意識不明
昨日の続きです。
「‥‥‥いま、何と言いましたか?」
「ダリア、落ち着いて聞きなさい。ルイカが、襲われたの。意識不明の重体で、いつ目を覚ますかもわからない状態らしいわ」
早朝、王宮から帰ってきたシマキ様を出迎えた私が聞いたのは、俄には信じられないことだった。
「そ、そんな」
「大丈夫? 気をしっかり持って」
「だって、昨日まで元気にしていたんですよ‥‥‥信じられない」
「わたくしも、聞いた時には驚いたわ。今は保健室で処置されているらしいから、様子を見に行きましょう」
「行けるんですか!」
「えぇ、アケ先生がそう言ってくれたわ」
私は、シマキ様に言われるまま、訳もわからずに保健室へ行った。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
保健室には、異様な光景が広がっていた。
腕に管のようなものを付けられて、全身包帯まみれのルイカの顔は恐ろしいほどに腫れていた。その顔は見るも無惨で、ピンク色の髪でなければ、ルイカと気が付かない程だった。
「ルイカ‥‥‥」
あまりの悲惨さに目を逸らすと、シマキ様が私の背をぽんぽんと摩ってくれる。その時、ルイカの容態を見ていたアケ先生が、私たちの元へとやって来た。
「あ、あの、私が、此処へ貴方たちを呼んだことは、その‥‥‥くれぐれもご内密に」
「えぇ、わかっています。ダリア、アケ先生はね、ルイカのことを学園から口止めされていたにも関わらず、仲がいい私たちに報告してくれたのよ」
「えっ‥‥‥」
「その、随分仲が良いと聞いていたので、ル、ルイカさんのこと、知らないのは、あの、その気の毒だと、思っただけですから」
「‥‥‥アケ先生、ありがとうございます。それから、すみません」
アケ先生に対して深々と頭を下げる。アケ先生は、こんなに良い人なのに、私はこの世界に存在する先生の人格を見ようとしなかった。
ゲームの情報だけで、彼のことを危険人物だと判断した自分のことが凄く恥ずかしく思えた。
「あ、あの、あの、大丈夫ですから。か、顔を上げてください」
「本当にお優しいですね」
「い、いえ‥‥‥」
「それで、アケ先生、ルイカの容体はどうなんですか?」
シマキ様が硬い声で聞くと、アケ先生は姿勢を正し眼鏡を掛け直した。そして、いつもよりも少しだけ大きな声で、ぼそぼそと話し出す。
「ル、ルイカさんは、あの、見ての通り、殴られていて‥‥‥その、骨折の症状が体のいたるところに見られます。お顔でいえば、鼻も折られてしまっているみたい、です‥‥‥あの、そ、それから、頭も強く打ったみたいで、それが原因で意識不明となっているのだと、その‥‥‥思います」
アケ先生から聞いたルイカの容体は、見た目通り重いらしかった。その事実に、私は何も言うことが出来ない。でも、シマキ様は冷静だった。
「それで、命の危険はないのですよね?」
「は、はい。意識はありませんが、あの‥‥‥自発呼吸は出来ていますし、容態は安定しました。この国の医療技術が進んでいた、おかげだと、そう思います‥‥‥」
その言葉を聞いて、私はこのめちゃくちゃな世界に心底感謝した。よかった、この世界に前世のような発展した技術が混じっていて、本当によかった。
もう、この世界がめちゃくちゃだなんて、文句は言わない。
だが、私の安心は、次の一言で崩れた。
「で、ですが、意識は、いつ戻るのか‥‥‥その、私にも、あの、わかりません。早く戻るかもしれませんし‥‥‥もしかしたら、その、あの、えっと‥‥‥永遠に戻らないかも、しれません」
「そんなっ!?」
アケ先生の一言に、私は彼へ掴みかかって揺すった。
「嘘、嘘ですよね? 戻りますよね!」
「‥‥‥すみません」
アケ先生の表情は、決して嘘をついているようには見えず、私は更に絶望した。体に力が入らなくなり、その場に座り込む。
「ダリア、落ち着いて。今は、ルイカをこんな風にした犯人を探すべきよ。アケ先生が第一発見者でしたよね。ルイカを見つけたのはいつですか?」
「今から、二時間ほど前ですから‥‥‥早朝の四時頃だと、そう思います。ですが、その、ルイカさんの怪我の容体から見て、暴行されたのは、その‥‥‥深夜二時頃ではないかと、予想できます」
「ルイカの部屋で見つけたんですか?」
「い、いえ。生徒会室へ続く、渡り廊下のところで、その、見つけました。あの時間になると、護衛騎士も学生寮にしか、その、いませんから‥‥‥早朝の見回りまで、誰も気が付かなかったみたいです」
「ルイカは、どうして、そんな時間に学園に来ていたのかしらね?」
シマキ様はルイカの方を見て、少しだけ眉を顰めると、次いでしゃがみ込み私の顔を覗き込んできた。
「ダリア、辛いだろうけど、何か心当たりはない? ルイカが、誰かに恨まれていたとか?」
そう言われて、咄嗟にルイカの言葉を思い出す。
── ダリアと仲良くなった人は、全員、死んでいる。つまり、私と、ダリアが、仲良いところを、見せつけて、私が殺されそうになったら、シマキ様はストーカー男である可能性が、高い、ということ。
それは、ルイカと作戦会議をした時に話したことだった。
反射的にシマキ様を見る。彼女は、真剣な顔をしていて、とてもルイカに害を与えたとは思えなかった。
いや、そもそも、シマキ様に犯行は不可能だ。昨日は、王宮へ行っていたのだから。
コートラリ様が証人だ。
「‥‥‥すみません、何も」
「‥‥‥そう。なら、今の所考えられのは、二つだけね」
「ふ、二つですか?」
「えぇ、ひとつは、マールロイド様に懸想している者の犯行。二人のことは、後夜祭で知れ渡っているわ。その可能性はある」
シマキ様は、ここで一度区切ると、はぁとため息を吐いた。
「そうね‥‥‥もうひとつは、コートラリ様とわたくしの関係を邪魔されたと思った者の犯行。これも、後夜祭だけど、コートラリ様は初めて、わたくし以外の令嬢と踊ったわ。わたくしとコートラリ様の婚約を望んでいる者にとってみれば、ルイカの存在は邪魔だったかもしれないわね」
「そんな、それじゃあ、ルイカは‥‥‥」
「えぇ、逆恨みによる犯行である可能性が非常に高いわ」
シマキ様の確信したような言葉に、私はやるせなさで立ち上がれなくなった。
不穏が続きます。




