愛され方を知らない少女
昨日の続きです。
「‥‥‥あ、あれっ、」
目を覚ますと見慣れた天井が視界に映った。ゆっくりと体を起こして、辺りを見回す。
ここは、寮のベッドの上だ。
あれ、どうして私、ここに寝ているんだっけ‥‥‥?
そう思った時、ベッドのすぐ横に座っていた人物と目が合った。目を見開いたその人は、次いで安心しように破顔すると、私の手を両手で包み込むように握った。
その顔を見て、漸く気を失う前に何があったのかを思い出した。
「よかった‥‥‥貴方、二日も目を覚さなかったのよ」
嗚呼、どうりで、意識を失う前は日の出を迎えた空が今は薄暗いわけだ。
「‥‥‥なら、もう卒業式は」
「えぇ、貴方が言っていたゲームはもう終了したわ」
「そう、ですか」
どっと、力が抜けた気がした。
卒業式が終わって、シマキ様が生きているということは、最悪のエンディングを迎えなかったということだ。
その事実に、心の底から安心する。
「貴方のおかげで、わたくしは悪魔を産まずにすんだわ」
「よかった‥‥‥本当によかったです」
今までのことを思い出し、二人で顔を見合わせる。倒れている間に終わってらしいゲームに、少しだけ拍子抜けのような気分にもなっているのだ。
「‥‥‥あの、ルイカ‥‥‥ストーカー男は、どうなりましたか?」
「‥‥‥貴方が最後に見た通りよ。終わったの、何もかも」
何処か清々しい顔をしたシマキ様を見て、私はあの男を思い出す。
最後に命乞いをしたあの男は、一体どんな気持ちだったのか‥‥‥。
最期に、執念だけで動かした口で語った「愛してた」という言葉。
その言葉を発した男は‥‥‥
──確かに、笑っていた。
今となっては、もうあの男が何を考えていたのかすらわからない。
なぜ笑っていたのか‥‥‥そもそも、なぜ、私のストーカーになったのか。
でも、もうそれを考える必要もなかった。
あの男は、死んだのだから。
「ダリア、ありがとう」
「えっ?」
予想もしなかった感謝の言葉に、間抜けな声が出てしまう。
「わたくしのことを信じてくれて‥‥…わたくしを選んでくれて、本当にありがとう」
「シマキ様、」
「‥‥‥ずっと不安だった。貴方がもし、わたくしではなく、ルイカに着いて行ってしまったら‥‥‥そう考えるだけで、おかしくなりそうだった」
「私は、シマキ様から離れたりしませんよ」
「えぇ、そうね。今回のことで、こんな不安は馬鹿らしいってよくわかったわ。
だから、ありがとう、ダリア」
シマキ様は私の手を握ったまま、祈るように自身の額に手を寄せた。未だ不安そうなその表情に、私は空いている方の手をシマキ様の手の上に重ねる。
怯えたようにピクリと動いた彼女を、安心させたくて意図的に微笑んだ。
「お礼を言うのはこちらの方です」
「‥‥‥」
「私は、本当はずっとあの男に復讐したかったんです‥‥‥死んでも尚。でも、そんなことは許されないことだと、無意識に考えないようにしていたんです。思考の放棄です」
何も言わずに無表情のまま、こちらをじっと見てくる真っ黒い瞳を無視して、私は話し続ける。
「でも‥‥‥シマキ様が許してくれたから、だから、私は決断できた」
そうだ、いつだって、シマキ様はどんな私であろうと受け入れてくれた。
貴族に反抗した時も、力不足で守れなかった時も、ずっとずっと、私の味方でいてくれた。
嗚呼、どうして一時でも、この人のことを疑ったのだろう。この人のおかげで、今の私は、生きてこれたというのに。
「シマキ様のおかげで、私は‥‥‥トラウマから解放されたんですよ」
自分がいま、どんな表情をしているのか、よくわからない。
それでも、目の前にいる恩人が、花が綻ぶように笑ってくれたから、私はそれだけでよかった。
その瞳に、もう不安なんてどこにもなかった。そこにいるのは心の底から微笑む、年相応の可憐な少女だった。
この世界に悪役令嬢なんて、もう何処にもいない。
明日か明後日に最終回となる予定です。
最後まで読んで頂ければ、嬉しいです。




