ハッピーエンド
すみません、今日遅くなりました。
「私が‥‥‥決める」
シマキ様はゆっくりと首を縦に振ると、私の手を引いて、ルイカの元までエスコートするかのように優雅に導いた。離れていたルイカとの距離が再び縮まり、すぐ近くで期待したような、縋るような、そんな瞳と目が合う。
「ダリアは‥…‥そんなこと、出来ないよね? 君は誰よりも優しい。人を殺すなんて、きっと出来ないはずだよ」
「わ、私は‥‥‥」
──どうすればいいのか、わからなかった。
思えばこれまでの人生、自分の意思で選択したことは少なかった。シマキ様を守るという義務感で生きてきた私にとって、自分の考えだけで判断を下すことは、酷く難しいことのように思えるのだ。
知らず下がっていたらしい顔を、誰かの手によって再び上げられた。私の顎を持ち上げるように添えられた手は、壊れ物を扱うように優しい。
でも、その優しい手とは裏腹に、シマキ様の瞳は射抜くように鋭く、ルイカから目を逸らすことは決して許さないと語っていた。
「ダリア、貴方が決めるの。誰の意見にも流されずに、貴方がひとりで決めるのよ」
「私が、ひとりで‥‥‥」
「そうよ。貴方が望むのなら、前までのようにこの男と友人ごっこをしてもいい。
貴方が望むのなら、この男を国外追放して、二度と貴方に近づかせないことも出来る」
ここでシマキ様は、私の耳元に顔を近づけると内緒話をするように囁いた。
「もちろん、貴方が望むのなら、この場で殺しても構わない」
「──ッ!」
再び私から離れると、今度は小刀を私の手に握らせた。無理矢理待たされたそれに、私は呆然と視線を向けることしか出来ない。
「ダリア‥‥‥本当はずっと前から答えを出しているはずよ」
目線を小刀に向けているシマキ様の表情は、髪の毛の影になっていて見えなかった。
「本能に従いなさい‥‥‥それが、世間一般では許されないことだとしても、わたくしは‥‥‥わたくしだけは、貴方のことを許してあげる」
耳に髪を掛けた、シマキ様の表情は、
──天使のように穏やかで、何もかもを包み込んでくれるような、笑顔だった。
私の本能は‥‥‥本当はずっと前から答えを出している。
もし、ストーカー男にもう一度会ったらどうするか。想像したのは、一度や二度ではない。
その度に、許されないことだと考えないようにしてきたが‥‥‥でも、そっか、シマキ様は、彼女だけは、私のことを許してくれる!
今度は自分の意思で、小刀を握りしめた。
そして、ルイカへと一歩近づく。
元々、近かった距離がより一層近づいたが、私はもう怖いとは思わなかった。
「ダリア‥‥‥頼む、やめてくれ」
あれほど恐れていた男が、命乞いをしている。でも、それは全くもって私の心には響かなかった。
「頼む‥‥‥頼むから」
私は小刀を振りかぶる。
両手で握りしめた小刀は、とても賢い持ち方とは思えなかった。
でも、それでいい。
この男ともう一度会ったら、この持ち方と最初から決めていた。
あの頃の、この男と同じ、持ち方で‥‥‥今度は私が‥‥‥
「殺さないでくれ‥‥‥ 麻葵」
「そう言った私のことを‥‥‥貴方は無視した」
車椅子に片足を乗せて、小刀を振り下ろす。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も‥‥‥あの時、男にされたように、今度は私が。
男から漏れ出る血飛沫が、私の顔に容赦なく降りかかる。でも、そんなことはどうでもよかった。
軈て、動かなくなった男は、それでも、最期の力で口だけは動かした。
「‥‥‥麻葵っ‥‥‥僕はっ、はぁ‥‥‥君を愛してたんだよっ」
男は、それだけ言って事切れた。
二度と動かなくなった男を前に、私は何故だか涙が止まらなかった。
「‥‥‥日の出だわ」
暗かった空に一筋の光が見えて、それから私の意識は闇に沈んだ。
最後に感じた温もりは、一体誰のものだったのだろう。願わくば、それがシマキ様のものであればいいと、身勝手にも思った。
ラストスパートです!




