手を離さないで
昨日の続きです。
あの後、私は暫く部屋に戻れなかった。シマキ様とルイカが話しているところを見たくないと思う気持ちもあったが、それ以上にルイカに何か危害を与えてしまいそうで怖かったのだ。
どのくらいお手洗いにいたのかは、よくわからない。でも、部屋へ戻った時、そこにはもうルイカの姿は見えなかった。
キョロキョロとしていると、私に気がついたシマキ様が心配そうに近寄ってくる。
「遅いから心配したわ」
「あっ、すみません‥‥‥あの、ルイカは?」
「貴方が出て行って直ぐくらいに、もう寝るって自室へ戻ったわよ。ルイカに何か用でもあったの?」
「あっ、いえ‥‥‥」
よかった。
二人が仲良さそうに話している姿を見なくて済む、そう思ったら少しだけ心が軽くなった気がした。
「‥‥‥私たちも、もう寝ましょうか」
「そ、そうですね。シマキ様、ベッド使ってください。私は、ソファーを使わせてもらいますね」
「どうして?」
「どうしてって」
「二人で一緒に寝ればいいじゃない」
シマキ様は、本当に不思議そうに首を傾げると、ベッドをぽんぽんと叩いた。
「でも、いつものベッドよりも小さいですし、流石に狭いと思います」
「わたくしは気にしないけど‥‥‥ダリアは嫌なの?」
悲しそうな顔に、首をぶんぶんと横に振る。
「い、いえ! シマキ様が寝にくいと思っただけです!」
「そう、なら問題ないわね」
にっこりと笑ったシマキ様は、私の手を引いてベッドに引き入れた。いつもより狭いベッドなので当たり前だが、距離が近くてドキドキしてしまう。
こんな状態では、とてもじゃないが眠れそうにない。
私の気持ちを知ってか知らずか、隣で寝ているシマキ様が「ふふっ」と笑い声を漏らす。
「何だか今日は、色々あって疲れたわね。こうやって、貴方と二人きりでいるとやっぱり落ち着くわ」
「‥‥‥私もです」
嬉しい。
「まぁ、ルイカがいると、それはそれで楽しいけれどね」
「‥‥‥」
ルイカという言葉に、また胸が苦しくなる。やっぱり、私みたいなゲームに出てこないモブキャラ以下の存在よりも、ルイカのような神の加護を持つヒロインの方が魅力的なのだろうか。
「ねぇ、何かあったの?」
「えっ!?」
「さっきから様子が変よ。話してごらんなさい」
「い、いえ、別に、何も‥‥‥」
「あら、何でも相談するって約束したのに、忘れてしまったのかしら?」
布団の中で、シマキ様がそっと手を握ってきた。私よりも温度の高いその手は、暖かくて心地がいい。
「あの‥‥‥嫌いになりませんか?」
「貴方のことを? あり得ない。わかるでしょう? わたくしはね、何があろうと貴方を嫌いになれないのよ」
「そう、でしたね」
無償の愛。
シマキ様は、私のことを無条件で愛してくれている。だから、きっと大丈夫。
「私、変なんです。シマキ様とルイカが仲良さそうなところを見ると、喜ばしいことなのに、何故だか‥‥‥心がモヤモヤしてしまって」
「そう」
「なんだか、シマキ様がルイカに盗られてしまう気がして‥‥‥その、なんというか、ルイカを排除しないとって、さっきそんな風に思ってしまったんです」
「そう」
「‥‥‥多分、私はルイカに、その、嫉妬してるんだと、そう思います」
「‥‥‥そうね」
シマキ様の素っ気ない返しに、途端に不安になる。
「あの、嫌いに、なりましたか?」
「嗚呼、ごめんなさい。不安にさせてしまったようね。でも、違うのよ。わたくし、何だか嬉しくって」
「えっ? 嬉しい?」
予想していなかった言葉に、咄嗟にシマキ様の方を向く。私の方を向いて心穏やかそうに微笑んでいる顔は、暗闇の中でも本当に喜んでいるように見えた。
「実を言うと、わたくしも貴方が誰かと仲良さそうに話している度に嫉妬してたのよ。だから、わたくしだけじゃなかったんだって、嬉しくなったの」
シマキ様の顔は、先程と全く変わっていない。心穏やかそうな笑顔だ。
「シマキ様が、嫉妬、ですか?」
「知らなかったの? わたくしは、嫉妬深い方なのよ」
「知らなかった、です」
「そう、なら覚えておきなさい。誰だって多かれ少なかれ嫉妬はするわ。それによって、暴力的な感情を持つこともある。
だけどね、思うことは自由よ。実行しなければ、なんの問題もない。誰でも持つ感情よ」
「シマキ、様」
「ゲーム補正の話を聞いて、心配になってしまったのでしょう?」
「なんでわかるんですか!?」
驚く私を見て、シマキ様は苦笑いした。
「わたくしも、コートラリ様に対して同じ感情を持ったからよ」
「あっ、そっか。そうですよね。すみません」
そうだ、シマキ様だって、顔には出さないだけで同じ不安を持っているはずだ。なのに、私を慰めさせてしまって、途端に申し訳なくなる。
「だからこそ、解決法はもう出ているでしょう?」
「解決法、ですか」
「貴方がわたくしの手を離さなければいいだけの話よ‥‥‥そうすれば、わたくしは貴方から離れることなんてしないわ」
握られていた手に、痛いほどの力が加えられた。
「あ、あの、シマキ様っ‥‥‥」
「ダリア、離しては駄目よ」
暗闇の中で見えた顔は、真剣で、それでいて不安そうな表情だった。シマキ様がどうしてこんなに不安そうな顔をしているのか、私には正直よくわからない。
それでも、安心させたくて、私はシマキ様の手を握り返した。
二人の会話シーンは、書くの楽しいですね。




