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愛し方を知らない少女 ①

すみません、今日遅くなりました。

──恋愛にはスパイスが必要なのよ。


そう言ったのは、一体誰だったかしら。

嗚呼、思い出した‥‥‥小さい頃に観た演劇で聞いたのだわ。

流行っているからと言って、お父様に連れて行かれて仕方なく観たその劇は予想通りつまらなかった。でも、劇中に出てきた所謂悪女の言っていた言葉だけは、妙に頭に残っているわ。


当時のわたくしは、その言葉を理解できなかった。勿論、意味自体はわかるわ。

スパイスとは、なにも香辛料のことではなくて比喩表現であり、本当は障害を意味している。


つまり、あの劇で悪女は『恋愛には障害が必要なのよ』と発言していたのね。


でも、それを理解しても、わたくしにはやっぱりわからなかったわ。

だって、恋愛に障害なんて必要ないもの。老若男女誰であろうと、微笑んだだけで全員何らかの愛を、わたくしに与えた。


だから、恋愛に困難なんて必要ない。


そこにいるだけで、勝手に愛を与えてくるのだもの。でも、その愛に意味なんてないの。

虫が光に集まってくるように、わたくしに向けられる愛は只の本能。

それ以上でも以下でもない。

本当に意味も、そして価値もないもの。

わたくしは、本気でそう思っていたわ。


──あの子に出会うまでは‥‥‥









目の前で魘されたような声を発したダリアに、飛んでいた意識を戻される。

彼女は、まだ起きそうにないわね。

無理もないわ。あの男と決着をつけた後だもの‥‥‥嗚呼、漸く、漸くよ。

眠っているダリアの髪を梳きながら、男の言葉を思い出す。


あの男の言う通りよ。

この世界は確かに、三ループ目だわ。

でも、それを態々肯定してあげる必要性を感じなかったから、ダリアの前では覚えていないフリをしただけ。

だって、一、二ループ目のことをダリアに知られたら、彼女はきっとわたくしの元から逃げてしまうわ。

それくらい、わたくしは前の世界で愚かなことをした。


髪を梳いていた手に、ダリアが安心したように顔を寄せてくる。無意識だろうその行為に、心が少しだけ軽くなったような気がした。


「凄いわね、この子は。無意識のうちに、わたくしを虜にするのだもの」


一ループ目の世界で、わたくしはダリアと本当の出会いを果たしたわ。

孤児院も、そこに住んでいた人々も、火事で全てが灰になった夜だった。

初めて彼女に出会ったあの瞬間を、わたくしは決して忘れることはないでしょうね。

目を合わせて微笑んだわたくしに、ダリアは好意的な感情を向けなかったわ。恐怖と警戒が混ざったような不思議な目をしていたわね。

そんな目を向けられるのは初めてだった。

わたくしが目を合わせて微笑めば、種類は違えど誰だって好意的な目を向けてきたわ。


だから、わたくしは思ったの。この子を専属メイドにしようって。


今にして思えば、安直的な考えだったわよね。

突然、連れてきた孤児を専属メイドになんて、ペールン公爵家の使用人たちが歓迎するはずがない。案の定、ダリアは壮絶な嫌がらせを受けた。でも、その頃のわたくしは、ダリアがそこにいて、わたくしに皆んなとは違う感情を乗せた目を見せてくれればそれでよかった。

ダリアが苦しんでいようと、そんなことは当時のわたくしにはどうでもいいことだったのよ。


でも、あまりに辛い環境に逃げ出されてしまえば、わたくしは、また退屈になってしまう。

そう思ったから、よく嫌がらせを受けて泣いていたダリアを慰めたわ。そうしたら、ダリアはすっかりわたくしに懐いて、前世のことをあれこれと話してくれるようになったの‥‥‥勿論、この世界がゲームということも、その時に初めて聞いたわ。

頭がおかしくなったのかと、そう思ったのと同時に、魅了の力が効かないことを妙に納得したのを覚えているわ。


そんなダリアとの関係が壊れたのは、わたくしが隣国に経つ前日のことだったわ。

その時既に専属メイドとなって二年の月日が経っていたダリアは、シャールの教え方が上手かったのも相まって、護衛としての腕もかなり上がっていたわ。まぁ、刃物が持てないから、木刀で戦っていたけど‥‥‥それでも、わたくしのことを守るだけの力はあった。

だから、わたくしは隣国への護衛にダリアを指名したのよ。それに怒りを抑えきれなかったのが、ラールックだったわ。

彼女はあろうことか、ダリアを刃物で脅して、護衛任務から辞退しろと迫ったの‥‥‥あら、何処かで聞いた話ね。まぁ、いいわ。


脅され、命の危機を感じたダリアは、ラールックことを、


──殺してしまった。


三ループ目と同じように、包丁でね。

人を殺してしまった罪悪感で、ダリアはきっとおかしくなってしまったのね。ラールックの死体だけを残して、その日のうちにシャールと共に姿を消したわ。

パニックになったダリアをシャールが連れ出したことは、誰の目から見ても明らかだった。

あの二人が、お互いに師弟以上の感情を向け合っていたことは、屋敷にいる者なら察していたはずだもの。


その日から、わたくしはこころにポッカリと穴が空いたように、何も感じなくなったわ。

喜怒哀楽という感情が全てなくなったの。

今までしていた愛想笑いすら出来なくなった。ゲームの舞台である学園に入学した後も、ただ流されるままに過ごしたわ。

卒業式になって、偶々通った幸せの鐘の前で、ヒロインとマールロイドがキスをしているのを見た時、わたくしはダリアがただの暇つぶしの道具ではなかったということに気がついたのよ。


ダリアは、わたくしにとって、生きる糧だったと漸く気がついたの。


深く後悔したわ。








未だにわたくしの手に安心したように、顔を寄せているダリアの額にそっと唇を落とす。


「貴方はきっと、許してくれないでしょうね」


だから、わたくしの過去にやってきたことは、心の中でしか語らない。

全てを知ったら、ダリアはきっと、わたくしを恐れて憎んで、そして逃げるだろうから。

長くなったので、分けて投稿します。

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