダリアを好きになったのではないのかもしれないと、途端に不安になったわ。
二ループ目でも、入学することになった学園に、今度はダリアも一緒に入学させることにした。
わたくしから離れないということを条件に、授業を受ける時のみ部屋から出ることも許可したわ。久しぶりに外へ出たダリアは、何処か嬉しそうだった。
でも、それが間違いだったのね。
外に出たことによって、ヒロインに転生していたあの男と出会ってしまったのよ。
あの男、一ループ目の時は、前世の記憶なんて全く覚えていなさそうにヒロインらしく動いていたのに、ダリアを一目見た瞬間思い出すのだから、本当に気持ちが悪いわ。
男はシナリオなんて関係ないとばかりに、ダリアに付き纏い始めた。
怖かったでしょうね、前世で己を殺した男が再びストーカー行為をしてくるのだもの。
でも、当時のわたくしはダリアのそんな気持ちを理解してあげることが出来なかったわ。
それどころか、わたくし以外の人間に恐怖という感情を向けていることが許せなくて、暴力を振るってしまったの。
そのうちに、ダリアはわたくしと男に板挟みにされて耐えられなくなったのでしょうね。
自傷行為を繰り返すようになった。
嗚呼、この頃のことを思い出すと、自分自身を殺したくなるわ。
浅はかだった、本当に愚かだった‥‥‥恐怖による支配は長くは続かないことを、わたくしは忘れていたのだから。
──月に一度、王宮に赴く日。唯一わたくしがダリアから離れるその日に、彼女は忽然と姿を消したわ。
ダリアの心が読めるから、誰かが彼女を連れ出そうとしてもわかると高を括っていた。でも、ダリアの空虚な心は、わたくしに来訪者を教えてはくれなかった。
その結果、わたくしはダリアがいなくなったことに気がつくのが遅れたわ。ダリアが移動したような感覚がして、漸く部屋から姿を消していたことに気がついたの。
慌てて彼女を追ったわ。
でも、もう遅かった。ダリアのところへ着いた時、二人は亡骸になっていたわ。
ダリアとシャールの亡骸は、寄り添うようにして横たわっていた。
今回は接点のないはずの二人が、どうして心中したのか、わたくしには到底理解出来なかったわ。
その後、絶望したヒロインは、何かに突き動かされるようにアケを攻略し始めた。
そして、卒業式でヒロインとアケがキスしているのを見た時、わたくしは歓喜したわ。
だって、またダリアと出会った頃に、戻れるとわかっていたから。この時は既に、ゲームと同じエンディングを向かえると、時間が戻ることに薄々勘づいていたわ。
こうしてわたくしの、三ループ目が始まった。
身じろぎしたダリアの頭をあやすように撫でる。
「貴方が、ここに存在していることすら、わたくしにとっては夢のようだわ」
貴方の亡骸は、赤い花が咲き誇ったように美しかったけど、二度と見たくないもの。
明日、最終回の予定です!
最後までよろしくお願いいたします!




