五ヶ月
昨日の続きです。
ルイカが倒れて、五ヶ月が経とうとしていた。
意識不明になった日からずっと、ルイカの体を拭いたりと看病をしていたが、彼女が起きる気配は全くない。
ルイカは、家の都合で休んでいるということになっていたが、この頃になると、流石に何かあったのではないかと怪しむ生徒たちも増えてきた。
元々、シマキ様に気安く話しかける生徒と私に好意的に話す生徒も、あまりいなかったため、ルイカと仲が良かった私たちに事情を聞きにくる人はまだいない。
でも、それも多分、時間の問題だろう。
貴族というのは、噂話が好きだ。というか、噂話を調べて、他家の弱みを探っている。
そんな貴族、即ちこの学園の生徒たちにとって、ルイカの謎の欠席はさぞかし興味を持つことだろう。本当はみんな、私たちに話を聞きたくて聞きたくて、仕方ないはずなのだ。
食堂で昼食を取っている今だって、そこら中から視線を感じる。
シマキ様は何事もないように食べているが、私は居心地が悪くて仕方なかった。
そんな私たちの元へ、誰かが近づく気配がした。ぱっと後ろを見ると、そこには前に会った時よりも窶れた姿のマールロイド様が立っていた。シマキ様は、一旦食べるのを中断すると、そんなマールロイド様に気がつかないふりをして普段通りに言葉を発する。
「マールロイド様、何かご用ですか?」
「‥‥‥もう、限界なんだ」
「何の話です?」
「知っているんだろう! ルイカが何処にいるのか。頼む、教えてくれ」
「‥‥‥家の都合で、学園に来られない状況と聞いていないのですか?」
「そんなのおかしいだろうっ!」
ばんと私たちが使っていた机を叩かれて、私はびくっと反射的に肩が上がってしまう。それは、周りの生徒たちも同じだったようで、食堂は静まり返った。
マールロイド様が来た時から、目立っていた私たちは、今の出来事でより一層注目され始めた。
シマキ様は私を一瞥すると、無表情になりまたマールロイド様に向き直る。
「落ち着いてください。ここは人目があります」
「あ、嗚呼、すまない。だが、わかってくれ。僕は明日卒業なんだ」
「えぇ、知っています。三年生は明日、卒業式ですからね」
そう、明日は三年生の卒業式だ。それは乙女ゲームの終わりを意味していた。
結局、今日までヒロインであるルイカの目が覚めることは無かった。
「卒業パーティーで、彼女とどうしても踊りたいんだ。ホワイルン男爵家に聞いても、何も話してくれないし、自分で調べてみようとしても、父上に止められた。明らかにおかしい。何かあったと言われているようなものだ!
君たちは、ルイカと仲が良かっただろう? 頼む、頼むから、彼女の居場所を知っていると言ってくれ‥‥‥」
懇願するような態度を見ていられなくて、目を逸らした。
「‥‥‥マールロイド様、わたくしたちも家の都合としか聞いていないのです。お力になれず、申し訳ありません」
「‥‥‥そうか、悪かったな、食事中に」
マールロイド様は、ぎこちない笑みを浮かべた後、来た時と同じように堂々と歩いて行った。
「心苦しいですね」
「えぇ、でも、仕方ないわ」
恋人が消息不明の状態というのはどんな気持ちなのだろうか、マールロイド様のことを思うと私の気持ちは締め付けられるように痛かった。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
間接照明を付けて、ルイカの顔を見る。やっぱり彼女は眠ったままだった。
「マールロイド様、凄く心配してたよ。早く起きて、自分の口で事情を説明してあげてね。
そうそう、明日‥‥‥っていうか今日か。いよいよ卒業式だね。ゲーム終了の日‥‥‥って、さっきも話したよね。ごめん、何度も」
実は、ルイカのお見舞いに来るのは、二度目だ。今から一時間ほど前にシマキ様と二人でも来ている。でも、シマキ様の隣で寝ようと思っても、なんだか眠れないのだ。
何をしても眠れず、結局私は気晴らしにルイカの元へ来てしまった。
ルイカの手をそっと握る。
彼女の顔の腫れは、この五ヶ月でもう随分とひいていて、最近では殆ど意識を失う前と変わらなくなっていた。
「この一年、本当に色々あったよね。ルイカがこんな状態だから、今日はゲーム通りのエンディングにはならないと思うけど‥‥‥でも、貴方は愛されてるよ」
食堂で会ったマールロイド様のことを思い出す。別にゲーム通りのエンディングになる必要なんてない。
ルイカもシマキ様も、結果的に両方が幸せになることが出来れば私はそれでいい。
「なんだかね、今夜は眠れないんだ。卒業式のことが凄く不安なの」
出来ることはしてきた。
ルイカはマールロイド様ルートに入っているし、シマキ様はコートラリ様と仲良さそうにしている。この関係が卒業式で、急激に変わることは普通ならないだろう。
それでも、もしも、ゲーム補正が働いてシマキ様が死んでしまったら‥‥‥それを考えるだけで、どうしようもなく不安が押し寄せてくるのだ。
「本当に情けないよね、私って。ルイカにこんなこと言っても、困るだけなのにね」
私は、握っていた手を離すと椅子から立ち上がる。
「おやすみ、ルイカ。また来るね」
間接照明を消そうとしたその時、誰かの視線を感じた。
真逆と思って、ベッドを見ると、確かに目があった。奇跡が起きた‥‥‥これが例えゲーム補正とかヒロイン補正とか、そういう非現実的なことによって起こった奇跡だとしても、今だけは感謝した。
「‥‥‥待ってて、すぐにアケ先生を呼んでくるっ!」
ルイカの返事も待たずに、私はアケ先生の元へ走ったのだった。
ルイカが目覚めました。
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